第6話 俺はいつでも恐怖する

 ザァザァ。梅雨はまだ明けず雨は降り続ける。雨空を見ては今日も雨かとため息をつくことももはや習慣になりつつある。

 俺はジメジメとした空気の中、勉強をしていた。汗を垂らしながら、俺はペンを動かす。紙が手汗で字が滲んでしまっている箇所も見られた。自習用であるため、どれだけ汚れても構わないが、しかし、汚いな。

 一通り問題を解き終えると、ノートを広げたまま俺は机から離れ、一階へと降りていく。リビングの方に行くと、りずはと日下部?がいた。


 日下部がなぜいる?というか、我が家のようにくつろいでんじゃねぇよ。


 俺の視線に気づいたのか、日下部が俺の方を見てきた。


「お邪魔してます、切井くん」


「ゆっくりしてけ」


 もう諦めている俺は日下部にそう言うと冷蔵庫を開け、中にあるミネラルウォーターを手に取る。汗で失った分の水分を取るためだ。汗はおしっこと同じ成分であるから、匂いは臭い部類に入る。厳密には少し違うのだが、それはいいだろう。


 戸棚から汗拭きタオルを取り出し、汗を拭く。結構出てるな。タオルは汗を拭いていくとすぐに湿っていった。


 一息つくとまた勉強に戻ろうと階段を登って行った。


 コンコン。そんな音が聞こえたとき、俺は手を止め、


「なんだ?要件があるなら手短にしてくれ」


「何言ってるの、お兄ちゃん?日下部さんが帰るから見送ってあげなきゃ」


「はあ?何で俺がそんな面倒なことをしなくちゃいけないんだよ。見送りなんかなくても帰れるだろ?日下部だって高ニだぞ。一人で大丈夫だって」


「ほんとにバカだなぁ、お兄ちゃん」


「今なんつった貴様?」


 俺がバカだと?何を言っている?俺は学年トップで全国模試(中学時代のやつ)で7位の俺に。喧嘩売ってんのか?いいだろう乗ってやる!


 俺が急に怒声を出したせいか、りずはは黙ってしまっている。とりあえず行くか。


「りずは、今から行くから待ってろ」


 そう言うと、上着を着て部屋から出る。


 部屋から出るとりずはが縮こまっていた。目には涙が溜まっており、泣く寸前であることが伺える。やっべ、やりすぎた。


「りずは、さっきは言いすぎた。謝る。悪かった」


「りずはも悪いこと言ったから、お互い様」


「ん、そうだな」


 俺とりずははそのまま一階へと降り日下部を見送ることとなった。


 ………………………………………………………………………………………………


 日下部と帰っているとき、雨は少し弱くなっていた。梅雨明けはまだ先との話ではあったが、今なら止みそうだ。


 特に喋ったりはしない。もともと仲良くないしな。共通の何かがあると会話が成立するらしいが、俺には勉強くらいしかない。クラスの奴らはゲームだのラインだの漫画だのの話をしているが、俺にはそんなものはない。している余裕すらない。アイツのためにならないから。


 アイツは今も苦しい生活を強いられているのではないか、そんな気がしてくると、心が痛む。別に俺とは特に関係があるわけではない。だが、は守る人間でありたい。俺はそう思う。なら、俺がいますべきことは・・・・・・・・・。


 俺が黙り告っているのを訝しく思ったのか、


「どうかしたの?切井君らしくなく、すごく悩んでいるように見えたんだけど」


「なんでもねぇよ。日下部ん家はどこら辺だ?もうすぐにでも帰りたいんだが」


「なんかごめん。送ってもらちゃって」


「別にいいって。りずはにグチグチネチネチ言われるのは嫌だからな」


「妹さんのこと大事にしてるんだね。私には兄弟がそもそもいないからそういう感覚がないんだよね」


「そうか」


 それっきり、俺と日下部は喋らなかった。話すことがない。興味がない。理由なんていくらでも出てくる。だが、このときの俺は選択を間違えた。なぜ、聞かなかったのか、そう俺は問う。バカだとそう認めてさえいれば、変わったかもしれない。


