第8話 クロッカス

 ヒヤシンス殿下達が去り、いつもの学食に戻った。


「サクラ、訊きたいことあるって言ってたよね。何?」

「え、ああ、学院に人間サイズの黒猫がいるんだけど、ダリア知ってる?」

「知ってるよ。クロッカス様だね」

「…クロッカス様?」

「昔からいるらしいよ。私のおばあ様が学生の頃もいたって」

「は?」

 妖怪猫又か。

「ファンクラブもあるよ」

「え、知らなかった」

 そんな人気猫だったのか。


 それより、その名前。乙女ゲームの主要登場人物は皆、花の名前だった。ということはあの猫はゲームで何らかの役が与えられていたわけだ。


(元から近付く気なかったけど、関わらないよう気を付けよう)


「美味しい物を貢ぐと、お願いを聞いてくれたり、ハグしてくれたりするよ」

「は?」

 銭湯アイドルか。いや、プレゼントで見返りがあるのはゲーム的だ。私だってゲームではクロに甘えてほしくて餌を貢いでいた。


(あれ? …まさかクロ?)

 勝手にクロは普通サイズと思い込んでたけど、ゲーム画面は実物大なわけじゃない。


 実写版が原作とかけ離れてるのは、残念だがよくあることだ…。



 ◇◇◇


 ダリアによると、クロッカスがよくいる場所の一つはやはり東屋らしい。男子寮にも寝床があるそうだ。

 デブ猫がクロの縄張りを奪ったんじゃないかと思ってたけど、デブ猫がクロならば恨む理由はない。むしろ会いたい。


 私は東屋通いを再開した。

(また空振りかー)

 三日続けて通ったが、クロッカスはファンサービスで多忙なのか男子寮にいるのか、いつも不在だ。


 昼間がだめなら夜なら会えるだろうか。寮は門限があるが私には転移という手がある。



 ◇◇◇


(いた!)

 夜の東屋で、聖魔法の明かりを灯す。

 私が立っているのはガーデンソファのすぐ横。猫用ジャーキーをテーブルの上に置き、今夜もソファでお腹丸出しで寝ているクロッカスを見下ろす。


(大きいモフモフ…)

 膨らんだお腹が上下に動いている。クロだと認識すると、ふくよかな体も可愛く見える。

 大きな肉球をモミモミしてみたい。触ったら目を覚ましちゃうかな。


(そうだ、鑑定してみよう)

 前回の鑑定ではエラー表示だったが、あれから学院でもカヌレ町でも頻繁に鑑定を使って、鑑定のレベルが上がっている。


 乙ゲーシステムを起動し、画面越しにクロッカスを鑑定してみた。


「え⁉」


 今回は『クロッカス』と名前が表示された。しかし、画面に写っているのはデブ猫ではなかった。しかも。


(画面のこれ、好感度表示じゃない⁉)

 どうやら5人目の攻略対象者は人外だったらしい。

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