第2話

重たい瞼を持ち上げると辺りは薄暗く静かだった。起き上がろうとした瞬間、頭の後ろに鈍い痛みが走る。おそらく階段から落ちた時にぶつけた場所なのだろう。


「まさか前世を思い出すとは思わなかったわ。転生って本当にある事なのね」


四歳の子供とは思えぬほどはっきりと話せるのは前世を思い出したからだろう。

ベッド脇のチェストから手鏡を取り出し、寝転がったまま自分の姿を映す。薄暗くて見づらいが気にしない。むしろはっきりと見えた方が今は困るのだ。


「それにしてもこの顔どこかで見た事あるのよね」


手鏡を布団に落として小さな声で呟いた。

自分の顔だから見た事あるのは当然なのだけど、もっと昔から知っているような。それこそ前世の頃に見た事がある気がするのだけど全く思い出せない。


「とりあえず迷惑をかけちゃったみんなに謝るところから始めましょう」


いくら外見が四歳の子供といっても中身が大人となってしまったのだ。

これまでの事を反省しなければいけない。


「……謝るのは起きてからにしましょう」


身体が子供のせいかすぐに眠気がやって来る。布団を被り目を閉じた。



太陽の光が差し込み、眩しくて目が覚める。


「クラウディア様…!」


隣から聞こえる声には聞き覚えがある。

前世の記憶が強く頭に残っているせいかすぐに名前が出てこない。いや、そもそも彼女の名前をクラウディアの記憶だけだった頃の自分は知っていたのだろうか。知らなさそうだなと自分の半身に呆れを感じた。


「お目覚めになったのですね…」


私がゆっくりと目を開くと嬉しそうに笑った後、泣き始めるメイドの女の子がいた。

歳は十二歳くらいだろう。

確かこの子は階段から落ちた私の手を掴もうとしてくれていた子だ。

自分が助けられなかった事を悔やんでいるのだろうか。だとしたらそれは違う。ふざけ過ぎた私が悪かったのだ。


「なか、ないで…」

「クラウディア様…?」

「あなたがどうして泣いてるのかわからないけど、もしも私が落ちたのが自分のせいだとおもって泣いているのなら違うからね?」


寝起きだからか舌ったらずな声になってしまった。四歳児ならこれくらいが普通かもしれないけど。

何に対して彼女が驚いているのか分からないけど、涙が止まったのなら良かった。


「私を責めないのですか?」

「助けてくれようとしてた人をせめられるわけないわ。それに落ちたのは私がわるかったの…」

「私をお許しになると?」

「もちろん。だから、その、お名前をおしえてくれないかしら」


だからって繋げるには無理があり過ぎると思うけど、ここくらいしかチャンスはなさそうだ。目を大きく開いてきょとんとした顔をするメイドさん。すぐにっこりと微笑んでくれた。


「ヒルマですよ。初めて名前を聞かれましたね」


やっぱり初めてだったのね。そりゃあ名前も呼べないよ。

ちゃんとごめんなさいしましょう。


「ヒルマ、ごめんなさい。お世話をしてくれる人の名前も覚えていないなんて…」

「えっ…。あの、謝らないでください!ただのメイドですよ?」

「うーん?じゃあ今日からわたし専用のメイドさんにする!そうしたら『ただの』じゃなくなるよね?」


我儘娘ですからね。これくらいだったらお父様だって許してくれるでしょう。

それよりもヒルマの驚いた顔を何度見るのでしょうか。

全ては自分の発言のせいだと分かっているが、ちょっとだけ驚く彼女を見て楽しんでいる自分もいる。


「流石にそれは…」

「するの!私がわがままなの知ってるでしょ?これからもよろしくね、ヒルマ!」

「でも、私はやめ…」

「やめるの?私の言うこときけないの?」


やっぱり辞めようとしていのか。それとも辞めさせられそうになっているのか。どちらか分からないがどちらにせよ今回の件を彼女に背負わせるつもりはない。

戸惑い、どうしたら良いのか分からないヒルマの手を握る。


「お父さまには私から言うからヒルマはここにいてね?」

「うう……分かりました」

「よし!決まり!」


にっこりと笑いかければ、ヒルマは諦めた様子で笑い返してくれた。

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