Angel 07 混乱の中で
アルゴーの通気口や物陰に身を潜めながら、直人たちは上層階に向かっていた。上に行けば行くほど
であれば、最上階とはいかなくても、ある程度上の階層にいることは間違いがない。
直人たちは眼下に警備兵を見ながら、音を立てないように通気口を進んでいく。するとインカムに反応が出た。ホールで情報調達をしていたマスターからだ。
『ウォータースの場所が概ね分かりました。最上階の21階かと。詳細な位置までは分かりませんが、
「十分だ、助かる。マスターも頃合いを見てポイント21Eで合流しよう」
『承知しました。直ぐに向かいます。5分程度頂ければと』
「了解」
直人が通信を切ろうとしたその瞬間、廊下にいる警備兵の動きが慌ただしくなる。耳にある機器に手を当てたかと思うと、全員が腰につけていた武具を取り出し走り去っている。
非常連絡だろう。それもかなり重大な。
『——これは一体……ただ事では無いようですが』
「そっちもか……」
どうやらホールの方でも似たような動きがあったようだ。
「もしかして私たちが潜入しているのがバレちゃった……とか?」
「いや、そうじゃない。ちょっとまて」
直人は左目を光らせ、音に注意を向ける。直人の聴覚が人の範囲を逸脱し研ぎ澄まされる。話し声や足跡、通信機器から漏れる声まで全てを拾い上げた。
「適性体を入れていたカプセルに異変が見られたらしい」
「3班からの応答が途切れた! 5班は至急貨物室に向かえ!」
「了解!」
警備兵の声を聞き取ると、どうやら貨物室でトラブルが起きたようだった。直人たちの位置はすでに貨物室から離れているため、慌てる必要は無さそうだ。注意がそちらに向くのなら、ここを捜索される可能性はむしろ低くなった。
「適性体がどうとか、カプセルがどうとか……俺たち以外に貨物室でやらかした奴らがいるらしい」
「適性体って……それ、回収したほうが良いんじゃない? 絶好のチャンスじゃない」
セラは当然の質問をする。美月と同様の適性体を奪取出来れば、新たな仮体天使の発生防止になるかもしれない。それだけで大きすぎる戦果だ。
「なんの情報も無い状態での回収はあまりにリスキーだ……もし既に天使が埋め込まれていた場合、天使からの敵対攻撃で全滅の可能性もある——惜しいがこのまま予定は変えずにこのままポイントに移るぞ。あくまで今回の目標はウォータースだ」
『承知しました』
直人はインカムを切ると、顔を引き攣らせる。もっと早く情報を得られればもっと違う結果になっていたはずだ……嫌な予感がする。
ただ悪い話ばかりじゃない。ウォータースに接近するのは容易になっただろう。そして、苦笑いを浮かべながら呟く。
「——誰かさんが注目を浴びているお陰で動きやすそうだな」
「あなた何か楽しそうね。生き生きしてる」
「……そんなことねぇよ」
***
「だから言ったじゃないっすか! 馬鹿ばっか!」
鳴りやまぬ銃声と血の匂いの中、エーミールは物陰に隠れながら絶叫していた。身を潜めているコンテナには、凄い勢いで特殊銃のエネルギー弾が飛んできている。体を晒せば蜂の巣になることは言うまでもない。
——何故こうなったのか。
寡黙がカプセルを割ると、すぐに警報音が鳴り響き、警備兵が到着した。この船に配備されている警備が全員来たのではないか……と錯覚するほどの人数が目の前にそびえ立っている。
貨物などお構いなしにmagicaや銃弾が飛び交い、ひどい混乱状態だ。
「うっせぇ新人! さっさと手動かせ、お前も戦うんだよ!」
シューターは持ち前の高速移動をしつつ、的確にナイフで首をはねていく。背後から一撃で仕留める姿は美しいとさえ言える。まさにアサシンのようだ。
しかし、次から次へと警備兵が駆け付けてくる。圧倒的人数差は、シューターたちの戦闘技能では覆せない。
「キリがない! 取り合えず移動すんぞ!」
リーダーは埒が明かないと判断し、場所を移動しようと提案する。しかし、それに異議を唱えるのが1名。リーダーに抱えられた少女だ。
「待ってってば!」
少女はカプセルに居た適性体である。拾い上げられると、すぐに目を覚ました。そして何も分からないままリーダーに担がれている。抵抗むなしく、その腕から抜け出すことはできない。
リーダーは少女の顔を見るなり一言。
「大丈夫だ。すぐにお前を連れ出してやる」
「そんな事私頼んでない! 離してよ!」
少女はまさに今、助け出されようとしているのにも関わらず、ただ拒否の姿勢を見せ続けた。
