握手の苗床【ホラー注意】

 観光地を巡りながら最後にアウトレットモールでショッピングを楽しむ、よくあるバスツアー。


 珍しい物好きの紀雄のりおは、家族連れやカップルの多い中、ひとりでそのツアーに参加していた。


 アウトレットはあまり興味がないが、途中に寄る「森の家」に行ってみたかったのだ。


 紀雄は車が運転できないので、こういったバスツアーはあちこちに行けて本当に助かる。


 バスに揺られながらそんなことを考えていると、「森の家」に着いたらしかった。


 なるほど、森の中に観光バス用の駐車場があって、少し上ったところにこぢんまりしたロッジが見える。


 近付いてみても、レンガ造りなのかそう見せているかまではわからない。スイスあたりを意識したのだろう、妖精でも出てきそうなデザインだ。


 ロッジの中で調理が行われて、庭にあたる場所にある木製のテーブルと椅子で食事を摂るらしい。


 紀雄は広い席を大人数の団体に譲って端のほうの小さなテーブルについた。一応向かいにも椅子があるが、相席するほどでもないだろう。


 スマホをいじりながら、料理を待つ。


 うっかりミスタップでカメラを起動したとき、紀雄は異変に気付いた。


 テーブルの上に写る、ちょうど握手を求めるように差し出されている手首。


 スマホから目を離して肉眼で見ようとすると、手首は見えない。


「……なんだこりゃ」


 ARだかVRだか知らないが、あまり心臓によくない仕掛けだ。


「ま、記念だし一枚写真でも撮っとくか」


 紀雄はすかすかする手をうまいこと動かして、カメラ越しにその手首と握手する。そして、そのままシャッターを切った。


 SNSに早速載せようと思ったが、圏外。仕方ない、アウトレットモールでの暇な時間にでも載せるか。


 紀雄の意識は、すぐに運ばれてきた料理に移っていった。




 アウトレットモールに向かうバスの中。紀雄はどうにも腹の中がもやもやして不快な気分を味わっていた。


 食あたりでもしただろうか。なんてことだ。せっかくのバスツアーなのに。


 バスを止めるのも申し訳ない思いで耐え忍び、アウトレットモールに着いて、紀雄はトイレを探す。


 看板はあったが遠い。一歩一歩が辛いほど、腹痛は大きくなっている。


 とうとう紀雄は大勢の人が行き交う通路でしゃがみ込んでしまった。もう動けない。腹が、痛い。


「くそ……」


 紀雄が腹部に手をやると、不自然な膨らみがあるのが感じられた。なんだ、これは?


 手が触れたのを合図にするように、めり、と膨らみが大きくなり、破ける。激痛が紀雄を襲った。


「……!!!」


 横倒しに、倒れ込む。意識ももうろうな視界に映るのは、腹部から生えた、手。


 めり、次は背中から手が生える。


 ばり、次は肩から手が生える。


 ごき、次はふくらはぎから手が生える。


 そして、とうとう、頭頂部から生えた手が、紀雄の顔を覆い尽くそうとするようにかぶさってきた。


「なんだよ……嫌だ、こんな、」


 助けを求めようと紀雄が周囲を見ると、紀雄から生えた手が周囲の人間と【握手をし】、【その人間の体から新しい手を生やしていた】。


 地獄絵図。周囲はパニック状態だ。


 紀雄の顔を奪おうとする手を押しのけていた手を、紀雄はふと緩めた。


 ――こんな地獄を見るくらいなら、死んだ方がマシかもしれない。


 めりめりと肥大化した手が紀雄の顔を覆い尽くし、紀雄の意識はそこで途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る