いたずらなプリンシピオ

 明け方のまちを、走る。


 大学に上がってから一人暮らしを始めたものの不摂生が祟って一度ちょっとした入院騒ぎを起こした僕は、健康維持のため、授業の前の早朝、こうやってジョギングをすることにしていた。


 田舎でも都会でもない中途半端なまちの明け方は人が全然いなくて、鼻歌を歌いながら風景を流していても恥ずかしくないくらいだ。


 でも、最近、同じコースを逆走するように走る女性とすれ違うことが多くなった。彼女は僕と違って毎日は走っていないようだけど、走るときは決まってこの薄明かりの時間帯を選んでいるようだった。


 遠くから姿が見えて、あ、今日は走っているんだなと思って、そうしているうちに、ほんの一瞬で、すれ違う。


 それだけのことだけど、それだけを繰り返すうちに、なんとなく彼女に親近感を抱き始める自分を、僕はうっすら自覚していた。


 でも、それ以上でも、それ以下でもない。僕らはお互いに、自分のコースを自分のペースで走るだけなのだから。


 ところが、神様の悪戯というのは唐突にやってくるものだ。


 いつものように走っていた僕は、いつもすれ違うあたりで彼女が姿を見せないことをほんの少しだけ怪訝に思った。


 まあ、今日は走る気分じゃなかったのだろう。そういう日もままある、と片付けてそのまま走ってしばらく。


 朝霧のけぶる薄明かりの中、うずくまっている人影が見えた。僕の心臓は跳ね上がる。


 彼女、だ。


 近づくと、徐々にその姿が鮮明になる。苦しげに吐き出される白い吐息を見た瞬間、僕は走る速度を全力に変えた。


「大丈夫ですか!」


――そこから始まる、神様が綴る物語を、僕はまだ知らない。

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