第2話 時の魔女 シェラーラ
シルスの家からそう離れていない場所に、シェラーラは住んでいる。
自ら魔女と名乗り、周囲からは『ちょっと変わったお姉さん』と思われているが、そんな事はシェラーラは気にしない。
シルスが物心ついた頃から実の姉のように慕っているご近所さんである。
「シェラーラ、いるー?シルスが遊びにきましたよー!」
自称『時の魔女』シェラーラ。
長い黒髪の毛先を朱から紫のグラデーションに染めているのは、髪に魔力を込めるためだと言う。耳の複数のピアスも同様らしい。
シルスにはチャラいだけに見えるが、シェラーラなりの理由があるのだ。
いつもヒラヒラな服装の為、『カーテンおばちゃん』などと陰口を言う者もいるが、シェラーラはこの格好をやめるつもりは無いようだ。
「よー、ちっこいのに今日も元気だねー、シルス。で?今度はナニをやらかすつもりなんだい?」
「えー!やらかすつもりじゃないよー!」
「悪気無くやらかすのがオマエってヤツだよ」
イジワルそうにシェラーラが目を細めてニヤリと笑う。
「これ!見てほしいんだけどっ」
「
「この人、わたしのおばあちゃんなの!でね、この人に会いたいの!」
「シルスのおばあちゃんか。美人だねー。でも、亡くなってるだろ?なんだ、冥界にでも行きたいのかい?」
「違うよっ!お亡くなりになってないおばあちゃんに会いたいの!」
「ん?どういうこと?」
「実はねー、41年前に行きたいの!」
「41年前に?……マジで言ってるのか?」
「もちろん!マジマジだよ!」
「過去に行きたいって、そりゃまた突飛な話を持ってきたもんだな。で、何しに行くんだ?」
「さっき言った通り!おばあちゃんに会いに行くんだよ!」
「おばあちゃん……ねえ」
「あ、そうだね、おばあちゃんじゃないね。若い頃のおばあちゃんだね!」
「いや、そうじゃなくてだな。若かりし頃のおばあちゃんに会ってどうするんだ?いきなり『孫です!』なんつっても信じてもらえないだろ?イタイ娘キター!みたいな。今、シルスの目の前に『孫です!』なんてヤツが現れたらどう思うよ?」
「え、あ、うーん、それもそうだね……名乗らない方がいいのかな……」
「……せっかくの13歳の夏なんだ。若い頃のばーさま美人だし、仲良くなって思い切り遊んでくるとかどうだい?いささか動機は不純なような気はするけど」
「それだ……」
「ん?どれだ?」
「それだよ!うら若き乙女達のきゃっきゃウフフな夏休み!甘くてすっぱい青春の1ページ!さすがシェラーラ、いい事言うよねー!だてにトシくってないよね!」
「オマエは、なーんかこう、悪気のない悪口を言うっ。そーゆーとこは直せっ」
「悪口じゃないよう。褒めてもないけど」
「はははー……もういっかい聞くけど。マジ?」
「何回でも言うよ!マジマジだよ!ねえ、せっかくだから名前つけようよ!」
「名前?何にだ?」
「この計画にだよ!『シルスの愉快な時間旅行』プロジェクト始動!みたいな、ね!」
「じゃー、それで」
「えー!シェラーラったらノリ悪いなあ」
「考えるのはそこじゃないでしょ。これからいろいろ勉強しないと。マジマジなんだろ?」
「もちろん!若かりし頃のおばあちゃんに会いに行くよ!」
にかあっと笑うシルスの右頬のえくぼがかわいい。
――この顔……本気で言ってるんだよなー。この子がふざけたコト言う時は、大概本気なんだよな……
「その計画に付き合うからには、私もマジマジにならないとな」
「うん!わたしも頑張る!」
夏休みまであと2週間。
この瞬間から、シルスとシェラーラの時間旅行に関する研究と勉強の日々が始まった。
たった2週間で過去への時間旅行に挑戦するという無謀な日々の幕開け、と言った方が適切かもしれない。
「今年って、41年に一度のほうき星の年でしょ?魔力がスッゴク高くなるんだよね?」
「ほう、一応は知ってるんだな。あのほうき星は、別名『ワグランの
ワグランてのは第一発見者って言われてるけど、ハッキリした名前の由来はわからんらしいがな。周期の短い若い彗星だな。彗星って足が早いからねー。見えてても2~3日かな。コトは迅速に、だよ」
「シェラーラもなにかするの?もしかして予定入ってる!?」
「あったけど予定変更。お前が考えてる事の手伝いをしようかと思ってる。『おいそれと都合良く時間旅行なんて出きるはずないだろう』なーんて言うと思う?この私がだ!