 過去を消すことはできない。しかし、忘れることはできる。俺にはそんなことできなかった。爪の甘さがこのあと、後悔する原因となる。そんなこと知る由もないが。


「ここ。送ってくれてありがとう。とりあえず、上がってよ。お礼というか、何か渡したいからさ」


「いや別にいいって」


「いつも家にお邪魔してもらってばかりだし。ここで何かお返ししたいなぁなんて」


 はあ。またか。またこの流れか。俺は過去にりずはが言ったセリフを思い出す。



『わ、私はその・・・・・・・・特にないかなぁなんて』


 あったよな。特にないとか言いながら、めっちゃあったよな。嘘つくじゃねぇよ!って言いたいくらいだ。女って嘘つきなのか?確率的に高い気がする。気のせいだと思いたいが。


「はあ、わかった。手短にしてくれ」


「うん!」


 日下部のテンションが少し上がったように見えたが、気のせいか?女ってよくわからん。


 日下部の家は俺の家なんかよりずっとずっと小さかった。この流れだとめっちゃでかい家だと思いがちだが、そんなんではない。そこらのアパート並の大きさだ。家の中には明かりはついていないし、おそらく誰もいないのだろう。日下部家はともに共働きといったところか。


 玄関に入ると、静かすぎて居心地が悪い。オバケとやらは信じてはいないが、もしいたとしたら、この家には出るだろう。どことなく呪われてる感あるし。やべぇ、早く帰りたい!


「なんか妙に静かだな。日下部の“親”はなんの仕事してるんだ?」


「・・・・・・・・・・・・」


 あれ?無反応?それともあれか、聞こえなかった的なあれか?うん?ちょっと待て。俺さっきから慌ててない?脳内で残酷な天使のテーゼ流れてくるし。俺死ぬのか?死ぬのか?


「両親は私が小学四年生のときに死んじゃったの」


 死んだ。日下部の両親は。聞いてはいけないものを聞いてしまった。


「わ、悪い。聞くべきではなかったな。悪い」


「別に謝らなくていいって。もう大丈夫だし。気にしてないから」


「そ、そうか。それはそうと、お礼はまた今度にしないか?」


「えっ!何で?」


 この家が不気味だからだよ!!本当にあった怖い話に出るぞ。テレビに出るぞ。マジだ。トイレいけなくなるパターンだろこれは!


「いや、早く帰りたいだけだが」


 俺の言葉に何かを察したのか、


「あ、そ、そうだよね。不気味だよねかこの家。親戚からもらったお金でやりくりしてるから、この家くらいしか買えなくて・・・・・・・・ごめんね」


「いや、別に謝る必要はない。この家が嫌とかじゃなくてな、寒気がするってだけでな」


「それって同じことじゃない?」


 そうですね、はい。マジ怖いス。マジデコワイ。


 日下部は住んでいるということもあるのか、すんなりと家に上がり、お礼のものをすぐに持ってきてくれた。


「これでいいかな?」


 日下部が差し出してきたのは、2Lのオレンジジュースだった。俺としてはぶどうジュースがいいと言いたいが、早く帰りたいという気持ちのほうが勝ち、


「ああ、それでいい。ありがとな。それと悪いな」


「いいって別に。気にしないで」


「時間がある日は友達の家にでも行けばいいんじゃないか?一人だと色々と不便もあるだろ?」


「心配してくれてるの?」


「い、いいやそういうわけじゃなくてだな、よかったら家に泊まりに来いよ。りずはが喜ぶし」


「ほんとにいいの!!!」


 日下部が俺の手を掴み、顔を近づけてきた。

 テンション高ッ!日下部のこんなの見たことねぇは。というか早く帰らせろよ!こんな家から早く出て帰りたいんだよ!察しろよ!


「いいから」


「うん!明日行くね」


 ん?明日?


「それじゃ、また明日!」


「お、おう。またな」


 よくわからず、日下部と別れた。


 寝るとき、日下部のあの家、幽霊屋敷を夢で見た。マジであの無言のときに話せばよかった!!!

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