第3話 過去に行くには

 朝から、しとしとと雨模様である。

 シルスはシェラーラの家に夏休みの時間旅行計画実行へ向けての勉強に来ていた。


「今日は『時渡ときわたり』について勉強しようか。メレディスの本にも書いてあったけど、どんなものだったか覚えてるかい?」


「『時渡』の条件でいうと、ワグランの翠彗星が出てる時しか時間旅行はできない。ていうことかな?」


「その通りだよ、シルス君。日の出と月の入りが一致する時間てのは観測する場所にもよるが毎年必ずある。

 それも小さな『時渡』の瞬間だ。しかし、だ。彗星が天空に出現していないと『時渡』の真の魔力はその威力を発揮しない」


「ふんふん」


 シルスは相づちを打つ際に『うんうん』と頷くクセがあるが、鼻から息を抜くように言う為に『ふんふん』と聞こえてしまうのだ。


「さらに、だ。北に『凶星まがつぼし』が、南に『穿星うがつぼし』が出現していないといけない。この2つも魔力のある星だな」


「両方とも夏に見える夜明けの一等星だね」


「とってつけたような話だがまあ気にするな。

 それらの条件が揃った時、時間を超える扉が開く、てのがまあ『時渡』の概要だな」


「ふんふん」


「誰でも『時渡』の秘術で時間を超えられるわけではない。人間だと時間のエネルギーと魔導圧力にに耐えられないんだ」


「人間だと無理なの?」


「彗星があるから、『時渡』の条件を満たしているから、といって誰でもホイホイと時間旅行が可能なわけではない。

 オマエがマジクスの血を引くハーフエルフ、という稀有な存在だからこそだと推察したワケだ。

 人間の寿命を依り代に強大な魔力の波動を利用しようとしても魔導圧力に耐えられない。エルフは長い寿命と精霊力を持ち合わせているだろう?」


「わたしはハーフだから、寿命も精霊力も純血よりは少ないと思うけど」


「それでも普通の人間よりは圧倒的にハイスペックなんだよ?自覚無いだろうけどね」


「そうなのかー。全然わかんないよ」


「夕陽が沈む時、なにか感じる事はないか?山の稜線に太陽の上端が消える瞬間に、わずかだが時が『消える』んだ」


「時が消える?」


「理論立てて説明するとだな」


「理論立てちゃうの?その話長くない?年取ると話が長くなるっていうよー」


「誰が年増だっ!」


「もー、そんなコト言ってないでしょっ」


「まあ、いい。詳しい事は置いといて。いくつかの問題点を洗い出してみようか」

 

 んん、と小さく咳払いをしてシェラーラが言葉を続ける。


「その日は『時渡』の条件は満たしていると考えてもいいだろう。仮に41年前に飛べたとして、だ。どこに出るかわからない、じゃ話にならない。

 41年前から確実にある物や場所を狙わないと。あと、重積層魔方陣も描かないとな。シルスを守る事と、過去に向かう事を記す魔方陣だ。間違って未来に飛んでったりしないようにする為のね」


「未来に行っちゃうの?」


「ワグランの翠彗星が41年後も生きていれば未来に行ってしまう可能性はある。重積層魔方陣は時間を指定するた為に必要なのさ。

 オマエが過去から現在に帰ってくる時もそのハズだ。未来に指定しないと、さらに過去に飛ばされる可能性があるってコトだ」


「そっか……じゃあ、離れの二階にあるテーブルなんてどうかな?かなり古い物みたいだよ。丸いから魔方陣も描きやすいんじゃないかな?」


「大きさはどのくらいだい?」


「わたしの両手広げたくらい。けっこう大きいし重いよ?」


「なんの木かわかるかい?」


「ケヤキの木?っぽいかなぁ」


「古いケヤキの木のテーブルか……いい魔力持ってるかもしれないな。41年前にそのテーブルがどこにいたかまではわからないだろ?」


「そこまではわかんないなー」


「ふむ……それ使えるかもな。使ってもいいかメルに聞いてみないと」


 シェラーラは、シルスの母親、メルリラの事を愛称であるメル、と呼び、メルリラはシェラーラの事をララと呼ぶ。シェラーラにとってメルリラはちょっと歳の離れた姉、という認識を持っての親しい間柄である。


「やっぱりシェラーラに聞いて良かった」


「ん?なぜ?」


「だって、こんな夢みたいな話に真剣に付き合ってくれるんだもん」


「ふっ。照れるぜ。いいオトナだろ?」


「コドモがそのままオトナになった、みたいな感じ!」


「それは褒めてるのかな?」


「もちろん!」


「時間の流れの中にいるのは当然、人間だけではない。他の動物、植物、有機物、無機物。ありとあらゆる万物が時間の影響を受けている。 

 全ての万物は過ごしてきた時間を覚えている、という考えだ。

 脳を有する生命体にしか記憶力は無い、と考えるのは愚かしい事であるとね。まあ、賛否両論。否論者の方が圧倒的に多いがな。そのテーブル、見せてもらえるかな。41年前に何処にいたか調べてみよう」


 シェラーラはテーブルが何処に『あったか』ではなく何処に『いたか』と言う。

 これは時の魔女を名乗る彼女特有のクセのようなもので、物や樹木等にもこの言い回しを使う事が多く、シルスは時々不思議に思って問い質す事があった。


 同じ時を生きるモノ達への敬意だよ、とシルスには答えてあるが、シルスがその意味を理解するのはまだまだ先の事である。


 早速、二人はテーブルを調べに、シルスの自宅離れにやってきた。


「輪切りの一枚ものか。120歳くらいかな……これなら年輪である程度調べられるな。ん?このテーブル、補修の跡がある……一度、割れたみたいだね。魔力が無くなってないといいけど……」


