第121話 再会後のあれこれ

 俺と響子はこれまでの4年間の話をした。大学でのこととか、俺の場合だとバイトで何をしていたのか、とか。話したいことはこれでもかとあるが、4年ぶりとなる再会をしたのだ。嬉しさのあまり言いたいこととかも上手く言葉にできなかった。


「お互いにやっぱ、色々と苦労したな」


「私はそんなだけど、当麻くんはすごい苦労したんじゃないの?」


「そんなでもねぇよ?慣れないバイトも1週間もやれば慣れたし、慣れてからはそんな辛いと感じたことはないな」


 東京に着いた初日に仕事内容の説明や挨拶とかをして、その1週間は仕事に慣れるのに必死だった。仕事が終わったと息をつくといつの間にか机の上には書類があり、それを終えても新しいものが。雑務が多いと言われていたが、書類仕事がここまで多いとは想定していなかった。それも1週間経てばかなり慣れ、仕事はスムーズに終わらせられた。それこそ、事務処理以外の仕事にも手をつけられるほどに。


 響子の過去の一件に関しては東京に着いてから1週間後から捜査をし始めた。俺自身が仕事に慣れるよう期間を津田の親父さんが考えてこの日から始めようと決めていたらしい。俺自身の仕事を終わらせてから響子の一件に関して津田の親父さんが集めてくれた情報をもとに解決へ導けるようにと毎日、調べと捜査を繰り返してきた。


 それも終わればこうして響子の隣に座って話す時間もとれるようになる。実際、こうして響子と二人で共に今を過ごせているし。


「こうしてるのもあれだし、そろそろ帰ろうぜ」


「うん」


 俺と響子はベンチから腰を上げると手を繋ぎ、家へと向かった。


 ◇


「ひさびさに見たら、思いの外この家はデカいんだな」


 俺は4年ぶりとなる自宅を見て最初にそう思った。俺が東京に住んでいる間は借りているアパートの一室か事務所の休憩所で生活をしていた。アパート自体は一軒家に較べるとそこまで大きくないところで、部屋の中は俺が一人住むだけだから問題はないが、いざ自宅を見るとあの部屋ってやっぱ小さかったのかと思う。事務所の休憩所は言わずもがなだ。他の人だって使うわけだから狭くもなる。結論から言うと自宅は最強だな。広いだけじゃなくて開放的で自由だ。アパートだと汚したり出来ないから気を遣うし、事務所に関しては俺が一番年が下だから気を遣う云々の話じゃないし。


「あっ、お兄ちゃんだ!久しぶり!」


「おう、ただいま·············って、今見ても信じられないな·········りずはが栄光に受かったの·······」


 俺はりずはが着る制服を見てそう思った。りずはが栄光高校に受かったという話は聞いていた。制服の購入も終えていて、今日俺が帰ってくるからとわざわざ制服を着たのも見ればすぐに分かった。入学式を控えていて、響子いわく今は高校の予習をしているのだとか。一体、この4年間に何があったのか。微妙に気になるところだが、なんか聞くのもなんか恐ろしく感じてしまう。


「へへーん、どうよ、この制服。日下部さんが着てたのと同じだよ?どう?かわいいでしょ!?」


「あーうん。そうだな。かわいいな」


 帰ってきてそうそう俺は思い出した。そういえば、りずはのテンションについて行けたことは一度もなかったなと。何年経とうと『りずは』は『りずは』だ。4年前と較べて大人に近づいたように感じていた俺だが、これを見て変わってないなと思った。


 停滞しているのではなく、色々な経験をして成長を遂げてはいるが、原点であるりずはのこの持ち前の明るさはどれだけ時が経とうとも変わらない、揺るがないものなのだ。


「はぁ、その投げやりな感じは前と変わらないね···········」


 りずはは俺の適当なコメントにため息をついていた。響子はそんな俺とりずはの様子を笑みを浮かべながら見ている。この光景自体4年前と大して変わらない。俺が面倒そうにりずはをあしらい、それにりずはは文句垂れる。

 俺とりずはは昔からこうだった。特別仲がいいわけでもなく、けれど、不仲ではない。喧嘩なんかもこれまで一度しかしたことがないのがその証拠だ。

 顔を合わせればどうでもいいことを話すし、どちらかが苛立っているときはお互いに気を遣う。そうやってこれまでやってきた。普通の兄弟がどうなのかはしらない。けれど、俺とりずはの関係性というものはこんなものなのだ。4年の月日が経とうとも変わらず、こうして顔を合わせて会話が成立するような、そんな関係性。