その姿は、リーダーにとってはあまりにも不可解……いや、理解できないものだった。
「お前だってさんざん身体をいじくられたんだろ? 逃げたくはないのか?」
「そ、それはそうだけど……でも!」
「あれか? 逃げた後の事が怖いのか?」
「違うの! そうじゃなくて……今は取り合えず離して!」
少女は再び腕の中で藻掻き脱出を試みる。しかしその腕はびくともしない。
「リーダー早く! 今のうちだ!」
シューターと寡黙が一点突破し、退路を作った。その先は上方向に向かう階段が伸びている。
リーダーは藻掻く少女を抱えたまま、階段を駆け上がっていく。そして警備兵から逃げるように、上へ上へと足を進めざるを得なかった。そう、それは不自然なほどに。
戦闘の真っ最中。やっと作り出せた退路に気を取られていた彼らは、その不自然さに気付くことはなかった。
***
問題なく21階に着いた直人とセラは、すぐにマスターと合流した。そのまま警備の居ないフロアを駆け抜けていく。全員が貨物室に向かったのだろうか。それにしても静かすぎた。
「21階も馬鹿みたいに広いな……ここから探すのか」
「私が全部燃やすっていうのはどう? 早いわよ」
「せっかく俺たちの潜入はバレてないんだ。冗談でもやめろ」
長い廊下走りながら考えていると、船内放送が響いた。
『ただいま貨物室のシステムトラブルにより、一部区画を閉鎖しております。また、お客様におかれましては、現在の部屋を移動することのないようお願いいたします。この度はご不便をおかけいたしますが、ご理解の程よろしくお願いいたします』
どうやら警備兵で貨物室を抑えることはできなかったらしい。とりあえず一般人を巻き込む可能性はかなり減ったが……
『やぁやぁ、どうやら困っているようだね』
コーマンが音声を送ってくる。彼女が作戦中に発言するのは珍しい。
「ターゲットの客室が分からない。混乱に乗じて済ませたいんだが」
『わかった。私も調べてみるよ——おや……?』
「どうしたんですか?」
『システムセキュリティが異様なほど甘い。だれかが無理やりこじ開けたか、内部から壊されたのか……OK、ウォータースは2109号室に招かれているようだ。なんだ、これなら最初からこうするべきだったね』
「問題は当の本人が客室にいるかどうか……か」
部屋を移動しないアナウンスが流れた以上、ウォータースが従っていれば、どこかに留まっているはず。出港してから時間もたったため、レストランやカジノなどの施設に行っていてもおかしくはない。
今から階段を下りて向かうのは面倒だ。
「あそこだ」
廊下の曲がり角から2109号室を眺める。大きな扉の前には警備が2人、正面を向いて立っていた。 最上階にきて初めて遭遇する警備。間違いなくウォータース専属の物だろう。コンフェッサーの付き人だろうか……だとしたら面倒だ。
普段であれば、警備にばれないように直接部屋に忍び込み、声を出す暇もなく鼓動を止めてしまえば問題ない。しかし下から聞こえる銃声や怒号は次第に大きくなってきており裏を取る時間も無い。
「騒ぎに乗じてってのは早計だったかもな」
「こうなっては仕方ありません。警備を落として行きましょう」
「付き人の可能性がある。セラ、万が一の時は力を使ってくれ」
「わかったわ」
拳銃に実弾を込める。自然と緊張が解け思考がクリアになっていく。
直人とマスターは互いに目をやり、一息つく。曲がり角から警備までの距離約15M。
「3……2……1……」
この距離を詰めるのに普通の人間であれば、銃を構えられて発砲される。接近を気づかれないなんて不可能だ。
「Go」
2人はその15Mという距離をたった一呼吸、警備が腰に付けている特殊拳銃に手をかけ直前にたどり着いて見せた。
そして警備の腹部に一撃、拳を入れるとうめき声と共にその場で崩れ落ちた。このノロマとも言える動きは明らかにただの雇われSPだ。程度が知れている。となると付き人はここにはいない。
拍子抜けだ。ウォータースだけならさほど問題はない。多少派手に暴れても大丈夫だろう。
入るぞ、と直人はハンドサインを送る。そして、扉に手をかけた。その時――突然扉のむこう側から声がした。
「やっと来たのか……構わん、入ってくれ。君たち
ひどく落ち着いていた声は、背筋を撫でるような恐怖を直人に植え付けた。
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