アフター4 一軒家を買うに至るまでにあったこと③ 『―――勘違いするようなこと、言わないでよ!』

 俺は身支度を整えると響子の方を向いた。響子はコクンと頷いた。


「それじゃあ、行くぞ!」


「·····気合い入れ過ぎだよ、当麻くん」


 響子の呆れたような目は無視して俺は玄関を出た。


 ◇


 時は遡る。


 俺と響子は夕食を食べていた。親父からなぜかうどんが大量に送ってこられ、今日の夕飯はうどんだ。送られてきたもので済ませているため、1食浮いたと思えば良いのだろうか。いや、このうどんの量からして1食どころか4、5日うどんでもおそらく行けるだろう。そう考えたら、地獄が見えてきた·····親父、送る量もう少し考えてくれよ。響子と俺でこんな量食いきれるかよ·····!


 俺は近い未来がこのうどんにより暗くなっていくことに対して、頭を抱えたくなった。うどんは手軽に食べられる料理で、時間のない俺と響子からしたら楽ができてラッキー!みたいな感じがしそうだが、量によってはアンラッキーになるようだ。


 俺はうどんを食べながら響子に視線を送ると響子はうどんを美味しそうに食べていた。


「うどん、好きなのか?」

「逆に嫌いな人いるの?」

「さぁ?世の中にはいろんな人がいるからな、うどんじゃなくてそばが好きだ!みたいなやつとかいるんじゃないか?」

「当麻くんはそば派?」

「いや、俺は中立。うどんもそばも好きだからな」

「·····当麻くんってもしかして浮気性?」

「話が飛躍しすぎだろ!なんでそうなんだよ!違うからな!俺は浮気などしてないからな!」


 俺の慌て具合に響子はクスクス笑いだした。俺はこの抑えきれないこの怒りをどこにぶつけるか、手をギリギリ握りしめながら考えていた。


「ふふふふっ、はぁ、当麻くん、慌てすぎでしょ·····!考えれば冗談だってわかるでしょ?」


「いや、だがな······冗談でも言って良いことと悪いことがあるだろ·····」


 俺は非難の目を響子に向けた。普段からかわれている俺だが、からかわれ方によってはこのように怒りを覚えることがある。たとえば、今回のように“浮気”という単語が炸裂したとき。あとは、“根性なし”とか“ヘタレ”とか。いや、後半の2つはほぼ似たような意味か。


「それじゃあ、私に“罰ゲーム”するの?」


「ば、罰ゲーム?」


 どこからその言葉が出てきたよ。たまに響子の言ってることが理解できなくなるんだよな。最近の悩みの一つだ。


「具体的には?」

「そ、それは········“エッチなこと”、とか」

「却下だ!」

「······だから、それ言うの私の方だと思うんだけど」

「とりあえず、さっき自分で言ったセリフを思い出そうか。言い出しっぺお前だぞ」


 何事においても先に言い出した方は不利になる。じゃんけんなんかだと『じゃんけんやろうぜ!』と最初に言いだしたやつが負ける確率が高いあれな。言い出しっぺは負けるの法則。俺はそれでよくりずはにじゃんけん負けたからな。


「もう、罰ゲームはどうでもいい。考えてるだけで頭痛が痛くなってくるぞ」


「~~~~~~~~~~ッッッッッッ!」


「·······おい、貴様。何笑ってやがる」


 真面目な話をしているのにときどき笑い出すやつがいる。話している側が最も腹立つあれな。というか、響子はなんで笑ってんだ?俺はりずはに『お兄ちゃんのギャグはわかりずらいし、つまんない!』と言われるほどにつまらないらしい。俺としてはそもそもギャグ言ったつもりないのにそう言われるから不本意極まりないんだけど。


「ず、頭痛が“痛い”って·····!と、当麻くんでも····ふふふっ、そんな間違いするんだね」


「は、はぁ!!!」


 ば、バカなァァァァァァァァァァァァ!そ、そんなバカな話があるか!俺としたことがァァァァァァァァァァァァ!


 俺は頭を抱えた。ただうどんを食べていただけなのに俺の精神はどんどんすり減っている気がしてならない。なんでこうなるんだ。


「当麻くんも仕事で疲れてるとそんなことも言うんだね」

「······バカヤローですみません」

「ううん、そうじゃなくて当麻くんにも普通の人みたいなところがあるんだなって思って」

「·····それはなんだ?俺はいつも普通じゃないの?俺は普段、変人なのか?」

「·······?」


 首をかしげるんじゃなくて答えてくれよな。それもはや答えを言ってるようなもんじゃないか。そうか、俺は変なのか。たまにりずはに『顔が変だ』と言われることがあるが、それも関係しているのか?仮に関係していたとしたら、俺は何、24時間、常時、変顔してるってことか?それは、変人じゃなくて“変態”じゃないか?


