アフター5 一軒家を買うに至るまでにあったこと④ 第3回同窓会

長い間更新が途絶えてしまいました。すみません。更新頻度は今後もこんな形になるかもしれません。よろしくお願いします。




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 ちょっとしたいざこざがあったものの、俺と響子は引越し先と決めているマンション内に入った。入り口はオートロックになっていて、これまで住んでいたアパートとの違いに俺は『今まで住んでいた場所は本当に家だったのだろうか?家という名の何か別のものだったのではないのか?』と哲学を始めてしまった。


「わぁ、きれい!」


 3階の一室に入ると響子はすぐにベランダに出て、外の景色を見て感嘆の声を上げた。今まで住んでいたところとはうって変わり、外からの景色がこれでもかと見えるのだ。今は太陽が出始めてからそれなりに時間が経ってしまっているのでわからないが、夕方頃に見える太陽の沈む様子はきっときれいなことだろう。


「もう気に入ったのか?」


 俺は部屋の中をまだ全然見ていないにも関わらず、もうここは私たちの家だ!みたいな雰囲気を醸し出している響子に対して俺はそう声をかけた。引越し先と一応は決めてはいるものの、実際に行ってみたらなんか他がいいとなることだってあるだろうし。


「すごく気に入ったよ、ここにしようよ」

「7階じゃなくていいのか?」

「当麻くんがさっき“ギシギシ”が気になるとか言ってたじゃん」

「·····それは何?嫌味?」


 やたらに“ギシギシ”を強調してくる響子に俺はため息をつきたくなった。ギシギシが何を·······ッッッ!って変なことを想像するな。響子とはそんなことをしたりしない。俺は順とは違うんだ。手を出したりしない。


「·····何、首振ってるの、当麻くん」

「な、なんでもねぇよ!それより他の部屋を見てみようぜ!」

「なんかすごい誤魔化してる気がする」


 その後、俺と響子は部屋を見て回り、引っ越し先は変わらずここにしようと決め、次の月から実際にここに引っ越して住み始めた。


 ◇


「第3回あんなこともこんなこともどんなこともあったよね?会の始まりだよ!」

「「いえーーーい!!!!!」」

「「「「········」」」」


 りずはが第一声を決め、それに響子と小田切明子が反応し、それ以外の俺、順、徳川夫妻は反応に困っていた。

 この良くもわからないこの会は全員の都合が付き、かつ騒いでも問題ない店の確保ができたときのみ行っている。それとりずはが言ったように今回でこれは3回目となる。


 この会ではお互いに今までどうだったのかを話したり、愚痴をこぼしたり、徳川夫妻のように仲がいいことのアピールをしたり。とにかく法に反さない限りは何をしてもOKとなっている。


「そういえば、当麻と切井さんは引っ越しをしたんだってね」

「そうだな、最近、引っ越しをしようと突然思ってさ、今ではそこそこのマンション住まいだ」


 引っ越しをしてからはかなり快適に過ごせている。寝室が同じであるという点を除けば。


「今度行ってもいい?」

「別にいいぞ、りずは。前のとこに比べて多少なら騒げるだろうしな。防音機能が結構がっちりしてたんだよ」


 前の家だと怒鳴り声だとかテレビの音とかがよく聞こえるくらい壁が薄かった。温度調節には問題はなかったが。しかし、今の家ではそれらの問題は解決し、周りの目を気にしなくて良くなった。自室での勉強も快適だしな。かなりはかどるぜ。


「へー、じゃ、響子ちゃんと“あんなこと”や“こんなこと”ができるってことじゃん!」

「言い方!!!!」


 小田切明子の言葉に響子はうつむき、顔を赤らめていた。俺は誤解を招きかねない言い方に訂正を求めたが、全く意味がなかった。


「当麻くんも順くんと同じで“男”になったんだね」

「明子、少し静かにしていようか!」


 まさか自分に飛び火がくるとは思っていなかったのだろう。油断していた順は小田切明子の肩に手を置き、少し落ち着くようにと声をかけた。今一番冷静でないのは順なんだけど······。


「全く、お前らはもう少し大人になれよな、よく言うだろ、“大人の階段”のぉぼるってさ」

「家康、少し静かにしろ」

「なんでだよ!」


“大人の階段”なんていかがわしい言葉を言ってんじゃねぇよ!


 この場では不適切(俺がそう思っただけだが)な言葉を吐いた家康は徳川静香によって慰められていた。ただ、『家康くんは失敗したのではありません。経験を積んだんですよ』という言葉は多分、徳川静香オリジナルの言葉ではないだろう。なんかのパクリだ。どうせ、りずはの入れ知恵だろうし。


「りずは」

「何、お兄ちゃん」

「お前は変な知識を教えるなよな。徳川を見てみろ、『私良いこと言った!』みたいな表情してるだろ。あれ絶対、家帰ってから頭抱えるやつだぞ」

「変なんかじゃないよ、お兄ちゃん。これはれっきとした道徳意識に基づくものなんだよ」

「それっぽく言って誤魔化しても意味ねぇからな」


 どっから出てきたよ、道徳意識なんて。


 突然ではあるが、りずはの現在を話そうと思う。りずはは現在、高校3年で栄光高校と呼ばれる、偏差値75の名門校に通っている。順もこの栄光高校に勤めている。りずはのクラスの担任ではないそうだが。まぁ、順はまだ教員生活2年目であるわけだから、3年を任せることを栄光教員側からも良しとしないだろうけど。どれだけ優秀であろうと。受験はやっぱかなりの経験値を持っている先生のほうが信用度も高いしな。新任よりだと少し信頼しづらい部分はあるし。

