第6話 日下部邸での出来事

本編28話の途中の補足話という形になります。蛇足と思う方もいるかもしれませんが、目をつぶっていただいて。


久々の番外編ですが、楽しんで読んでいただければ幸いです。


 ――――――――――――――――――――


 日下部の祖母にあたる美愛さんの家へ泊まることとなり、俺は与えられた部屋の中にいた。代々、何か大きな事業をやっていたのであろう、屋敷のデカさといい、部屋の広さといい、圧巻の一言だ。


 俺は自室の数倍はあるであろう部屋で一人ぽつんと椅子に座っていた。部屋に入ってすぐの右手には風呂場があり、左手にはトイレがある。そこからさらに先に進むとソファが真ん中に置かれた広いリビングのような場所があり、その端に今、俺はいる。


 場違いなところに来てしまった。その一言だ。日下部はもともと、この家に住んでいたのだから、お嬢様ということになるのか?全くイメージができない。普段の日下部はお嬢様然とはしていないし、日下部の今住んでいる家からはかなり想像ができない。これほどの家に住んでいるのだから、おそらく経済的にゆとりがあるはずだ。なのにも関わらず、日下部はあの家に住んでいる。なにか理由があるのか?


「いや、これ以上はやめよう」


 日下部は友人ではあるが、結局は他人なのだ。俺が干渉してややこしくしてしまってはダメだし、家の事情に俺が口を出していい道理がない。何かあるということに対しては気になりはするが、それだけだ。事情は誰しもにあるものだし、それを聞くようなマネは褒められたものではない。


「とりあえず、じっとしてるのは時間の無駄だし、なにかするか」


 俺は椅子から腰をあげ、持ってきているリュックから問題集を取り出した。パラパラとそれをめくりながら、ぐるぐると部屋の中を歩く。じっとしていることに飽きるといつもこうして部屋の中をぐるぐると歩くようにしている。こうすると、頭の回転が早くなるだとか、集中できるとか。そんな意図は全くなくて、ただじっとしているのがなんか違うなと感じたときにこうして歩くのだ。それが俺にとっては利のあることなのだと思う。


 何往復目か分からなくなり始めたあたりでコンコンと叩く音がした。


「切井くん、今ちょっといい?」

「いいぞ」


 ガチャリ。部屋に日下部が入ってきた。パジャマにカーディガンを羽織った状態の日下部は部屋の広さに驚いたりもせず――――同然のことではあるのだが―――――ソファに腰をおろして俺の方を見た。


「勉強してたの?」

「歩きながら、な」


 俺は言いながら、日下部の隣に座った。問題集は座るタイミングで閉じて日下部の話を聞く体勢に入る。当の日下部は『あ、歩きながら?』と首をかしげている。


「この部屋、普段の自室に比べて何倍も広いからな、じっとしてられなかったんだよ」

「ふふふふっ、なにそれ」

「笑うことではないだろ。この部屋以外にないのか?もっとこうスモールサイズというか」

「スモールサイズ、のはないかな?全部この広さだよ」

「···········そうか」


 やはり俺は来る場所を間違えている。こんな大豪邸に来る予定はなかった。祖母がいるんだという世間話的なノリだったはずが、こうなるなんて誰が想像できようか。いや、できない。


「この部屋がいやなら·········私の部屋に来る?」

「その部屋はこの部屋より狭いのか?」

「おんなじだけど」

「それじゃあ、変わらないな。いいよ、この部屋で。人間は慣れる生き物だからな、順応しきって俺はここで生き残ってみせるさ」

「ごめん、切井くんの言ってくること、全然わかんない」


 日下部はマジトークでそう言った。真顔だ。真顔。人間の真顔は証明写真で見るだけで十分だ。それ以外はただのホラーにしか見えない。俺は創作物のホラーが一切見えない質だから、なおさら怖い。なんでお化け屋敷は行けるのに創作物になるとダメになるのだろうか?


「それで、日下部。話があるんじゃないか?話がないにしても用があって来たんじゃないか?」

「用は別にないんだけど········」

「だったら、なんで来たんだ?」

「来たら、迷惑、だった?」

「··········別に迷惑ではないな」


 日下部は俺を不安げな顔で見てきたために俺はそう返した。今までの俺なら勉強の邪魔をされることをかなり嫌っていた。勉強の妨げとなるものを敵とみなし、距離を置いてきたはずだ。しかし、今の俺はどうだ?日下部といることになぜだか安心感を覚える。最初に抱いた『早く帰ってほしい』という印象が関わっていく中で『何か』に変わっていたのだろうか。その『何か』が何であるのかはわからないが、しかし、俺にとってその答えはかなり重要なピースのような気がしてならない。俺がなくしてしまっていたパーツを埋めることができる、そんなピースを。


「この広さに圧倒されていてな、頭が今ショートしているような状態なんだよ。だから、むしろ、日下部がいてくれて助かってる」

「そんなにこの部屋、広いかな?」

「俺の部屋に比べれば数倍は広いよ。そういえばと思っていたんだが、日下部はここでもともと生活をしていたんだよな?」

「··············うん。そうだよ。私はここで生活してた」


 少し間が開いていることに俺は内心、疑問をいだいていたが、気づかないふりをすることにした。


「だから、多分、部屋の広い狭いの境界が曖昧なんだよ。普通の家はこんな広くないし、自室にまずソファはない」

「それもそっか」

「テレビも基本的に一家に一台だろ」


 俺は目前にあるテレビを見てそう言った。


「他にもいろいろとあるが、それらの結論は同じだ。日下部響子は実は“お嬢様”だったってこと」


「···········切井くんはそんな目で私を見ないと思ってたのに」

「全く想像できないけどな」


 俺と日下部はほぼ同時に言った。日下部からのブーイングは聞こえたが、その声を俺の一言が一線した。


「この家に来てデカい家で住んでいたってことを知った。知る前は日下部がこんな家で生活してたなんて思いもしなかった。日下部は普通の家に住む普通の女子と思っていたからな。それについては今も変わらないが、それでもやっぱ驚きはあるよ。イメージと乖離してるからな」

「············」

「まぁ、とにかくだ。俺が言いたいのは、これからもよろしくな、日下部」

「うん!」


 日下部の笑みを見て俺は唇を緩ませた。

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