第八章

「……わたしは、自分勝手な主張のために平気で他者を傷つける貴方達には、もうついていけない。こんな思いをするぐらいだったら、わたしは『人間』として生きたい!」

「自分勝手だと……? 妖怪の繁栄を信じる我らの、どこが自分勝手だというんだ? 勝手なのは貴様の方だろうが!」


右代様はわたしに詰め寄り、拳を飛ばしてきた。地面に倒れ、鈍い痛みが全身を貫通する。でも、それでもわたしは止まらない。


「だってそうでしょ?! ちょっとでも自分たちの理念に合わない者を排除して、妖怪のためには仕方ないんだって正当化して! 御大層な看板を掲げてるくせに、やってることはあんたらが大嫌いな人間と全く変わらないじゃない!」


ハアハアと息をつく。空気が怒りに満ち始めてるのにも気が付いていたが、わたしは続けた。


「……勿論、一部の人間の行動は間違ってると思う。妖怪を傷つけたり、自分たちの都合に合わないからって排斥したり……。でも、その人たちだけを見て、人間全てが悪だって決めつけるのは短絡的過ぎるよ! もういい加減にして……! 目を覚まして! 貴方達はそんなんじゃなかった! 戻ってきてよ!」

「言いたいことはそれだけか?」


眼前にいくつもの鋭い刃先が剝き出しになっている。右代様は鬱陶しそうな眼差しを向け、わたしの前に詰め寄り、凍てつくような声で語りかけてきた。


「甘い。甘いんだよ……、小童が。え? 人間は皆悪じゃない? ふん、知ったような顔して。いいか? 人間などどいつもこいつも同じ。表面上は倫理的な姿を演じてるが、その内実は、あまりにも利己的で、欺瞞に満ち、残酷で浅はかなんだ。……貴様はあまりにも人間に染まりすぎた。存在自体が我らにとって害悪。最後のチャンスを与えてやったというのに……。……もういい、やれ。」


鋭利な刃物が全身に食い込む。わたしはあまりの痛さに悶えた。真っ赤な血がだらだらと吹き出す。


「己の罪を償え。人間。」


団員の攻撃がさらに激しくなる。わたしは痛みをこらえながらも必死に逃げ惑い、なんとか帰路を見つけようとしていた。しかし、鋭痛はどんどん体を蝕んでゆく。足も、手も、いうことを聞いてくれない……。わたしは……。


……と、それまで幾度となく振り下ろされてきた刃が一切届かなくなった。振り返ると、橘さんが刃を全て受け止めていたのだ。彼はわたしの手を引き、草陰の中に投げ入れた。


「橘さん……!」

「構うな! ……進みなさい、君のために!」


橘さんは強く右手を突き上げ、高らかに指笛を吹いた。


強い風が駆ける。何事かと確認する暇もなく、わたしの体がゆっくりと浮かび上がった。愕然とする団員の顔、右代様の声、……橘さんの安堵したような表情が、どんどん離れてゆく。わたしは大きな鷹に体を掴まれ飛び立っていたのだ。地獄から離れ、あり得ないほど静かな月夜の中を通り抜けてゆく。


「……あ、あの、あ」

「……議団円特殊宗教対策課係員、伊出だ。大丈夫、君はもう助かった。安心しろ。」


静かな月が光を充満させる。風が通り抜けてゆく。わたしは『助かった』という言葉をかみしめているうちに、静かに意識を失っていった。

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