 俺はうどんをすすりながら、そうか、俺は変顔を今までしてたのか、となんか精神的にやられていた。俺は『周りからどう思われているのか』とか『周りから変な目を向けられている』とかをこれまで気にしていなかったが、身内からのこの口撃は精神的に来るものがあった。知り合いに突然、『お前は変だ!』なんて言われればうろたえるのも当然といえば当然だろうけど。


「まぁ、変人でもいいや、この際。俺は生まれつきこんな顔だからな、変えるなら整形するしかない」

「そんなに傷ついたの?それなら、その····ごめん」

「·······なんで謝る?謝る要素はないだろ·····。俺の顔が変でそれを響子が謝ってるならなんかこっちが申し訳なくなるだろ····」

「当麻くんの顔は変なんがじゃないよ·····そ、その·····か、カッコイイから気にしなくていいと思うよ。りずはちゃんは妹だから言えてないだけで、実際はすごくカッコイイから!」

「お······おう、そ、そうか」


 なんかとんでもない勢いで響子が俺を褒めだした。さっきまで俺をからかうノリでやっていたのだろうけど、俺がこんな様子だからこう言い出したのだろうか。とはいえ、そうか。俺はカッコイイのか。イケメンとやらの部類に入れているのか。それはなんか、いいな。やっぱ、男たるものイケメンには憧れを抱くものだしな。うん、いい。特に響子から言われたのはポイント高い。セブンのポイントカードで軽く3億くらいポイント貯まるくらいな。(意味がよく分からない)


「まぁ、響子は“美人”で、“頭もいい”し、“仕事もできる”ようなあんま陳腐な言葉で表すのもあれだが、“女神”みたいな存在だからな、俺もそのイケメンとやらの部類にいなければ釣り合わないわな」

「~~~~~~~~~~~~ッッ!」


 響子は顔を赤くしてうつむき出した。肩がプルプル震えているのがよく分かる。うどんは今もなお机の上に残っていて、いつになったらこれは食い切れるのか?と真剣に考えなければならないような状況ではあるのだが、こんな響子の様子はあまり見られない。毎度俺があの立場に立たされているからな。これを気に響子の真っ赤な顔を拝み、脳内に焼き付けるのだ!


「と、当麻くん。早く本題に入ろうよ」


 スルーすることにしたのか。


 空気もあれだし、そうするのが最適か。俺がそんな空気にしたのだから何も言えないけど、きっかけは響子だからな。カウンターを食らうと誰しも過去の自分を恨みたくなるものだ。


「明日からゴールデンウィークで休みだし、下見に行かないか?」


 引越し先は決めていて、インターネットでどんな感じかより深く調べはすでに済んでおり、いつ下見に行くか決めかねていた。だが、明日からゴールデンウィークということもあってか、俺と響子はそれぞれ数日休みが取れることになっていた。俺の場合は“有給”という強い武器があるのだが、仕事が溜まっているとどうしてもそうもいかない。事務処理は俺の場合、美愛さんからのものもあるからな。そう言えば、あれっていつまで続くのだろうか。なんか際限なく続きそうで怖いんだよな····。


「そうだね、明日行こうよ。·····って何も言わずに行っていいの?」

「一応、俺の方で管理人の人にコンタクトを取ってある。いつでも好きなときにみにいっていいってさ」

「·····そうなんだ」


「とりあえず、明日は早起きだな」


 俺は目前にあるうどんは諦めて、ラップで包み始めた。響子もそれに続く。


「でも、当麻くんは結構早起きじゃないかな?」

「·····響子のほうがちゃっかり早起きしてるだろうに····」

「朝ごはんの用意しないとだし」

「······そうか、そうだな」


 俺は決して料理ができないわけじゃない。ただ、見た目や作り方がまさに“男料理”みたいになっていて、とても響子に食べてもらうものには程遠いのだ。だから、響子は暗黙の了解であるかのように俺には料理をさせない。手伝おうとしても『新聞読んでて』の一言だ。なかなかに俺の無能さがにじみでている。どこの家でもそうなのかね?


