第3話 俺はいつでも思索する

 日下部は俺の部屋に入るなり、


「意外ときれいな部屋だね」


「その言い方だと俺の部屋は普段、汚いみたいに聞こえるのだが。座布団出すから、少し待ってくれ」


 少し不貞腐れた様子の俺にお構いなしに言ってくる日下部。マジでコイツは気に入らん。


 日下部の返事を待つことなく、俺は押入れの中から座布団を取り出した。座布団は俺はあまり使わないからな、きれいに見える。清潔感を見せたからといってなにかあるわけではないが。まぁ、キレイに越したことはないだろう。


 日下部は行儀よく正座していたが、俺が座布団を差し出すとそれを受け取り、自分の足の下に置く。


 俺はに 向かい、勉強を始める。日下部が来たことで俺の勉強の進みに莫大な影響が出ている。ここで取り戻さねば。


 日下部も俺の勉強しているところを見ると、勉強をし始めていた。勉強道具は普段学校に行くのに使っているのであろうリュックの中から参考書や問題集を取り出していた。それらはかなりボロボロで相当使い込んでいることが伺える。俺も参考書や問題集なんかは丁寧に出来る限り汚さないよう心がけて使っている。だが、それでも限界はある。破れたり、折れ曲がったり。表紙はところどころ黒く染まることがほとんどだ。消しゴムなんかで消すこともできるが、それだと消しゴムがもったいない。だから、俺は黒くなったらなったでそのままにしている。汚いからキレイにしたいけどね。こればっかしはどうしようもないよな。勉強しているうえでの大きな悩みだ。


 3時間程すると、りずはがお茶を持ってきた。湯気が立って部屋の冷え切った空間を暖めていくかのようだった。今は暦の上では夏だけどな。


 俺も日下部も勉強をしているだけであるから、別に喉は乾いていないように感じるが、りずはがわざわざ用意してくれたのだ。飲まないわけにはいかないだろう。それにりずはが作ったものはなんでもうまいしな。


 俺はりずはが机の上に置いたお茶をすぐに飲み始めた。うん、うまい! 香ばしさとともに甘みがある。お茶を苦いとかいう奴は話にならない。苦いとか小学生かって話だな。舌がおかしいのだろうな、そんなこと言うやつは。(これは偏見です)お子様もいいところだ。これだけ美味いものを知らないとは哀れな。(これも偏見です)


 俺は、哀れんだ目でそう思った。お茶マスターではないが、と言うかなろうとも思わないが、それなりに飲んでいるつもりであるからいえることだ。お茶はうまい!これはマジだぜ!


 日下部は、りずはに礼を言ってから飲み始めていた。一口飲んだだけでうまいことがわかったのだろう。ウンウンと頷き、りずはに「美味しいよ」と言っている。コイツ、やり手だ。なんの? と言いたい人も出てくると思われるが、一口でうまいとわかるのは、上級者だ。俺でもわからんからな。バカ舌では決してない。多分、おそらく、バカ舌ではない。神の舌とか持ってたら、違うかもしれないが、普通の人には分からないものだろう。食リポしてる人とかそう考えるとスゴイな。何でも、うまいうまい言ってればいいと思っていた俺を許してください。


 りずはが「勉強、頑張ってね」と言って部屋から出ていった。勉強は頑張ってするものではない。やることが普通なのだ。やらないのは、バカのみである。りずははそこまでバカではなかったと記憶しているが、そうではなかったようだ。なんか、残念。


 俺と日下部はまた勉強に戻っていった。


 ……………………………………………………



 9時頃になった。日下部もそろそろ帰るだろう、そう思っていた。しかし、日下部はなぜか帰らない。


「日下部、もう9時だぞ? 帰らなくていいのか?」


 少し俺は心配になり、声をかけた。今は、外は結構暗く、街灯はあるにはあるが視界がおぼつかない。目が悪いやつなんかは鉄塔にぶつかる、なんてことをしそうだ。それに不審人物と出会わせる可能性もある。一応、日下部は知り合いだ。知り合いが不審人物に攫われたとか、何かされたとかを聞かされるのは俺としては阻止したい。胸くそ悪い思いはしたくないしな。しかし、日下部はフルフルと首を横にずらした。え?


