モグラ女は陽の目を見れない

「好きな人が出来た。来月からその人と暮らすの。ごめんね、もう決めた事だから」


 棒読みでそう伝えた私の言葉に、彼は唇を噛みしめながらも黙って頷いた。いつでも私の意見を尊重してくれる彼の事だから、頷いてくれるのは分かっていた。分かってはいたけど……私は心の何処かで期待してしまっていた。「嫌だ!」と取り乱して私に追い縋る彼の姿を。そしたら……こんな嘘……すぐに白状できてたのかな……。



 彼と別れてから私は、夜な夜な繁華街へと通うようになった。1人で部屋にいると着信の無いスマホと睨めっこをしてしまう……連絡なんて来るはずもないのに……それに、人混みに紛れていると自分が1人じゃない気がして落ち着くからだ。何をするでも無く繁華街を散策した後、私は決まって地下深くのBARへと身を隠す様に入る。スマホの電波も届かない程に深い地下へ。そこでは、程度の低い男が程度の低い酒を片手に程度の低い口説き文句で程度の低い女をはべらかしている。まるで、薄暗く淀んだ空気が充満した地底を体現した様な世界。そんな場所で私は好きでもない肴を食べ、好きでもない酒を煽り、好きでもない男と寝る。かく言う私も同じ穴の狢……所詮、程度の低い女だ。


だからこそ、彼とは別れるべきだった。彼には絵描きになる夢があった。素人目線の私でも分かる程に彼には才能がある。これは贔屓目ではない。実際、小規模のコンクールでは入選もしている。


 その夢を捨ててまで「君といたい」と言われた時は嬉しい反面、悲しくもあった。丁度その頃から、彼の口癖が「なる」「やる」ではなく「なれればいい」「やってみたい」という曖昧なものになっていた。


 私といると彼は彼じゃなくなるかもしれない。そう思ったから私は自ら身を引いた。


 ついこの前、BARで出会った好きでもない男のどうでもいいピロートークに関心を持ってしまった。


「モグラは目も耳も無いから、地上ではうまくエサを探すことができないんだ。でも、とても敏感なヒゲや毛を持っていて、土の中の音を感じることができる。腹や背には敏感な神経があり、エサであるミミズの動きを感じて捕まえることもできる。地上に出てこないのは、地上ではうまく動き回れず、エサを取れずに飢え死にしてしまうからで、実際、モグラは……」


「私ってモグラみたい……情け無い」


 自分とモグラを照らし合わせて失笑する私を他所に、その男は延々と博識ぶりを披露すると満足そうに帰って行った。


 落ちるとこまで落ちた私は、もう彼のいる地上には戻れない。きっと地上ではうまく動き回れずに飢え死にしてしまうから。でも彼は、そんな私と夢を天秤にかけて私を取った。


 でも、やっぱりダメだ。


 彼には陽の目を浴びて欲しい。


 こんな程度の低いモグラ女と居たら彼はきっと陽の目を見れない。だから……今までありがとう。


 報われなくていい、届かなくていい。私はいつでも電波が入らない程に深い地下から見上げてるから。


「圏外より愛を込めて」

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ちょっぴり切ないショートショート集 恋するメンチカツ @tamame

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