Angel 05 錠船(上)
アドナイ27区には地区の規模には合わないほどの大きい港がある。普段は船舶が行き来している港だが、今日だけは訳が違う。27区にアルゴーが到着したのだ。港はお祭りムードで、露店などが立ち並び普段とは違う賑やかさを持っている。
遠く伸びた桟橋の先にみえる巨大な白い船体はmagicaによってコントロールされ、船尾には大きな紋章が浮かんでいる。
magicaは本来、人に宿るものだ。しかし、近年は物質にmagicaを刻印し、特定のmagicaを持っていなくとも力を起動できるようになった。直人が乗っている自動艇も特殊銃同じ仕組みで動いている。
恐らく船を水平に制御するだけで、かなりの人員が割かれているのだろう。船体をコントロールするのでさえ骨が折れそうだ。
そんなアルゴーの貨物室にキューヴの3人、直人・セラ・マスターは乗り込んでいた。
直人はいつも通りのスーツを着て、耳にはインカムが入っている。さながらSPの様だ。美月やセラは重要人物のためSPと表現するのはあながち間違ってはいない。マスターも同じものを着用しており、彼からは不思議と威厳が漂っている。
セラはインナーの上に、特殊素材を使った黒いパーカー、黒いミニスカートとこちらも急遽用意した特注品だ。天使の能力の都合上、燃えない素材になっており所々にあしらっている赤のラインがセラのイメージそのものだ。
「あのチケット使わないのね。せっかくあるのに」
「美月と俺の顔はアドナイに割れているだろうし、正面から入るってのはリスクが高すぎる」
「じゃあなんでチケットなんて用意したのよ」
——言葉に詰まった。意味なんてのは存在しないだろう。ただのコーマンの遊び心だ。
「何故って、この方が格好がつくだろう?」とでも思っているだろう。
「それで、こんな荷物に
セラは先程まで自分たちが入っていたコンテナを指さし、不満そうにしている。かなり使い古されているようで紺色の塗装が剥げている。
「お前は客人じゃなくて居候の間違いだろ」
「案外上手いこと言うのね。確かにこの子の身体を間借りしている所もあるし? そうすると確かに居候ね」
「お望みの待遇はまた今度な、天使サマ」
直人はセラの悪ふざけに付き合いながら、改めてコーマンという人物が掴みきれずにいた。セキュリティが厳しいであろう貨物チェックを通過させ、こうして3人も送り込めているのだ。異常とさえ言える。一体どこまでの情報網や人脈を揃えているのか検討もつかない。
彼女のことだ、直人が尋ねても、またあっけらかんとして答えてはくれないだろう。
「
マスターが直人に尋ねてくる。一応インカムでコーマンと繋がることは出来るが、この場での直接的な指揮権は直人にあった。
「マスターは顔が割れていないしな……ラウンジのバーテンとかに化けたりできるか? ウォータースの居場所を探ってほしい」
「承知いたしました。少々手荒にはなりますが、すり変わっておきましょう」
「助かる。分かり次第インカムで連絡をくれ」
マスターは頭を下げると、音も立てずに、天井の通気口に入っていった。喫茶店をやっている老人の動きではない。彼にもそれ相応の裏がありそうだ。
「さてと、で? 私たちはどうするの?」
「俺たちもウォータースの居場所を探す。この広さだ。探す人数は多いに越したことは無い。時間が惜しいからな」
「探すって言っても、どうやって?」
「あたりは付けてあるが、地道に
「そんな狭いところを2人っきりで? 身の危険を感じるわね」
セラは身体を守るように両手で体を隠す。そして、いつものように不気味に、挑発的に笑う。直人の反応を確かめるように。
「アホか。嫌ならお前はここで待っとけ」
「嘘よ。置いていかないでったら」
そして2人とも天井の通気口に入って行く。
通気口は大人であっても四つん這いであれば通れるサイズだった。これも前情報で織り込み済みである。
少し進むと直人は歩みを止め、ハンドサインで止まるように指示をする。すると直人は左目を紫色に光らせる。深呼吸をし目を瞑ると、完全に体の動きを止めた。
「どう?」