 りずははとどのつまり受験生なのだが、息抜きでこうして俺たちの同窓会的なものに加わっていたりする。息抜きにしてもさ、少し気を緩め過ぎな気もするにはするが。

 りずはは俺と同じく東京大学を目指していることを最近聞いた。“道徳意識”なんて普段絶対に使わないであろう言葉を平然と使っていることからわかるかもしれないが、りずはの第一志望は東京大学の文科I類だそうだ。高2のときからA判定をバンバン取っているらしいけど、結果がどうなるかはわからないものだ。油断せずに努力をしてもらいたい限りだな。


「つうか、この同窓会(笑)はなんなんだ?話す内容がすんごいどうでもいいことなんだけど」

「取り敢えず、当麻くん。“(笑)”をつけるのはやめよう」

「右に同じ!!」


 この同窓会が何を目的として開かれているのか、毎度毎度気になっていた俺は少し小馬鹿にしたような言い方をあえてしたが、どうやら不評のようだ。(笑)なんて普段使う機会がないからな、こういうときに使わないとな。


「お兄ちゃんはもっとロジカルにシンキングしないと」

「おい、りずは。頭悪いのがにじみ出てるぞ」

「英語混ぜたら頭良く見えない?」

「見えねぇよ!」


 なんだよ、その理論。お前がロジカルにシンキングしろよ。

 中学生なんかが『メガネかけたら頭良く見えね?』と言っていることが同じレベルだ。頭がいいやつはまずそんなことを言わない。


「おい、順。お前はりずはに何を教えてるんだよ」

「僕は担当してないんだけど·····。でも、栄光は変わってる人が多いから。例えば、物理の高野先生とか」

「······ああ」

「たしかに」

「あの先生はおっかなかった」


 誰もが同意するあの理不尽の塊、高野。今でも脳内で再生される言葉の数々。そして、俺が高3のときに担任になってしまったという不運まで思い出してしまった。


「暗い話はやめにして、そろそろ食べませんか?」


 徳川静香の言葉に全員うなずき運ばれてきた料理に手を付け始める。頼んだものは結構色々ある。刺し身だとかラーメンとか。この店はここらではなんでも屋と言われるほどの品数があり、騒いでもOKとされていて、よく打ち上げなんかに利用されている。ただ、この店を利用するためには予約をしないといけないんだけど。それがあったとしてもこうして楽しく食べながら話せるっていうのは大きい。値段もそこそこするが、それらを惜しまずに利用できるだけのサービスがあるからな。飯もうまいし。


「なぁ、当麻、順。大食いやらね?」

「······家康、お前それ前回も言ってたからな?」

「僕は少食よりなんだけどな」


 飯を食べ始めるタイミングで毎度言ってくる『大食いしようぜ?』の言葉。俺は呆れた目を家康に向けながらも参加してしまうのは単純に親友だからではないだろう。俺たちは高校のときに何度も助け合いながら山場を乗り越えてきた仲だ。お互いの良し悪しを理解しているからたとえ、呆れるようなことをしてきたとしても不思議と『付き合おうかな?』と一度は考えてしまう。一度でも考えてしまったが最後、付き合うことは確定してしまう。それを“親友”という言葉で片付けられるのか、俺にはわからない。どちらかというと“親友”より“戦友”のほうがしっくりきそうだ。


「今回は肉にしようぜ!」

「お前が食いたいだけな気がするけどな」

「でも、ここは肉もおいしいよ、当麻」

「うまいのは認めるが、それだけだといつかは飽きが来るだろ?だから、この際、これって限定しないでとにかく食べたいものを食べる、これが一番いいんじゃねぇか?」

「確かに、そうだね。僕はあんまり食べられるタイプじゃないからそれがいいね」

「おっしゃ!!それでやろうぜ!」


 大食い対決開始。



 俺たちのこの同窓会はこうしてこれまでのことを話したり、愚痴をこぼしたり、悩みを言ってみたり。そういうことをやる場だ。

 クソキツイようなことを経験して、ここでそれに対する鬱憤をさらけ出して。

 俺たちはそんなことをもう3度繰り返している。

 でも、鬱憤をさらけ出したあとに俺たちはバカをやる。大食い対決なんかがそれだ。周りからしたら変なことをしているなと思われることだろう。


 だけど、俺たちは知っている。どれだけ周りから変だと思われても、取り敢えずこのメンツからはそんなふうに思われないということを。


 俺たちは明日からも大変なことがあって、苦しいことがある。ストレスだってたまることだろう。でも、大丈夫だ。一人ではなく、相談できる相手がいるから。


 さて、次こうしてバカ騒ぎができるのはいつなのだろうか。


 俺はいつも終わりが近づいてくるたんびにそう思う。何を目的としているのか、理解はできていないけど、そんなことはどうでもいい。そんなことよりもこうして顔を合わせてバカやるほうが大事だ。それが大きなエネルギーとなって、明日からもがんばろうと、そう思えるようになるから。

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