ついたちの嘘

 四月一日、彼女は嘘をつく。


「春子ちゃんのぶんまで、一緒に生きてね。啓介くん」


「ああ、もちろんだよ、花乃」


 病院のベッドで、ずきずき痛む頭を包帯に巻かれた【花乃】の手を、【啓介くん】が握る。


 春子と花乃は、一卵性双生児の双子である。周囲も認める仲のよい姉妹で、好きなものも嫌いなものもことごとく一緒、果ては好きな人まで同じだった。


 結局想いを叶えたのは花乃のほうで、春子は最初こそ少し嫉妬したものの、ふたりのあまりの両想いぶりにすっかりほだされていた。


 そんな日々のなか、姉妹そろってショッピングに出かけた三月三十一日。


 ――ふたりは、交通事故に遭った。


 片方は弾き飛ばされて全身、特に頭を強く打った。片方は、タイヤに巻き込まれて顔かたちがわからないほどにめちゃくちゃになって即死。


 そして、生き残ったのは、【春子】だった。


 しかし、目を覚ましてその事実を知った春子は、自分を花乃だと偽ることを決めた。


 花乃の未来は閉ざされてしまった。それだけで絶望的なのに、「花乃と啓介の幸せな時間」まで、奪われてなるものか。


 そうして、病室に訪れた啓介に、春子は花乃を偽って儚げな笑みを向けたのだ。


――春子ちゃんのぶんまで、一緒に生きてね。


 啓介は春子の嘘に気付かず、春子を花乃だと思いこんだようだった。


 春子は二重の意味で繰り返す。


「死んじゃった春子ちゃんのぶんまで……一緒に生きようね」


「ああ、ああ、花乃」


 春子の心の中で、花乃を偽ると決めた瞬間に殺した、春子自身を。今だけでもいいから、悼んでほしかったのだ。




 五月一日、彼は嘘をつく。


「花乃!」


「遅れてごめんね、啓介くん」


 待ち合わせスポット、きょろきょろとあたりを見回していた【花乃】に声をかけた啓介は、駆け寄ってくる彼女を見て笑みを浮かべた。


「そんなに遅れてないよ。しかも電車の遅延なら、花乃のせいじゃないし」


「ありがとう。さ、行こ!」


「ああ」


 今日はデートの日だ。といっても、あてもなく町をぶらぶらして、適当に会話をするだけの、無計画なデートなのだが。


「走ったら暑くなっちゃった……あ、アイスクリーム屋さんがある」


「いいんじゃないか、行ってみよう」


 屋台のアイスクリーム店に着くと、【花乃】は悩んだ末、ストロベリーのフレーバーを選ぶ。啓介は抹茶にした。


――ほんものの花乃なら、ストロベリーとバニラのハーフフレーバーにするところだ。


 啓介は、最初から春子の演技に気付いていた。双子の片方を選ぶくらいだ、見間違えるわけがない。


 しかし、花乃を失ったショックから立ち直れたのは春子の演技があったおかげだった。騙されたふりをすることで、少しずつ、事実を受け入れることができたのだ。


 偽りまみれのデートは順調に進んでいく。啓介はそろそろ潮時だ、とふと思った。


「――春子」


 足を止め、彼女の本名を、呼ぶ。【花乃】はぴたりと足を止めた。


「啓介くん?」


「今まで、ありがとう」


「待って、意味が、わからないよ」


 【花乃】は啓介にすがりつく。啓介はやんわりとその腕を押しのけた。


「俺が、君たちのことをわからないわけがないだろ? 今までずっと、春子の演技が心の支えだったけど、これ以上、春子に無理はさせられない」


「……そん、な」


 春子は絶望したように呟く。目に涙が盛り上がって、したたり落ちた。


「春子。もう、嘘はやめにしよう」


「嫌。わたしは……花乃と啓介の幸せな時間だけは、壊したくなかった」


「もう、いいよ。花乃はいない。俺はきちんと、それを受け入れたから」


「っ……」


 受け入れられていないのは、春子なのかもしれない。啓介は涙を流し続ける春子の頭を撫でる。


「春子。……死んだ花乃のぶんまで、一緒に生きよう」


「…………」


 一ヶ月前に自分が言った言葉を返されて、春子はとうとう膝から崩れ落ちた。


「花乃! 花乃花乃……!」


 泣きじゃくる春子。啓介はしゃがんで、春子に視線を合わせた。


「俺も、手伝うから。一緒に、受け入れよう」


「啓介……」


 少し落ち着きを取り戻した春子を、啓介はそっと抱きしめる。


 三人から二人になった彼らの人生は、これから真実として始まろうとしていた。

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