第7話 俺はいつでも羞恥する

 梅雨が遂に明けた。待ってました、と空に向かって叫びたい気持ちがあったが、今はできない。というか、できることは二度とないだろう。こうなったのはすべて俺のせいなのだ。

 つい先日、俺は日下部の両親が死んでしまっていることを知った。経緯は単純に日下部の家に行っただけなのだが。家に帰り、りずはにそのことを話すと、なぜかりずははすでに知っていた。


 なんで知ってるんだ?そんな疑問を持つだけ無駄なのは分かっていたが、なんか微妙に差別のようなものを感じた。そんなこんなで日下部はそれから俺の家に連日来るようになってしまった。別に後ろめたいことは何もない。というか勉強くらいしか家でやることがない。日下部にはりずはが対応してくれているし、うるさくしたりもしていない。俺への勉強を阻害するようなことは一切ないから、俺はないも言わなかった。今日までは。もう一度言おう、今日までは!


 俺がいつものように勉強をしていると、ドアをコンコンと押す音が聞こえた。


「なんだ?要件を言え」


 勉強を邪魔するやつは許さん!俺の中で怒りが爆発しそうだ。いかん、抑えなければ。


「切井くん、一緒に勉強しない?りずはちゃんが今日は出かけてて暇なんだよね」


「はあ、好きにしろ」


 俺なら即刻家から出させている所ではあるが、最近、日下部には友達がいないことが分かった。だから、俺が追い出すとあの寂しい家に一人でポツンといることになる。できればそれを防いでやりたいと思うが、俺にできることなどない。勉強しかしていない俺には。


「ありがとう」


 そう言うと、日下部は俺の部屋に入ってきた。勉強机は俺が使っているため、丸い机以外にはない。丸い机はあまり使い勝手が良くなく、狭い。教科書やら参考書やらを積み上げていくとすぐに埋まってしまう。だから、基本的に俺は丸い机は使わないようにしている。ならなぜ、あるのか。単純に物を食べたりするためだ他意はない。


 日下部は文句を言うことなく、勉強道具を机に出し、勉強し始めていた。


 それを見るや、勉強を始める。日下部も勉強し始めているようだ。


(コイツは油断ならないかもな。このにあるものは絶対に見られるわけにはいかない。まだ渡すのには先が長いのだが、待つべきだろうな。いつか“あの子”と再会できるその日まで)


 カチカチ。時計の音以外聞こえない。集中していると、周りの音すら聞こえなくなるということがあると聴いたことがあるが、本当のようだ。俺は模試の過去問やりながら、そんなことを考えていた。


 ん?この問題やけにむずいな。平方完成をした上に・・・・・・・・・・・・。いや、これは普通のやり方だと時間がかかるな。あの公式を使うか。


 模試の最終問題を解き切り、採点をしていく。なかなか最後はむずい問題ではあったがが、解けないことはない。平方完成をしてから解くと時間や集中力を持っていかれるが、あの公式を知っていれば解けないことはない。もちろん、平方完成でも解けるが、計算ミスをしやすいだろう。


 自己採点が終わり、結果を見て、ん?まあこんなもんだろ。100点の結果を見て、そう思った。


 ………………………………………………………………………………………………


 何時間たっただろうか。俺は一通りの模試の過去問を終え、そう思った。日下部はなんか苦戦してあるように見えるが、俺には関係ない。結局は赤の他人でしかない。関わるだけ無駄だ。


 俺は一階へ降り、飲み物を冷蔵庫から取り出す。今日下部は勉強に集中しているから、机の中を漁られることはあるまい。おそらく。そう考えながら、コップの中にお茶を入れるときに気づいた。


 あれ?なんで俺は2つもコップの中身を入れているんだ?不思議に思いはしたが、難しく考えることなく俺がやろうとしたことが分かった。


「はあ」


 ため息を付きながらもう一つのコップを持ち部屋へ持っていく。


 日下部は頭を抱えながら、ブツブツと何かを唱えている。


 大丈夫か、アイツ?


