第6話       君のために

僕はその女の子の一連の行動をたじろぎもせず、ずっと見ていた

恐怖や怒りを面に出すこともなく、そっと、ずっと見ていた

すると、女の子は疲れてしまったのか

電源が切れたかのようにその場にペタリと座り込んでしまう

目はうつろで、ぼぉ-っと遠くを見ている

僕は女の子の元へ行き、その手から破片を取り出そうと試みる

だが固く握られたその手からは、なかなかそれを取り出せなかった

仕方なく女の子を抱き上げてソファーへと向かう

そっと女の子を横たえると、グラスの破片がポロリと床に落ちてきた

血の付いた破片がペタリと床に張り付く

固く破片を握り締めていた掌からは、じわじわと血が滲み出ている

傷の深さを確認し、止血処置をする

いつの間にか女の子は眠っていた

膨大な感情に身体が耐えられなかったのだろう

女の子の呼吸と共に胸元が静かに、ゆっくりと上下している

一息ついた時、ふと、オレンジジュースの残量が気になり僕は冷蔵庫へと向かった

案の定、ジュースが底をつきかけている

ジュースを補充すべく、身支度を始める

目覚めた時、女の子が欲するであろうジュースを買うために

にっこりと嬉しそうに微笑みながらジュースを飲む女の子のために・・・


2リットル分のオレンジジュースが入っているビニール袋が重い

指に食い込むビニールがその重さを物語る

その重さに苦戦しつつドアを開けると

女の子が窓を開けて外を眺めているのが見えてきた

エアコンがついているのに窓を開けて外を見ている

ジュースを冷蔵庫に入れるため室内に入っていくと

「おかえりなさい」

女の子が振り向きながら声をかけてきた

「ただいま。出血はどう?止まったかな?痛みはどう?」

止血処置がされ、包帯がまかれた掌を眺めながら女の子が答える

「血は止まってるっぽい。でもやっぱ痛いよね」

「そりゃそうだろう。3針縫ってるからね。1か所傷が深かったから」

「生きてるんだね・・・私・・・・」

「そうだよ。君は今生きている」

「いろんな細胞が君を生かすために働いているんだ」

「君にとっては大きなお世話かもしれないけどね」

クスッと笑いながら女の子が答える

「ほんとにそう。何頑張っちゃってんの?って感じ」

ジュースとお茶を用意して女の子と共にソファーへと向かう

お互いにソファーに腰を下ろし、それぞれの飲み物に手を伸ばす

たわいない話をしていたら、何時しか窓の外がオレンジ色に染まっていた

「じゃあ、1週間後にまたいらしてください。その時に必要な検査をします」

「分かりました」

大きく伸びをしながら女の子が窓の外を眺める

「もう日が暮れ始めてる・・・なんか時間が経つの早いね」

そう言いながらドアの方へ向かっていく

「それでは、失礼いたします」

軽く手を振って女の子は外へと歩みを進める

グラスの中の氷がカラン、と音を立てて夕焼けの中溶けていった

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