41年前に行きたいなんて事をマジで考えるなんて面白そうだし。私も『時の魔女』名乗ってるからなー、いっちょハクつけないとね!」
「さっすがシェラーラ!」
「ほうき星の魔力に目をつけるとはなかなかだよ、シルス」
「へへー!なかなかやるでしょ!」
「で?続きは?」
「ふっふっふぅ。実は、この本!じゃじゃん!メレディスさんて魔女が、翠の彗星の事について文献を残していたのです!さらに!これには時間を超える秘術『
「あ、それ読んだから41年前って数字が出てきたのか」
「そう!」
「メレディスかー、あいつも風変わりな学者肌だったからなー」
「あれ、やっぱり知ってるの?」
「一応、私の恩師にあたる人だよ。ちょっと偏屈者だったけど」
「ヘンクツモノ……」
じーっ、とシェラーラを見つめるシルス。
「……なに?」
「シェラーラはなんでケッコンできないの?」
「できないんじゃなくてしないの!言っとくけどカレシはいるからね!話がぶっ飛びすぎだよ!?」
「では話を戻します!シェラーラはこの本読んだことあるの?」
びっ!とシェラーラの目の前に本を差し出す、その本のタイトルは。
『彗星の魔力が私達に幸福をもたらす』
「改めて見てもうさん臭いタイトルだな。どこにあったんだ、それ。10年前位に読んだきりだよ。シルスは、これ読んだのか?」
「うん!所々ナニ書いてあるか分かんなかったけど。離れの二階にあったんだよ」
「魔女の書く本なんて得体の知れないモンよくあったな。全然売れなかったし。シルスはこれ読んでどう思った?」
「全部信用できるワケじゃないけど……わたしがやろうとしてるコトを分かってる、みたいな……不思議な感じがしたよ?
ハーフエルフの女の子が出てくる章があって、わたしのコトかな?って思っちゃった」
「不思議な感じ……」
もし、本当に41年前に行けたら、当然、メレディスは生きている。
仮に、メレディスがシルスと出会った事が、この本を書くきっかけになったのだとしたら……
――この本は……
「私達への手紙……?」
そういえば、メレディスが言っていた。
『本てのは未来への手紙みたいなものだ。時には読む人の人生を変えてしまう力を持つ、強力な手紙だよ』と。
「その本、借りていいかな?こっちに帰ってくる方法とか、なにかいいヒントがあるかもだし」
「もちろん!やっぱり心強いね、シェラーラは!」
「ふふふ、照れるぜっ」
「オトコマエー!」
「これから慌ただしくなるよ、シルス!」
「わたしは、やれることはやっておくよ!宿題とか旅の準備とか宿題とかね!」
シェラーラはそれから一昼夜かけて、10年ぶりに見る分厚い本を読み解いてみた。
ただ読み流すのではなく、別の意味があるのか、謎かけのようになっていないかなど、色々と考えながら読破した。
が。
『弟子よ、自分で考えろ』
著者あとがきの最後の一文がこれだった。
「そういや、こんなだったな……あの偏屈者め……私への挑戦状か!?やったろーじゃん!」
この一文が、シェラーラの探求心を燃え上がらせる事になったのだった。
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