第七章

「そんな大荷物を持って……、もう消灯時間はとうに過ぎているだろ。ほら……、皆も起きちゃったじゃないか。」


強烈な視線に射止められる。震えが止まらない。恐れていた事態が発生したのだ、見つかってしまったのだ。このままだと、わたしは……。怖い、恐くてたまらない……。


「ふん、分かってるさ。逃げ出そうとしたんだろう。……ふん、見苦しい。我々の崇高な理念に共感することもできず、おめおめと逃げ出すような輩にまっとうな結露などあるはずもないのに……。」


草陰から、ゆっくりと生々しい赤黒く染まった手が差し出される。


「梓ちゃん……、逃げろ……、君は……、君だけは……!」

「た、橘さん…?!」


寸時、橘さんの断末魔が響いた。右代様が彼の手を踏みつけていた。骨が折れ、血が溢れだす音がこだまする。


「下衆が。誰が喋っていいって許可した。」

「下衆はどっちだ……! 風情が教祖気取りやがって……、ふざけるな……!」

「ふん、ほざいてろ。負け犬が。」


橘さんの顔を踏みにじる。一際大きな叫び声があがり、木に留まっていた鳥たちがバサバサと飛び立つ。その様に満足したのか、右代様は不吉な笑みを浮かべ、震えが止まらないわたしを見据えた。


「なあ、梓さん。君に最後のチャンスをあげよう。君が教団に戻るなら、こいつの命は助けてやる。逃げ出すというなら……、今ここで粛清しよう。」


団員が武器をわたしの方に向ける。狂信的な顔を浮かべ、偽善をぶつけようとしている。わたしは……、胸が詰まり息苦しくなる中、必死に考えを巡らせていた。どうしたらいい、このままだと橘さんが死んでしまう。わたしのことを大切にしてくれた、守ると言ってくれた……。嫌だ、それだけは……。


わたしは右代様の方に向き直り、手を上げようとした。だが、橘さんの声が、広場を、脳髄を駆け抜ける。


「やめろ! 降参した所で、こいつらは君のことを死ぬまで追い詰めるに違いない! 辛かったんだろ? 自分の人生を生きたかったんだろ?! 俺たちのことは気にするな……、腹は決めてたんだ……、君を助けられればそれでよかった……。頼む……、俺たちの思いを無下にしないでくれ、生き残ってくれ……、どうか、どうか……。」


言葉が途切れた。団員が橘さんの口を塞いだのだ。しかし、言葉が発せなくなってもなお、瞳で伝えてきた。


ここでくじけてはならない……!諦めるな……!


わたしは上げかけた手を降ろし、ゆっくりと右代様を見据える。


わたしは「わたし」であるために逃げ出す決断をしたんだ。逃げちゃ、だめなんだ。

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