 感動の再会なんてものは俺たちの間には存在しない。生きてさえいればこうして顔合わせできることをお互いが知っているから。


 ◇


 俺とりずはが外で話していると、順と津田、そして徳川と鳥橋がやってくるのが見えた。


「よう、切井!約1年ぶりだな」


「そうだな、徳川。それと鳥橋も」


 俺は1年ほど前、ちょっとした仕事を任せれ、浅草周辺を歩いていたとき徳川と鳥橋の二人に会った。二人は東京で試合があり、帰りに浅草でも寄るかと歩いていたところらしい。俺自身、もしかしたら会うかもなとは東京に来て以降、思っていたのだが、東京は結構広い。この日まで一度も会わなかったのはタイミングもそうだが、範囲の広さも原因の一つと言えるだろう。


 俺は何気なしに徳川に対して返したのだが、なぜか鳥橋がふくれていた。


「ん?何か俺、変なことでも言ったか?」


 俺は全く心当たりがなく、隣にいる響子に視線を向けるが、苦笑いを浮かべているだけで答えを言ってはくれなかった。


「あの、切井くん。私は“もう”鳥橋ではありませんから」


「はっ?」


 鳥橋では“もう”ない?つまり、どういうことだ?


「ええっとだな···········切井には言い忘れてたんだけど、俺と静香、実はもう


「え?はっ?」


 俺は衝撃の新事実に驚いた。いや、別に徳川と鳥橋が結婚をしたことについてではない。いずれそうなるだろうことは高校のときから知っていたし、それについてはいい。俺が言いたいのはそこではなく、いつの間にそうなったのだ?とそう言いたいわけだ。


「響子とりずは、知ってたのか?」


「うん、知ってるよ、当麻くん」

「結婚式も行ったし」


「············俺、呼ばれてすらいないんだけど·······」


 俺は徳川に視線を向けると、


「いや、なんかそのときちょうど切井が忙しくしてるって話を順たちから聞いててさ、なんか呼びづらかったんだよ。悪い!」


「··········それはいいんだけど。言うのはだいぶ遅いと思うけど、末永くお幸せに」


「ありがとな」

「ありがとうございます、切井くん」


 徳川と鳥橋、いや徳川夫妻は嬉しそうにはにかんだ。


「そうなると、俺が徳川って呼ぶとわからなくなるのか」


「それなら、俺のことは名前で呼んでくれよ、俺も切井のことは“当麻”って呼ぶからさ」


「それが一番だな、“家康”」






 俺がいなかった4年もの間で大きく変わってしまったものがあった。徳川と鳥橋の結婚。お互い、幼なじみのような関係であったらしいから、交流もそこそこにあったと思う。

 中学から同じクラスになることが増え、修学旅行なんかは一緒の班であったとか。

 二人の中で共通する思い出として中学3年の県大会、そして、高校3年のインターハイ。これまでの苦難を乗り越え、こうして結ばれた二人はこれからも力を合わせて、ともに生きていくのだろう。

 そんな二人の微笑ましい姿を俺は再会してから見れてうれしかった。


 それはそれとして。


「順と津田はまだだよな?」


「えっ?············うん、まだだよ」

「大丈夫だよ、当麻。心配いらない」


 津田は少し顔を赤くしながら答え、順は俺の様子に苦笑いを浮かべながらそう答えた。


「そういう、当麻こそ、呼んでくれよ?」


「ん?···············そ、そだな」


「あれあれ?当麻くん、顔が赤いよ?どうしたのかな?」


 さっきまで顔を赤くしていたのに俺が微妙に応答に困るのを見るや突っかかってきた。津田はほんとに、昔から変わらない。こうやって、人をからかうのはな!


「うっせぇ!ちょっと答えに詰まっただけだろうが!変に突っかかってくるな!」


「はははっ、お兄ちゃんが怒った!」


「なんでうれしそうなんだよ、りずは!」


 俺は相変わらず最後がしまらない。終わりよければすべてよしというが、これはどうなのだろうか。再会できたということの喜び以上になんか変な感覚がある。怒りや悲しみのような負の感情ではなく、嬉しさや幸せ、そういった正の感覚が。


 マイナス同士をかけ合わせれば数学においてはプラスへと変わる。しかし、現実はそうではない。マイナス同士がつるんだとしても、マイナスのままだ。だが、多くのプラスの存在と関わり続けたときはどうだろうか?マイナスであった人もマイナスを帳消ししてプラスの存在へとなれるのではないのだろうか。プラスになれずともプラスの存在へと近づけるのではないのか。


 俺がそのプラスの存在かどうかは分からない。それは、響子もそうだし、順もそうだ。世の中、どうしようもない不条理や理不尽がある。マイナスで世の中満ちていると、そう言えるかもしれない。


 俺は響子や順、りずはたちを見た。バカ笑いをしながら騒いでいる。世の中がたとえ、腐りきっていたとしてもこの笑顔が絶えることはないだろう。俺はそう思う。


 4年前の俺は響子との明るい未来を望んでいた。それは今も変わらないが、今はそれに変化がある。響子だけでなく、りずはや順、津田、徳川夫妻。彼らとの明るい未来を俺は見たいと思っている。4年の月日が状況を変えているものの、だからといってその根本は変わらない。