「もう少しいいか?切がいいところまでやってしまいたいんだ」


 日下部はいきなり家に押し入ってきたやつと同一人物とは思えないほどに真面目な顔で俺にそう言ってきた。


 俺は、ウウッと声を喉につまらせた。コイツ、チャランポランしてるかと思ったら、そんなことはないのか。俺のコイツへの印象、今ので少し変わったな。


「そうかよ。俺は少し休憩してるから、なんかあったら言えよ」


 俺は無愛想にそういった。早く帰れよ。その一言は日下部の集中を妨げるおそれがあったしな。それにああいう女は面倒と相場が決まっている。関わるだけ無駄だ。


 10時頃になり、日下部はやっとのことで帰って行った。この言い方だと迷惑だと言っているかのように感じられるのだが、実際そうだ。俺は一人で勉強するのが好きなのだ。誰か他人がいるだけで集中が損なわれる。勉強は一人でもできる。部屋に入れたことすら間違いだった。今さら後悔しても、遅いんだけどなぁ。


「ハァ」


 ため息を付きながら、リビングに向かった。りずははもうすでに夕食の準備を終え、俺が来るのを待っていたようだ。だいぶ遅い夕食になっちまったな。


「悪い。遅くなった」


 俺はりずはにそう言う。りずははお腹を減らしていたのだろう。先に食べてしまっている様子だ。まあ、気にしないけどな。


「別にいいよ!勉強してたんでしょ?私は、驚いたよ。お兄ちゃんにがいたなんてこと。お母さんに言ったら驚くよ」


 俺の動きが完全に止まった。それはもうピタッと。ロボットのように。グギギと音を立てるのではないかと思えるほどに不自然な首の動きで俺はりずはを見る。


 ん?彼女?誰が?


 俺の中で疑問が生まれた。


「ちょっと待て。彼女って誰のことだ?」


 俺は少し慌てた形でりずはに尋ねる。


「今更、誤魔化ごまかさなくていいよ。もうわかってるから」


 しかし、りずははやれやれといった形で首を横に振っている。コイツ。


「いやいや、わかってねぇって!俺に彼女なんているわけ無いだろ?」


 俺は意味もわからないことを疑われていることに少し苛立ちをりずはにぶつける。しかし、りずははそんなこと全く気にした素振りすら見せずに、


「じゃあ、日下部さんは何なの?お友達?」


 俺は呼吸を一瞬止めていた。


 日下部?あっ!?


 俺の脳はこのとき高速回転し、一つの答えを生み出した。


 りずはは日下部を俺の彼女だと思っている。確実に。確かにそう思われる要素はある。


 一つ、日下部の第一声。「遊びに来たぞ」だ。これでは俺がまるで誘ったかのように思うだろう、人によっては。俺は日下部の名前を知らず、尋ねたが、あれはりずはがいる前だ。とぼけたふりと捉えられてもおかしくはない。


 それだけではない。


 一緒に部屋へ行き、勉強までしている。今までそんなことしたことないのに、だ。『一緒に勉強するとか“友達”でもない限りねぇは』とか一昔前に言っていたような気もしてきた。


 俺はポタポタと冷や汗がたれてくる。おそらく、俺の顔は真っ青になっていることだろう。りずははそんな俺を見てより不審がるはずだ。


 まずい。この誤解を解かなくては。


 しかしどうすれば良い?りずはは昔から思い込みが激しい。その上すぐに親に告げ口する。これだと日下部に迷惑をかける。日下部とはほんとに何もないのに。それに俺としてはもう日下部とは関わり合いたくない。なら、ここで縁を切らなくてはならない。しかし、りずはのように日下部を俺の彼女などと捉えられればそれまでだ。俺の野望は潰えることになる。そんなこと絶対にさせない。そのためにはまず、この誤解を解かなければならない。



 どうする。


 どうする俺。

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