Angel 06 錠船(下)

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 やった! やっとだ! 私にも娘が生まれた!

 我が子とはこんなにも可愛らしいものなのか……ここまで気持ちがたかぶったのはいつ以来だろう。私にも、まだヒトらしい所が残っていたようだ。


 だが喜びに浸っている訳にも行かない。1つ懸念点がある——娘はmagicaを宿していた。いや、覚悟が出来ていなかった訳じゃない。magicaを持っているだけなら良かったんだ……ただそれだけなら予想の範疇はんちゅうだ。何の問題も無い。これからmagicaをもって生まれる子どもの割合は、どんどん増えていく。そう、そこまでなら何が問題になりえよう。

 

 そんな娘の状況は――口に出すのも恐ろしい……

 娘は研究機関なんぞには渡さない。私の所属する研究機関、コンフェッサーにもだ。非国民と罵られても構わない。私の娘は私が守らなくてはならない。


 それも、他のコンフェッサーに私の裏切りがバレないようにだ。これは一大仕事になる。

 フィリップにはどっちにしろ負担をかけてしまう――彼は私に協力してくれるだろうか。


 あの地獄のような戦争を生き延びて7年たった。これ以上何かを失いたくはない。失われたくないのなら奪うしかない。戦争で得られたのは、この歪んだ考え方だけだ。

 

 娘には、ひとりの人間として歩んで欲しい。生きて、育って欲しい。そして大切な人を1人見つけられたら、それだけで十分すぎる。


 ……なんて、今まで子どもの頭をバラしていた男が言える事ではないだろう。

 神がいるのであれば、良い死に方はしないだろうな、私は。



 聖歴7年、研究者の日記から抜粋。


    ***


 プロメテウスは貨物室に乗り込むためmagicaを多用せざるを得ない。まず第一、貨物室近くまで移動するのに見つかるリスクがある。


 それを避けるため、シューターの高速移動を行う。これを人数分繰り返すのだ。

 

 高速移動の最大射程、約32M。喧騒あふれるアルゴー前の通りから離れた物陰に、全員が待機する。


「それじゃあ運ぶが、2点だけ注意しろ。まず絶対に口開けんなよ。舌噛みちぎって無くなっても知らんぞ。2点目、着地点にマシな足場なんて期待すんな。死ぬ気でふちにでもしがみ付け」


 シューターは指を指し、全員に忠告する。


「あっ、足場なら私が皆さんを浮かばせるので、そこはご心配なくです」


 エスパーは手を挙げ答える。手を伸ばすと、背の小さが際立った。


「ならエスパーを一番先に運ぶ。早速だが飛ぶぞ」 


 シューターは肩を回し、軽くその場で跳ねる。身体の動きを確かめると、全身に力を籠める。彼の身体と右目は鮮やかな緑色に光りだした。

 シューターに華奢なエスパーがおんぶされる形で移動する。


「行くぞ——速移転身パサージュ

 

 その声と同時にシューターたちは眼前から消え去り、彼がいた場所には強風が発生する。

 一瞬で船体に接近し、何とかふちにしがみ付く。しがみついたまま、エスパーがmagicaを発動させた。


空間掌握プシコキネジー!」


 エスパーがmagicaを発動すると、何もない空中に透明な足場が出現した。空間を捻じ曲げ、物理的な床を生み出したのだ。


 シューターがその足場に残りのメンバーを運んでいく。高速移動の名のとおり、あっという間に往復を繰り返していく。

 全員運び終わる頃、シューターは肩で息をしていた。かなりの不可がかかったために無理もないだろう。


「これから船体にアクセスします。貨物室のmagicaを遮断するので、侵入は早急にお願いします――それでは一瞬、ほんの少しだけ貨物室を開けますよ」


 参謀はmagicaを発動させ船体に両手を付ける。


「——術策解析ピユール。……構成magica判別完了。ハッキング経路判別完了。同調確認完了。――行きます……うんぬわぁ~!!!!!」


 参謀は気の抜けそうな叫び声を出しながら、白目をむく。あまり他人には見せられない顔だ。

 藻掻く事20秒弱、貨物室の扉が音もなく開いていく。何とか人が通れるくらいの狭さではあるが、大きな扉を動かして見せた。


「早くぅ……長くは持ちませんっ……」


 参謀は更に顔をしかめ、涙によだれ、おまけに鼻水まで出している。酷く汚い。

 