セラは声を潜めながら尋ねる。
「ちょっと待て……2時方向に1人、6時方向に3、いや4人。あと上層にも何人かいる——よし、交戦を避けながら所定ポイントまで移動するぞ」
「あんたのmagica本当に便利よね。全知覚上昇に思考力の加速って。私なんて燃やす事しか出来ないのに」
「分かっているならもう少し静かにしてくれ。声が頭に響く」
「はいはい、ごめんなさいね――珍しく褒めてあげたのに」
背後でブツブル言っているのが聞こえるが無視をする。あまり時間はかけたくない。
***
アドナイ27地区の港に面した第2倉庫。ここは普段船舶の荷物が保管されている倉庫の1つだが、今日は誰も居ない。アルゴーの付いた桟橋からは少し離れており市民たちの喧騒も聞こえてこない。
「それじゃあ新人ことエーミールの顔合わせも済んだし、そろそろ乗り込むか」
「うっす。でもどうやって忍び込むんすか?」
エーミールが首を傾げる。
「参謀、説明頼んだ」
参謀は待ってましたと言わんばかりに人差し指を立てながら、自信満々に早口で話していく。
「かしこまりです。まずアルゴーという船は全てがmagicaで制御されています。非常に素晴らしい技術でうっとりしてしまうんですが……そこがまた欠点でもあります。侵入に邪魔なmagicaさえ何とかしてしまえば入れるって寸法です。中のアナログ的なものは警備の人間ですが、外からの受け入れなどのシステム面はmagicaが殆どですからね」
「でも、無効化するにしてもどんなmagicaが組み込まれているのか分からないと、駄目じゃないっすか?」
「そんな情報を取ってきてくれたのが、エスパーちゃんとシューターさんです。はい拍手。パチパチパチ~」
参謀がエスパーとシューターの方を向き、雑な拍手をした。パチパチというまばらな音が倉庫内に響く。
「チッ……」
「えへへ……」
シューターは、気味悪そうに参謀を見ていたが、エスパーは照れながら下を向いている。2人はアドナイの軍服は既に脱ぎ捨てており、プロメテウスの共通服を着ていた。
プロメテウスの共通服は、凝ったものでは無い。ただ、どこにでもあるような深緑色の戦闘服にプロメテウスのワッペンが付いているだけの物。お世辞にも質が良いとは言えない。
「彼女たちは実際に軍人をしてもらいながら、こっそりと情報を盗み取ってもらいました。その結果船体には、magica付与・ベクトル付与・アンチグラビティー・圧力上昇・水生成・水操作・探知・空間遮断」
「ちょっとまて、やけに細かいな」
リーダーは参謀の説明を遮る。あまりに長くなりそうだったから……なのだが、それに参謀は反発して見せる。
「なんですかリーダー。まだ1割も言えて無いんですけど。良いですか? 物体にmagicaを付与するのってバチクソに難しいんですよ。人体と一緒で物質にも耐えきれる度合いってものがあんですよ。だから、物質には簡素なmagicaしか付与できない。magicaの特殊銃だって、弾丸形成・射出しかないんです。それだけでも」
圧のある話し方に加え、聞き取れるかギリギリなラインの早口なため圧倒されてしまう。
「いや、まぁ……その結論だけ頼んだ」
「はぁ……私たちの妨げになるであろう諸々を考慮すると、貨物室なら何とかなりそうです。貨物室は荷物の搬入の観点からmagicaが薄そうなので。私がmagicaに干渉するので、一瞬だけですが時間は作れます」
参謀はため息をつきつつ、必要な情報だけを提示する。シューターは頷くと、手書きの船内図を取り出した。
「わかった。貨物室は船尾にある。そこまでは俺のmagicaでみんなを運ぼう」
シューターは船内図を指さしながら侵入法を提案する。リーダーは頷くと作戦開始の合図をした。
「よし、今回の
「了解」
たるんだ空気は一瞬にして掻き消え、全員の顔から決意が見て取れる。
ここの連中は、それぞれがアドナイに対する憎しみを持っている。プロメテウスは復讐を原動力に動く組織である。
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