 そして、冒頭に戻る。


 ◇


 俺と響子は引越し先とすでに決めているマンションへと来ていた。このマンションは8階建てで、そこそこの防音の壁、ベランダなどを兼ね備えている。部屋数は4つで、その部屋割りも俺と響子のそれぞれの一人部屋、リビング、·····俺と響子の寝室となっている。結局、響子と同室で寝ることに決定してしまった。そのことを順に愚痴ったら『イケてる男は余裕を持つべきだよ。僕のようにね』と言われ、腹が立った。何が余裕だ。そんなもん、お前だって持ってないやんけ!順がそういったあとに順の妻である小田切明子が乱入してきて、『寝室を同じにしたらね、順くんが“男”になったんだよ!』『やめろ!!!!!』(以下略)が起こった。とどのつまり、順は最初から余裕などなかったのだ。見栄を張っていただけなのだ。俺もそうなってしまうのか、今から冷や汗が止まらない。


「3階と7階に空き部屋が一つずつあるみたいだな。響子、どっちを見に行く?」

「7階にしようよ。景色もよく見えるだろうし、そっちに引っ越しするんでしょ?」

「いや、3階だろ」

「えっ?なんで?高いところ苦手なの?」

「いや、苦手じゃないよ。ただ、普通に夜、下の階の人にを聞かせて迷惑をかけたくないだけだ。まぁ、3階だとあんま効果はないかもしれないけどな」


 俺はどうやら足音がうるさいらしい。たまに夜、俺の自室から出て、うろうろしているときがあるのだが、そのときの足音がギシギシ音を作っているらしく、りずはに『うるさい!』と怒られたことがあった。扁平足なのか?と悩んでいたこともあるが、そういうわけではないようだ。今も多分、治っていないだろうから、できる限り下の階のほうが迷惑にはならないだろう。


 俺はそう思っていたのだが、響子はどうやら勘違いしたらしい。


「夜にギシギシって·······えっ?えっ!?」


「·······何言ってんの?」


「そ、そんな音しないでしょ!?な、何言ってんの、当麻くん!」


「·······?いや、言ってる意味がわからないんだけど」


 俺の足音の問題は解決した、ということか。たまに家に戻ると足音がうるさいと今でも怒られるのに?


「~~~~~~~~~ッッ!と、当麻くんに私の初めてをあげるのはいいけど·······その、心の準備が必要で······」


「??心の準備?初めて?······マンションに入るのにそんなもの必要か?」


 意外と響子と几帳面?いや、マンションに入るだけのことに几帳面もなにもないか。初めてとやらは良くはわからんが。マンションに入るのが初めてってことか?


「ほら、行くぞ、響子」


 俺は響子の腕を掴むと引っ張るようにしてマンションへと近づく。なぜか響子からの反撃を食らっているが。


「ま、待って!待ってよ!」

「だから、何をだよ!さっきから何言ってんのかよくわからないんだけど!」

「そ、その·····や、優しくしてね?」

「······俺は普段冷たいってこと?」


 優しく接するように気をつけていたはずなのにマジですか?俺は冷たく普段あしらっていたということですか?


「······と、当麻くん。一応、そのゴムとか用意してる?」

「ゴム?なにそれ?輪ゴム?」

「えっ!!な、生なの!」

「生?·····なんだろう、これ。さっきからマジで響子との会話が噛み合わない」


 多分だが、響子はなんかと勘違いしているな。間違いなく。何と勘違いしてるのかまではわからないけど······。


「響子、取り敢えず落ち着け。何かと勘違いしてんのは分かったから、な?」


 響子はジト目で俺をみてきた。顔も未だに真っ赤だ。


「俺が3階がいいって言ったのは俺の足音が夜響くからでだな·······」


「えっ?あ、足音?」


「そうだよ。床とかさ、だろ?」


 りずはに怒られていた原因な。響子は隣の部屋だったから知らなかったのかもしれないけど。


「夜ギシギシってそういう······わ、私はか、勘違いして······!~~~~~~ッッ!!勘違いするようなこと、言わないでよ!」


「え?え?よく分からないけど、分かった」


 なんで俺は逆ギレされてるのだろうか?


「と、取り敢えず、解決したみたいだな。それじゃあ、行こうぜ」


 空気が重たくなってしまったが、一応、勘違いは解決したようだし、この問題はOKだ。俺と響子はやっとのことマンション内へと入った。

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