破滅はお断りです

高萩

第1話

ある晴れた昼下がり、わたしは屋敷の中を駆けていた。

わたしを止めようとする使用人達から「みんなで鬼ごっこね」と笑って逃げ回る。


だってここはわたしのお家だから。

わたしは何をしても許されるの。

誰にもわたしの邪魔はさせない。


後になってこの日の事を思い出す度わがまま過ぎた自分が嫌になり呆れ果てるのだ。

そしてわがままな自分に「大切な事を思い出すきっかけをくれてありがとう」とお礼を言ってしまうのだ。


問題が起こったのは若いメイドに捕まりそうになった時だった。

逃げようとして、ずるっと足を滑らせたのだ。

階段という場所が悪かった。ここがソファやクッションの近くだったら状況は変わっていただろう。

傾いた体は階段下に向かって投げ出され落ちていく。まるで全ての動きが遅くなったみたいにゆっくりに感じた。

慌てたメイドが手を伸ばすが届かず。どこにも掴まる場所がなく、どうする事も出来ず、落ちていくのに身を任せるしかなかった。


わたしの体は階段下に敷かれた柔らかなカーペットに叩きつけられた。

その瞬間、周りからは焦った声と甲高い悲鳴が上がる。


遠くから聞こえる声は何度もわたしの名前を呼ぶ。

啜り泣く音も聞こえてくる。

目を開けなきゃ。笑って「大丈夫よ」と言ってあげないといけないのに。

起きようとする気持ちとは裏腹に目が開かない。

そうこうしているうちにわたしの意識は深い暗闇の中に落ちていった。




ここはどこ?

暗闇の奥深くには見慣れない光景が広がっていた。


ガラス張りのたくさんの高い建物。

見た事もない変な形の乗り物。

青や黄色や赤に色が変わる不思議な柱。

お祭りをやっているかのような人の多さ。

その人達が着ている服もまた見慣れない物だった。


ふと目に入ったのは窓ガラスに映る自分の姿。その姿はいつも鏡で見ている自分の姿じゃなかった。

映るのは子供のわたしと異なる容姿を持つ大人の女性だ。

わたしの長い銀髪と違ってショートの黒髪。

わたしの澄んだ青い目と違って濁りがある焦茶の目。


全てが違い過ぎる姿。なのに見覚えがあった。

何故ならこの姿は確かに自分の姿だからだ。


正確に言うと『わたし』ではなく『私』の姿だった。


私は全てを思い出した。

日本と呼ばれる小さな島国に住んでいた事。

その国での私はブラック企業と呼ばれる残業ばかりで碌な休暇を与えて貰えない会社に勤めていた事。

束の間の休息時やっていた乙女ゲームの事。

残業終わり疲れた体で帰っている途中、交通事故に遭った事。

その事故により死んでしまった事。


全てわ思い出したところで深い暗闇が広がり私は意識を手放した。



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