第7話      それぞれの悲哀

灰色の空の下、デスクから何気なく窓の外を眺めていると

バラバラバラバラ・・・けたたましい音と共に、大量の雨が落ちて来た

その雨は勢いを増し、灰色の線となって視界を埋め尽くす

しばらくそれを眺めていたら

「こんにちはぁ・・・・」

息を切らして女の子が入って来た

手に持っている傘はずぶ濡れで、その下には小さな水たまりが出来ている

「もぉー最悪。いきなりなんだもん」

「雨が降るとは聞いてたけどさ。どうなってんのぉ?」

白い7分丈のTシャツの裾からは水が落ち

黒い薄手のロングスカートの裾も水を含んでその色を濃くしていた

慌ててタオルを持ち、女の子の元へ駆け寄る

「もぉ、やだぁ、背中までびしょびしょ。傘さした意味ない」

タオルを1枚手渡し、僕はもう1枚で背中側を拭き始める

華奢なその背中は寒さからなのか、少し震えていた


少し蒸し暑かったのでエアコンをつけていたが、それを一旦止める

「じゃあ、検査服に着替えようか。ちょっと待ってもらうんだけど」

着替えるのにちょうどいい服がないので検査服に着替えてもらう

女の子の前に予約が入っていた方の検査が遅れているので

しばらく女の子には待ってもらう事になった

薄い検査服1枚では寒すぎるのでバスローブを着てもらう

「バスローブって始めて着たぁ。なんか変な感じ」

女の子には少し大きめなバスローブの袖を引っ張りながら

それを物珍しそうに眺めている

「あったかい飲み物でも飲みたいところだけど、検査前だからね」

「そだね。う~ん、あったかいココアが飲みたかったかな・・・」

「ココアかぁ・・・。わかった。用意しておくよ」

時間が気になり腕時計を見ていると

「検査って何するのかなぁ・・・・」

もぞもぞしながら女の子がつぶやく

「そうだね・・・まず採血して血液検査から」

「そのあとCT検査やエコー検査」

「とにかく色んな検査で全身状態を見るんだ」

検査の進行状況を確認するため、首に下げている医療施設用携帯を手にしたとき

「失礼いたします」

車いすを押しながら1人のナースが施設に通ずるドアから入って来た

優しい微笑みをたたえているが、どこか悲しげだ

彼女の弟はこの施設から自由になって逝ったうちの1人だ

先天的に脳に異常があり社会で生きていくのがかなり困難だった

弟さん自身、生まれてきてしまった事を苦痛に感じ

日々を悩み苦しんで過ごしていた

それをどうにかしたいという一心で彼女は医師を目指していたが

元々体も弱く、経済的な理由もありそれを断念してナースになったのだ

彼女の一途で純粋な願いすら、現実は踏みつけて粉々に砕いていく

僕と軽くアイコンタクトを取り、女の子の元へと歩み寄る

ソファーに座っている女の子に腰をかがめてにっこりと微笑み

「こんにちは。検査中はずっと一緒にいるから安心してね」

そう言いながら女の子の手にそっと触れた

「よろしくお願いします」

彼女の微笑みに応えるように女の子も柔らかな微笑みを返している

車いすに乗り込みドアへと向かっていくと

その途中で女の子が振り向き、ニコッと笑いながら手を振った

それにつられて僕も軽く手を振る

飲みかけのキャラメルアイスラテの香りだろうか

灰色の空の下、甘くてほろ苦い香りが空気中を漂っていた

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