翳り

 合コンは、予想以上にうまく運んでいた。


 それというのも、元々絶妙なコンビネーションを誇っていた彼らが、数日間、ただそれだけの為にひたすらに練習に打ち込んだのである。


 最早超一流アスリートのように、目を見るだけで意志の疎通が取れる、完全なゾーン状態であった。


 誰かがスベれば、それをすぐさまツッコンでボケに昇華する。


 変に気取らず、ボケて、笑って、楽しませる。それも笑われるではなく、あくまで笑わせる。


 ただのピエロにならぬよう、絶妙なバランスを保った状態で時間は流れていった。


 槍チンが誰もが知っているヒットソングを歌って場を盛り上げ、それだけでモエは顔を赤くして見入る。


 ビッチ女の子が人気アイドルグループの歌を歌えば、ミノルが完璧な振り付けでそれを踊り、見てる側を引かせないように、野郎全員で踊ってネタにするというカバー技まで使いこなす。


 ナツは大笑いしながら、隣に立ってミノルと写真を取り出す! 腕に当たる幸せの象徴に、ミノルは生まれてきたことを神に、産んでくれたことを両親に感謝する!


 アリップはアニソンを歌いたいところをグッと我慢し、ハイトーンでセクシーなポップソングを歌い上げ、本気で恋愛対象としてアリかも、と熱い視線を集めた。


 正直がっついた男なんかと遊ぶことに、あまり積極的ではなかったアマネも、アリップなら大丈夫かと積極的にリラックスして話掛ける。


 モジャ兵は積極的に歌うことはなかったが、常に周りに気を配り、グラスが空いたら率先して外のドリンクバーに飲み物を淹れに行ったり、その際におしぼりを持ってきたりした。モジャ兵のようなガタイのいい大男がにこやかに気遣いをすると、ギャップ効果で普通にやるより感謝されるのだ。


「モジャ兵くん、そんな周りに気を遣ってばかりじゃなくて、歌おうよ」


 とノアに言われれば、


「いや、俺は歌下手でさ……誰かが一緒に歌ってくれるならともかく……」


 などと、キラーパスが出せる程に、今夜の彼は神がかっていた。


「じゃあ、あたしと歌おうよ!」


「いいのか! 俺下手だぞ! うろ覚えだし!」


「分からなかったら、ラップで誤魔化せDJモジャ!」


 槍チンがパスを送る。


「チェケチェケダーーッ!!」


 絶好調であった。


 数日前の、アフロの指出しグローブの大男を見て、一体誰に、彼がカラオケで女子とデュエットして、チェケチェケダーする未来を予想できたであろうか。


「アリップくん……手、小さくて、綺麗だね。でも、長くて、しなやかで、ちゃんと男の子の手」


 そう言ってアマネは、自分の掌とアリップの掌を合わせる。


(おいおいおい。警戒心無くし過ぎじゃないの?)


 調子に乗ったアリップはその手を握った。押せ押せである!


「アマネさん、この手で色んなアクセサリー作るんだよね。すごいなぁ……」


「う……うん」


「あっ……ごめん! つい……」


 大胆な行動に頬を赤らめる彼女を見て、初めて、さも自分の行動に気づいたようなフリをしたアリップが慌てて手を引っ込める……演技をする。


(イケる! イケるぞぉおおお!)


 全員が確信した。コレはイケる! いつも目の前に引かれていた境界線の向こう側へと、跳ぶ日は今夜だ! と!


「…………」


「どうしたのアリップくん?」


「あ、いや……何でもない。ちょっと、トイレ行ってくるね」


 そう言って席を立ち、廊下に出るアリップ。


 ――なんで、こんな時に、あの人のこと考えてるんだろ。集中しないと。


 いや、分かっていた。コレまでにない刺激的な夜に舞い上がっていたものの、自分のそもそもの目標は、彼女達の誰かと深い仲になることでは、ない。


 自分を磨き、ある人に相応しい男になることなのだ。


 だから、彼女以外の女子と、仲良くなればなるほど、罪悪感のようなものが胸に去来する。


 彼女達にも、あの人に対しても。


 ――失礼だよな。贅沢だよな。目の前に女の子がいて、楽しいのに、北方さんに会いたいなんて。


 アリップがそんなセンチメンタルな気分になったその時だった。


「あれ? アリップくん?」


 アリップが驚いて振り返ると、そこには、北方空が立っていた。


「北方……さん」


「わー……本当にアリップくんだった! それがニューバージョンなんだ! カッコいいね!」


 そう言ってはしゃぐ北方さんの姿に、アリップは激しく動揺した。


 会いたいと思った瞬間、その人に運命的に会えた。


 見せると約束していた人に、約束していたニューバージョンの自分を見せることが出来た。


 そして、カッコいいと言って貰えた。


 本来ならば、跳び上がって喜びたい程である。


 だが、アリップの心境はそれどころではなかった。


 何故なら、先程から自分に話し掛けてくる北方さんの腕の先に、別の腕があったからだ。


 ハッキリ言おう。彼女は隣にいる男の腕に自分の腕を絡ませていた。


 腕を絡ませ、その先の指も。所謂恋人繋ぎである。


「あの……そちらは?」


 半ば答えは分かっているものの、考えるより先にそんな質問が口を衝いて出た。


「え、ああ! ……忘れてた!」


「いや、忘れんな」


 隣の男が、ジト目で彼女を見つつも、どこかいつものことかと、諦めたような口調でそう言った。


「えーと……へへ、彼氏、です」


「…………」


「…………」


「……へぇ」

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