第9話 かりそめの自由
しつこく空は灰色をとどめている
雨粒は落ちていないが、どんよりとしたその光景は変わらない
たまに見える微かな白い光も、数分で訪れる灰色にかき消されていく
検査を受けた方たちの結果データをパソコンで見ていると
女の子がゆっくりと体を起こすのが見えた
すぐに女の子の元へ向かう
「どうかな?どこかつらいところある?」
「うん。ちょっとダルイけど平気だよ」
「それより、喉乾いた。なんか飲みたい」
「冷蔵庫にココアがあるから温めようか?」
そう言いながら冷蔵庫に向かうと
「温めなくてもいいよ。冷たいの飲みたい」
そう僕に言葉をかける
冷蔵庫からココアの入ったマグカップを手に取ると程よく冷えていた
カップの底にココアが沈殿している可能性があるので
コーヒースプーンでかき混ぜた後テーブルへ持っていく
リクライニングしていたソファーの背もたれを元に戻し
掛けていたタオルケットを折りたたんで女の子の背中に据え付ける
そこにじっともたれている女の子にココアを手渡すと
ゴクゴクと勢いよく飲み始めた
甘くてそこそこカロリーのある飲み物が恋しかったのだろう
ひとしきり飲んだ後満足そうに、ふぅ・・・と一息ついた
かがんでその様子を見ていた僕ににっこりと微笑み
「あぁ・・・おいしい・・・」とつぶやく
その状況を見て安心した僕は
自分もお茶を飲むべく冷蔵庫へ向かう
お茶をグラスに注いでいると背後から
「もうココアなくなっちゃったぁ。まだあるかなぁ」
そう言葉が降りかかってきた
ちらりと背後に目をやると
女の子がカップをぷらぷらさせながらこちらを見ている
ココアがもうない事を知っている僕は慌てて庫内を見渡す
「残念ながらココアはもうないんだ。レモンティーならあるけど」
「あ、それいい!レモンティー飲みたい」
弾んだ声で返答が返ってくる
しょうがないなぁ・・と思いつつ
紙パックに入っているレモンティーをグラスに注ぐ
僕用のお茶とレモンティーを持ちながら女の子の方へ向かい
先に女の子にグラスを手渡す
手に取るとすぐに口元へ運び、ゴクゴクと美味しそうに飲み始めた
僕もソファーに腰を下ろし、お茶を1口喉へ運ぶ
「なんか、お腹空いてきた」
これまた素直な女の子の感想に思わず笑ってしまう
「何笑ってんの?しょうがないじゃん。お腹減ったんだから」
両足を浮かしてパタパタさせながら女の子がつぶやく
「不思議だろ?君自身は命を終わらせたいと思っている」
「なのに体は命を持続させようとしている」
「ココロとカラダは一致しているようでしていない」
「一致していないようでしている」
「人間は複雑だね。だから生きづらい」
「首輪がついてるから、なおさらだ」
パタパタさせていた両足を下ろして
ソファーの背もたれに首を預け、天井を見上げながら
「自由ってなんだろうね・・・」
しみじみと女の子がつぶやく
「本当の自由なんてこの世にあるのかなぁ・・・」
「君はもう気づいてるんじゃないかな?」
天井を見上げている女の子に声をかける
「うん。そんなもん、ない・・・って気づいてる」
「生きてる限りそんなもんはどこにもないって」
「死んじゃったら何もないから同じなんだけど」
「色んなしがらみから解放される・・・って事は」
「それが本当の自由って事なんじゃないか・・・ってね」
天井を見上げたまま、とつとつと話し続ける
その話を引き継ぐように僕が口を開く
「言論の自由、宗教の自由、職業選択の自由・・・・」
「色々、自由と名の付くものはあるけど、どれも本当の自由ではない」
「社会の渦という現実の前では、どれもかりそめでしかない」
「でも、すべての人間がそれぞれの自由を実行したらきっと人類はいなくなるだろう」
2人の会話が止まる
この空間に何もなくなってしまったような虚無感が漂う
女の子は天井を見上げたまま、僕はお茶の入ったグラスを眺めたまま
何も言葉が出てこない
そんな空間の中さまざまな事が頭にぽつぽつと浮かんで来ていた
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