第8話      変化の中にある日常

さっきまで土砂降りだった雨がおとなしくなっている

申し訳なさそうにかすかな雨粒が風にあおられ流されていく

ガチャっとドアの開く音の後

楽しそうな笑い声が聞こえて来た

「そうそう。だからそんなことないんだって」

「やっぱそうだよね。そんなことありえないよね」

楽しそうな会話が気になって目線を2人に向ける

「戻りましたぁ」

小さく敬礼をし、女の子が僕を見る

「じゃ、後はあのお兄さんにお任せするね」

車いすにロックをかけながらナースの彼女が女の子に声をかける

彼女と僕は軽くアイコンタクトを取り

僕は女の子の方へ向かう

「お疲れ様。色々大変だったでしょ?」

「そんなことないよ。アトラクションみたいで楽しかったよ」

事も無げに女の子が答える

「次はあっち、次はこっちって」

「色んなとこ回ってちょっと目が回ったけど」

車いすから立ち上がり、ソファーに腰掛ける

「なんかちょっとフラフラする・・・」

「採血した量が少し君には多かったかな?」

「そうかもしんない・・・」

「落ち着くまでゆっくりしていくといいよ」

「あまり良くないようだったら処置するから」

温めたココアをテーブルに置き、横になっている女の子を見る

タオルケットを取りに行き

リクライニング式のソファーの背もたれを倒してフラットな状態にし

タオルケットをそっと掛けると

女の子は僕に背を向け、反対側にゴロリと横になった

無理もない、昨日の夕食は検査のため食べていないし、飲める物も限られている

ここにたどり着くまでの体力も相当なものだ

おまけに土砂降りの雨に見舞われてプラスαの体力消耗もある

僕は女の子の脈を確認し、額に手を当て発熱していないかも確認する

少し脈が速いがリズムは一定で問題なさそうだ

発熱もしていない

たくさんの大人たちが自分の体をあれやこれやと調べる事に

緊張と若干の恐怖を感じていたのだろう

女の子の体は本能的に防衛体制を取っていたはずだ

そのストレスは計り知れない

ある意味、検査という名の拷問だ

そんな事を思いながらハンガーにかけておいた洋服の乾き具合を見に行く

ジットリと濡れているわけではないが、乾いているとは言い難い

施設内にはコインランドリーがある

臓器移植を待っている患者さんなど、長期入院する方が多いので設置されている

普通のコインランドリーより安く利用できるのでなかなか使い勝手が良い

ハンガーから洋服を外し、いそいそとコインランドリーへ向かう

ふと外を見ると灰色の隙間からほんの少しだけ白い光が見えた

女の子が帰路につく頃には晴れるといいのだが・・・


ほわほわと暖かい洋服を手に「0」のドアを開ける

心地良い暖かさの洋服をきちんと畳んで脱衣かごの中に収納する

もう一度、脈を確認するため女の子の元へ向かう

眠っているわけでもなさそうだが、女の子は目を閉じてじっとしている

平静を取り戻すために一生懸命なのだろう

脈拍は先ほどより落ち着いていて、リズムも問題ない

安心して女の子から目線を外すと

テーブルに置かれた白いマグカップが視界に入ってきた

手に取ると冷めた感じが伝わって来る

このまま放置するわけにもいかないので、冷蔵庫へと移す

扉を閉めて間もなくブーンという作動音と共に

冷蔵庫が庫内を冷却し始める

さまざまな事が小さく変化していく空間の中

僕は女の子とは反対側のソファーに座り、まだ曇っている空を眺めた


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