第四章
「自分たちの思想」のために、誰かを殺め、傷つけ、踏みにじらなければならない。枷を背負いながら生き続けなければならない。心の底から恐ろしいと思っている右代様と団員と共に……。
―そんなの、耐えられない。―
午前三時。わたしはロープと脚立を持って、あの樹の元にやってきた。
こんな日々が続くくらいなら、辛い思いをし続けるくらいなら、死んでしまったほうが遥かに良い。
ひとしきり準備が終わった後、わたしは木に寄りかかる。あの日見た小さな花は、今でも木の傍で咲いている。……ここだけが、何も変わらず凛として存在してくれる場所だった。
―ごめんね、でも最期くらいは幸せな気持ちになりたかったの。……今まで、本当にありがとう。―
希死念慮とは裏腹に、激しく動く心臓を鎮めながら、脚立を立て始める。
―梓さん、……大場梓さん……。―
周囲を焦りながら見渡す。だが、当然ながら誰もいない。すると、不意に木の根元が輝き始め、一つ目の妖怪がひょっこり現れたのだ。彼はふんわりとした笑みを浮かべ、ごつごつした手を差し出した。何も考えられず、戸惑いながらそっと触れると、強烈な光が視界を覆いかぶさった。
……気が付くと、わたしは居間のような空間に佇んでいた。
土壁にリュックサックが立てかけられ、机に書類が積み重なっている。私の近くには女性が三人いて、温和に微笑みかけてくれた。久しぶりに見る人間に、内心はらはらしながらも会釈する。
「かしこまらなくても平気だよ。そこ座ってていいからね。お茶持ってくるからちょっと待ってて。」
一つ目の妖怪は部屋の奥の暗闇に消えていった。わたしは切り株に座り込み、オレンジ色に照らされた部屋をぼんやり眺める。ほどなく、一つ目の妖怪が暖かいお茶を持ってきてくれた。紅茶の豊かな香りが部屋中に充満する。
「クッキーも開けちゃった。牛乳入れるかい?」
「は、はい……。」
「了解。はい、どうぞ」
「あ……。ありがとうございます……。」
ミルクティーを啜り、クッキーを頬張る。程よい甘さと暖かさが体全体に染みわたる。緊張し張りつめていたものが消え失せ安心したからか、無意識のうちに涙がぽろぽろと零れ落ちてしまった。女性達が慌ててわたしの元に駆け寄る。
「かわいそうに、こんなに痩せこけてしまって……。」
「辛かったわね……。」
彼女たちは口々に励ましの言葉をかけ、背中をさすってくれた。ここ数年の苦しみ、他人に不信感を抱くことによって生じる孤独感、恐怖感が大きな波となって自分から流れ出す感覚に襲われる。わたしは小さな子どものように何十分も泣きじゃくり続けた。
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