 とりあえず、俺は日下部に持ってきたコップを差し出す。


「あ、ありがとう」


「コン詰め過ぎは良くない。少し、休め」


「うん、そうするよ」


 日下部はそう言うと俺が差し出したコップを手に持ち、お茶を飲み始めた。


「頭抱えていたように見えたが、大丈夫か?」


 俺の言葉を聞いた瞬間、日下部は俺をにらみつけるかのように俺を見た。顔を赤らませ、俺を責め立てるかのようだ。


「えっ?な、なんだ?」


 俺もテンパって変な答えしかできない。日下部になんかしたか?特に今日はしてないはず。というかいつもしてなくない?どうなんだ、そこのところ?


「その、模試の過去問の最後の問題が解けなくて・・・・・・・・・・・・・・」


 日下部は小声でそう言い、俺の方を上目遣いで見てくる。


「模試の過去問?それってもしかして・・・・・・・・・」


 日下部が指差してきた問題を見ると、俺がちょうど難しいと思ってた問題であった。


 これかぁ。今までの中でトップを争うであろう難しい問題だ。


「日下部はどうやって解こうとしたんだ?」


「二次方程式になっているから、平方完成をしてから解こうと・・・・・・・・・・」


 平方完成か。俺はさっき自分で思ったことを思い出す。


『平方完成をした上に・・・・・・・・。いや、これは普通のやり方だと時間がかかるな』



『あの公式を使うか』


「この問題では平方完成だと時間がかかる。そうではなく、別に解き方がある。それが何かというとだな・・・・・・・・・・」


 俺は日下部にその難問の解き方を教えていった。人に勉強を教える経験はりずは以外なかった。が、人に教えること自体は苦手ではない。むしろ、得意な部類に入るだろう。


 俺の教えによるものか、ペンがスラスラと動き、答えを導き出した。


「できた!!!」


 日下部はでかい声でそう言った。問題を解けきったあとには達成感のようなものが生まれ、やりきった感が出る。俺にもそういった感覚はあり、難問になるにつれ、その大きさは大きくなっていく。


「よく頑張ったな。おつかれ」


 俺の言葉にまた日下部が反応した。


 なんだよ、さっきから。俺がそんなに変か?いや日下部にとって俺は変かもしれないが、俺にとっては普通だぞ。


「なんだよ、さっきから。俺、なんか変か?」


「い、いやそうじゃなくて、その・・・・・・・・切井くんが言わなそうなこと言ってたから・・・・・・・・・・・・・」


「ん?どこらへんってあ!!!」


『頭抱えていたように見えたが、大丈夫か?』

『よく頑張ったな。おつかれ』


 誰だお前は!!俺絶対そんなこと言わへんや。日下部に言われて気づくとか、無意識か、無意識のうちに名言言っちゃうあれか。


『四宮の考えを読んで四宮を探せゲームのことか?いつものに比べれば100倍簡単だったよ!』


『知らん!だが、挑戦する価値はある!』


 どこかで言っていたセリフだな。最近、りずはがハマっている漫画の名言なのだとか。まぁりずはが言ってるだけだけどな。


 別に名言的なあれを言いたかったわけではなく、勝手に口が動いただけだ。だから俺は悪くない!!多分、物語に出てくる主人公もこんな気持ちなんだよ。きっとな。


「ともかく、それで解けるから」


「う、うん」


 むりやり会話を終わらせ、なかったことにする。


 日下部はそのまま家に帰っていった。俺は日下部の家まで送るつもりではあったが、日下部がいらないと言ってきたため送って行くことはやめた。


 さて、勉強に戻るか。


 ………………………………………………………………………………………………


 私は家に帰っているときから落ち着かなかった。切井くんから勉強を教えてもらえるとは思わなかったからだ。かなりわかりやすく、教えるのが上手だと感じた。りずはちゃんあたりに教えているのだと思うけど。見た目からしてりずはちゃんには悪いけど勉強が出来そうな雰囲気がない。切井くんがあーだこーだ言ってる姿が目に浮かぶ。フフッ。少し笑ってしまった。


 家につくと私は寂しくなる。両親は事故でなくなってしまったし、親戚も仕事が忙しいの“とある事情”で一年に1度か2度会える程度。それでもいいほうなのだと私は勝手に思っていた。でも、実際はそうではなかった。切井くんの家に行くようになってからだろうか。私が変になったのは。

 早く明日になってほしいなぁ。







 引用した作品

 かぐや様は告らせたい

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