 今ならできる気がした。笑いながら肩を組んで、未来の話をすることが。


 ◇


 その後、俺の家の前で喋り続けていたが、家康たちがそろそろ練習の方へ行かなくてはならないとのことで一旦、解散となった。順と津田も予定があるらしく、帰宅していった。りずはは『勉強しないといけないので!』とか言って自室に引きこもってしまった。なし崩し的に響子と二人きりになった。なんか、意図的にこうなってる感を拭えないが、まあいい。


 俺は4年ぶりに自室に入った。そこは4年前と変わらず、机もなにもない。それは俺が今後、東京で住もうと決めているからだ。とはいえ、実家に帰らないのはそれはそれで問題だ。暇な時間を見つけて家へと帰ることも必要なことだ。


「当麻くん、今いい?」


「おう、いいぞ」


 コンコンと扉を叩く音がしてすぐに響子の声が聞こえた。俺は扉を開き、響子に部屋の中に入るよう促した。


「なにもないんだね」


「まぁ、そうだな。俺は何日かはこっちにいるつもりだけど、来週からは東京で本格的に仕事だから」


「その·········東京の方に住むようにこれからするんだよね?」


「そうなるな。俺が大学3年の頃に弁護士資格を取ってから色々と捜査とか依頼とかを受けられるようになってから向こうにいたほうが何かと便利だと思ったんだ」


 弁護士資格を俺が取って以降、津田の親父さんから一人で依頼を任されるようになった。その分、仕事の大変さは増えたが、収入もそれに見合うだけのものがもらえる。依頼がない日なんかは事務処理仕事だが。


「響子はやっぱり大学院に行く感じなのか?」


「それなんだけど········実は東京にある研究所から推薦が来てて、そっちに行こうかなって思ってるんだ」


「へぇー、推薦か」


 大学であろうと推薦というものはある。もらえる人はかなり限られてくるとは思うが。


「それでなんだけど·········当麻くんが住んでるアパートに住ませてもらえないかな?」


「·············!いや、でも、場所が遠いかもしれないだろ?ここからのほうが近い可能性だってあるし」


「·············私と住むのはいやってこと?」


「そういうわけじゃねぇよ···········響子はさ、やっぱに住みたいんじゃないのか?」


「············!」


 過去と向き合うことはできたという話はすでに聞いている。美愛さんから電話で話をした。だけど、あの家は響子にとっては忘れることの出来ない大切な場所なのではないのか。そう、俺は思った。

 あの家に住むのは嫌だときっと響子は思っていない。俺自身、響子が望んでいるのなら、金の援助だってするつもりだ。まぁ、響子を一人にするのもあれだから、俺も住むことになるだろうけど·········。


 しかし、響子は首を振って答えた。


「私は過去と向き合ったときに決めたんだ。あの家からも卒業するって。お母さんとお父さんがいたら、きっとこう言うだろうから。『もっと広い世界を見てこい』ってね?」


「············」


「だから、大丈夫。そ、それにこれからは当麻くんとずっと一緒にいたいし···········」


 響子は顔を赤らめて俺を上目遣いで見てきた。俺は反応に困って顔をそらす。


「そ、そうか·········それじゃあ、色々と準備しないとだな」


「そ、そだね」


 俺はこのとき何もないこの部屋を恨んだ。何かあればこの空気を変えられたかもしれないのに今このときにはなにもない。俺は仕方なくスマホを取り出すと順からラインが来ているのに気づいた。


『今週の土曜日に明子と結婚式を挙げることになりました』


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 突然すぎるだろ············。もう、わけわからん。


 俺は響子と顔を見合わせてこの良くもわからない状況にお互い苦笑いを浮かべた。



 後日。津田と順の結婚式に行った。もうなんか言葉で表せないくらいすごかった。




「すごかったな········あれ」

「うん、2回目だけどやっぱ慣れないよ」


 帰り道にそう言いながら、俺と響子は歩いていた。すると、ちょうど響子がかつて住んでいた家の近くに出た。なんというわけもなく、公園の中に入ると、


「ここに来るのは何度目なんだろうな」


「·············やっぱりいいな」


「?何がいいんだ?」


「今日の結婚式、すごいすてきだったでしょ?ああいうの憧れるなって思って」


 響子はそう言って笑みを浮かべた。俺はそんな響子を見て、


「なら、響子」


「なに、当麻くん」


「俺と結婚してくれますか?」


「······················································えっ?」


「そのだな、何度も言おうとは思ってたんだけどなかなか言えなくて········こんなタイミングで悪いとは思ってるけど········ただ、俺は········響子とこれからも一緒にいたいと思ってる」


「うん」


「だから、その、響子が良ければ俺と結婚してくれますか?」


「――――――――はい」


 響子は涙をこぼしながら俺のそばにやってくると抱きついてきた。


「当麻くん、これからはずっとそばにいられるね」


「············ああ。これからもよろしく」


「うん、よろしくお願いします」


――――――――――――――――――――

最終話『俺はいつでも後悔する』

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