Angel 03 magica
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西方大陸中央部にて、異常な熱源を感知した。急いで調査隊が現場にいくと、周囲は燃え尽き、灰しか残っていなかった。自然豊かな平野は燃え盛る炎に飲まれた。
その熱源の中心には、自らを“カミ”の使い、“天使”と名乗る羽の生えた生命体が立っていた……そうだ。
馬鹿げている? 私は報告を聞いたときはそう思っていたし、今でも——そう思いたい。しかし翼の生えた彼女は、つい先ほどまで私の目の前に居た。実際に発火現象を見せてくれた。底の知れない不敵な笑みで……私を見ていた。
恐怖、いやそんなものではない。これは畏敬だ。生命としての格が違いすぎる。これは人の手に収まって良い代物ではない。
——こんな人間の器を超えた存在、“天使”を名乗る者が世界に6体も現れたらしい。
人類は臨界点を突破した……としか言えないだろう。
ここから先、世界のあり方は大きく変貌する。技術革命を凌駕する新時代は、すぐそこまで迫っている。
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新生児の目には紋章が浮かぶようになった。その子どもたちは、天使には及ばずとも人を超えた力を見せている。発火・冷却・帯電・浮遊。その性質は様々で、予想も予測も出来やしない。いくらデータをとっても何も見えてこない。
私たちはその能力をmagica《マギカ》と名付けた。まさにその現象は魔法そのものだ。だが天使が扱うmagicaはmagicaではない。魔法とも言い難いほどの力を持っているように見える。magicaが
一国程度なら直ぐにでも壊せるほどに。
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アドナイは辛うじて、黒い翼をもつ第二の天使“イスケール”を迎えることが出来た。ひとまずは戦時中であっても壊滅することは無くなっただろう。
しかし、イスケールを迎えるための代償は、我々研究者をはじめ、国民には知らされていない。それが気がかりでもある。
天使が無条件で人々に力を貸す義理などある訳が無いのだ。
強大な力にはそれなりの代償が付きまとう。
それに、あの赤い天使はどこかへ行ってしまった。彼女は誰にもどの国にもつかないとは言っていたが、他の天使と比べてもあまりにも大きな力だ。敵対してはならない。
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天使を中心とした戦争が勃発し、日を追うごとに更地が増えていく。隣国も先ほど更地になってしまった。私の研究所では新生児を利用した人体実験が繰り返されている。
また直ぐに研究所に向かわなければ。臨界点を超えた現代を生き抜くにはmagicaをどこよりも早く運用する他に無いのだろう。超えた臨界点は力だけではなく、人としての
maicaが秘める軍事的圧力は恐ろしいことになる。数が揃えば天使にすら匹敵する脅威になりえる。
最初に感じていた罪悪感はどこか遠くに消えていた。いや、もう壊れている。
聖歴0年、研究者の日記から抜粋。
***
キューヴの
キューヴ代表者のコーマンが操作するパソコンの周りに集まり、作戦説明がなされていた。
「さて、肝心なアルゴーの動きだが、1区を出発して最寄りの着船ポイントに来るまではかなりの時間がある。それまでは各自念入りに準備をしてくれ。美月くん、一度セラくんに変わってほしいんだが、出来そうか?」
「はい」
美月が目を瞑ると、彼女を纏う雰囲気が一変する。
「コーマン先生、私を呼び出すって、いったい何かしら?」
「そんな難しい話じゃない。当日はセラくんの人格で船に入ってもらう」
「元からそのつもりよ。私が言い出した事だもの」
自分で持ちかけた話の癖にセラは興味が無さそうで、クルクルと髪をいじっている。
「それでだ。セラくんは基本自衛のためだけにmagicaを使ってもらいたい。何か危害を与えたり、破損させる目的でのmagica使用は認められない。断じてだ」
「基本、ってことは例外もあるのでしょう?」
「それは現場の直人くんの指示に従ってくれ。現場では私よりも、彼の命令の方が優先度が高いと思ってくれ」
「はいはい、肝に銘じておくわ。
セラは小さなため息をつくと目を瞑った。
美月に戻ると申し訳なさそうにしながら頭を下げる。
「なんか……すみません」
「美月は何も悪くないさ。いつも通りセラの気まぐれがいけない。参加すると言ったのは自分なのに、今は興味なさそうにして……」
「いやはや。いつになっても美月さんとセラさんの入れ替わりは見慣れませんな」
マスターは顎に手を当て、興味深そうに美月を眺めている。
「こんな現象はそうそうお目にかかれないからな。美月くんを含めても世界で数件しかないだろう」
「——他の天使の器になれる適性体は見つかっているんでしょうか」
「私たちキューヴが確保しているのは美月くんだけ。ほかの団体が確保したという情報も無い。だが
「……」
美月は自分の胸に当て、哀しげな顔を見せる。
「天使として消失が確認されているのはトワノユールだけだ。そしてアドナイについているイスケール。そしてセラくん。残りの3体は消息が分かっていない。そう簡単に消滅する連中でもないし、残りはアドナイが所持していると考えた方が自然だろう」
コーマンはおもむろに席を立ち、直人たちを見回す。
「時間は限られている。まずはコンフェッサーの1人、ブラッド・デハート・ウォータースからだ。コンフェッサーに対して何らかの圧力をかけ続けることがアドナイを落とす上で必須だ。仕事に、我々の目的と一石二鳥だね」
コーマンはマグカップに手を伸ばし、一呼吸置く。
肘を付き書類に目を通しながら気怠そうにした。仕事のスイッチが切れたようだ。
「今日はこれで終わりだが、直人くんだけ残ってくれ。ちょっと野暮用だ」
「それじゃあ私は上で待ってるよ」
美月は手を振り
「野暮用って何ですか?」
「何、君の中身の事だ——何か新しくわかったことはあるかい?」
俺は右目に紋章を浮かべ、自らの手のひらを見つめる。
「何も変わりません。magicaが働いている感覚はありますが、実際に力が機能している実感は無いです」
『実感がないとは面白いこと言うじゃねぇか。おい直人、俺の声、聞こえてんだろ?』
直人は頭に響くような声の主に顔を歪ませながら、ぎゅっと手のひらを握りしめた。
「そうか。その様子だと声は未だに聞こえているようだな」
「といってもmagicaを使わなければ聞こえることは無いですし、それほど問題はありません」
『ははは! この女、相変わら——』
直人は目を
「君も君で自分に気を使ってくれ。美月くんほどでは無いが、直人くんも危険な状態であることに変わりはない。本来あるはずのない存在が生じているんだ。magicaが意志を持っているだなんて前代未聞の異常事態だ」
「——はい」
「私も早く分離剤の開発なり原因の究明をしたい所だが、美月くんの次となると、ここではかなり時間がかかってしまう。頑張りようがないとは思うが、くれぐれも気を付けてくれ」
コーマンは訝し気な表情をすると、作業に戻ってしまった。
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