「あ、ホントだ。気付かなかったよ」


 シェラーラの言う通り、よく見ないとわからない程度の補修跡が見える。


「よし、始めようか。だてに『時の魔女』を名乗ってるワケじゃないって所を見せてあげよう!」


 シェラーラが手持ちの怪しげなカバンから取り出したのは、赤い巾着袋。


「マ~ジックパウダ~!」


 言いながら巾着袋を頭上に掲げるシェラーラ。


「……それ、言わなきゃいけないの?」


「別に。気分的なもんだよ♪」


 シェラーラの機嫌が良さそうなので、シルスはそれ以上つっこまない。


「こうやって、粉をまぶして……」


 サラサラと心地よい音のする粉だ。粉というより赤い砂に見えるそれをテーブルにまぶし、


「テーブルさんテーブルさん教えて下さいな~♪ハイ、シルスも!」


「テーブルさんテーブルさん教えて下さいな~♪……これ、必要なの?」


「イヤ、別に。なんとなくだよ♪」


「まじすか」


 テーブルにまんべんなく拡がるように粉をならし、シェラーラがコンコンとテーブルを叩くと……

 テーブル上の赤い粉が生き物のようにサラサラと動き、次々と年輪に吸い込まれていく。


「スゴーい!手品みたーい!」


「まったく、オマエは……貴重な魔法粉マジックパウダーなんだぞ、これ」


「へー!そんな貴重な物タダで使ってくれるなんて、シェラーラって太っ腹だね!」


「誰がタダでと言った?今は無理でも、稼げるようになったら払ってもらうからね?」


 ニヤリと口の端をつり上げるシェラーラ。


「うわ~、ワルい顔だ~おとなげな~い」


「世のキビシさってのをオマエに教えるのも私の役目だからね。メルはそんなコト教えてくれないだろ?さて、そろそろかな?」


 年輪をじっと見つめるシェラーラ。


「少しずつ……おっ、見えてきた。10年前……この場所にいたみたいだね。15年前……展示されてる。何処かのお店かな?20年前……同じ場所……30年前……んー……だんだん見えなくなってきた……また店だな、35年前……40年前、んん、部屋の中……宿屋っぽいかな?」


 集中してテーブルを見つめ続ける。


「うーん……見えそうで見えない……っ……もうちょいなのにっ」


「視力検査みたいだねー」


「あ!……あー……見えなくなっちゃった……集中力切れちゃったよ、もう」


「まあ、いい。このテーブルがどこにいたかわかっただけでも収穫アリだ」


 再び、にっ、と笑んでみせる。


「ここ、エドールの街、マトランの宿だ。マトランの宿は何年か前に店たたんだから、その時にこのテーブル譲り受けたんじゃないかな?」


「お~……シェラーラ、スゴい!カッコいい!」


「ふふーん♪もっと褒めてくれていいんだぞ?さらにもう一つ!この子の出身地も判明したのです!」


「お~!出身地!……で?」


「で?って。大事な事だぞ?アールズの街の近くだ。切り株ってのは、コイツの親分にあたる。その切り株を扉にすれば過去から現在に戻って来られる筈だ。

 テーブルからテーブルへ転移。帰ってくる時もそれが出来ればいいが、41年前のコイツにはそれほど『時の魔力』が宿って無いからな」


「そっかー!行く時の事ばっかり考えてて帰りの事考えてなかったねー!」


「それ、ダメなやつだからね。あと、もう一つ。なんと、コイツは新月の木だ」


「新月の?」


「新月に採取された木は長持ちするし、魔力も宿りやすいんだよ」


「それって……わたし達には追い風だよねっ」

 

「だといいな」


 シルスが提案したテーブル魔方陣は、かなり有効とシェラーラは考えている。

 41年以上前に作られたテーブル。

 より多くの時を過ごしてきた物体には魔力が宿る、という考えは昔からあるし、シェラーラもそう思っている。


「問題があるとすれば。『時渡』の条件に最適な場所までどうやってコイツを運ぶか、だな」


「あ、そうだね……けっこう重いね……」


「あともう一つ。41年前の彗星の年にばーさまは何処にいたのか、だ」


 腕組みをして人差し指をトントンと動かすのは、シェラーラが考え事をする時の癖である。


「理屈で言えば、テーブルからテーブルへ飛ぶのはおそらく可能だよ。ただ、オマエが41年前に飛んだ時に、ばーさま何処にいるか分かりません、じゃ、何しに過去に行ったか分からなくなる。

 写真には日付もなにも無い……何処で撮ったかも分からない……メルはこの町で生まれたんだよね……だとしたらばーさまもこの町にいたハズ。ただ、41年前となると、ばーさまは何処にいたか……んんん?んー……」


「うーん……行き詰まっちゃったね……」


「むむう……時を超えて場所から場所への移動は可能でも、ピンポイントで誰かに会う、ってのは難しいな……誰か、ばーさまの事知ってる人はいないのかい?」


「んー……年齢の近い人はいても、おばあちゃんの事知ってる人っていないんだよねー。んん……んん~ん……んー……あ……!……アトラクス!かーさん言ってた!おばあちゃんもアトラクスでアルバイトしてたことあるんだよって!

 おばあちゃんて、かーさんがまだちっちゃい時に亡くなっちゃったけど、その話はよく覚えてるって!よく連れてってもらってたからじゃないかなっ?」


「アトラクスか……行ってみるか。ついでに糖分補給にスイーツ食べてこよう。勉強に甘いものは栄養!おごってあげるよ」


「ホントっ!?やったっ!シェラーラ太っ腹ー!栄養は勉強にえーよう!」


「……さむっ」

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