「みんな入れ!」


 一行は体を滑り込ませ貨物室に潜り込む。

 最後に参謀が入った途端、扉は光を通すことも無いほど、ぴったりと閉じてしまった。


 それとほぼ同時に船の大きな汽笛が鳴り響く。出航したようだ。


「おえっ……吐きそう……」

「大丈夫か?」

「駄目です……こんなにmagicaを使い続けたの久しぶりなんで……うっ。ハッキングするには規模が大きすぎました」


 参謀はうずくまりながら入り口付近でダウンしている。今にも嘔吐しそうなくらい顔が真っ青になっている。


「参謀は休んでいてくれ。みんなは例のコンテナを探すぞ」

「了解」


 80個近くもある巨大なコンテナを1つずつ調べていく。コンテナに付けられた積荷の情報をただひたすらに読んでいくが、ほとんどが食料品やら日用品だ。世界をほぼ一周するとなると当たり前だろう。

 積み込んだ日付を見る限り、この27区でも補充したようだ。この数でもmagicaのおかげでかなり荷物は少なく済んでいる。

 そんな中、エスパーがお目当ての物を見つけた。そこには“仮体かたいカプセル” と書かれていた。


「お兄ちゃん、これ……」


 エスパーは実兄であるリーダーに尋ねる。リーダーもコンテナを確認するとメンバーを呼んだ。


「寡黙、このコンテナこじ開けられるか?」

 

 寡黙は静かに頷いた。


「——身硬改変シュロム


 おもむろにコンテナに両手を当て、力を籠める。筋骨隆々とした体の表面が赤く光出し、寡黙は人の領域を遥かに超えた力を発揮する。指先が鋼鉄のコンテナにめり込み、ギギギと軋む音を立てながら開いていく。


 コンテナの中には、人がなんとか入れる程度の円柱型カプセルが1つだけ置かれていた。周囲には多くの配線が散りばめられており、精密機械であることが伺える。

 カプセルは透明だが、スモークが炊かれているのか中の様子は見えない。


 リーダーはカプセルに手をかざし、左目を白く光らせる。しかし何の変化も起きることは無かった。


「流石に対策されてるか。……参謀、これ開けられるか?」

「無理無理無理、無理で~す。あと数時間頂ければ私も回復しますが、流石に船のmagicaをハックした後にコレは無理です。キツすぎです。ブラック企業になっちゃいます」

「——仕方ない……よし、こじ開けるか」

「うぇっ!? 駄目っしょ! こういうのって開けた瞬間に警報が鳴るってパターンっすよね! ね!」


 エーミールがリーダーの提案に反発する。リスクを考えると当然の反応だろう。


「でもやるしかねぇだろうがよ」

「ですね。やるしか……」


 エーミールはリーダーの提案は却下されるだろうと思っていた。ところが予想に反してシューターやエスパーは同意し、寡黙も静かに頷いていた。


「やっば! この人たちヤバいっす!? 変な組織に入っちゃったかも知んないっす! えぐ〜!?」

「気づくの遅かったですね。もう逃げられませんよ」


 参謀はエーミールの肩をがっしりと掴んだ。アハハ笑いながら。まさに狂気じみている。


「そんなこと言ってないで参謀さんも何か言ってくださいっす! あなた参謀っすよね!?」

「知ってますか? 人って理性で考えて本能で動くらしいですよ」

「だめだ……この組織はもうだめだ……おしまいだ〜」

 

 エーミールは頭を抱えその場にしゃがみ込む。説得は不可能だと悟ったのだ。そんな彼を他所よそに、リーダーたちは何の躊躇ためらいもなく話を進める。


「寡黙はカプセルをぶっ壊せ。俺とエスパーで破片は飛ばさせない。絶対に中を傷つけるなよ」


 寡黙は頷くと再度自らのmagicaを発動させる。

 そしてカプセルに手を伸ばし、両手でカプセルを粉砕した。

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