第三章
入信後、妖怪救済のための修行が始まった。
経典の理解をより深める講義形式の修行から、「人間に危害を加えられた」際の反撃方法、武器の使用方法、化学兵器の取り扱いといった武力行使の実技修行……。内容は多岐に渡り、わたしの精神はどんどんすり減らされ、限界に追い込まれていた。
そんな私を両親は何度も恥ずかしい、団員として自覚が足りていないと叱責した。
そう、忘れもしないあの日。夜中の三時、わたしはいつものように眠れず、窓の外の光をぼんやりと眺めていた。ノック音が部屋に響く。
「梓、臨時集会が開かれるわ。行くわよ」
母親のどこか冷たく、それでいて焦燥が滲み出ている声。何か重大なことが発生したのだと瞬時に理解した。
両親とともに広場に向かうと、深夜遅くにも関わらず既に大勢の信者が集まっている。その視線の先には……、頬が赤く膨れ上がり、ガタガタと震える信者と、彼を冷徹な瞳で見下ろす右代様がいた。
寸時、彼は重々しい口調で語りだす。
―許されないことが起きた。昨日、こいつが我らが団を脱走し、人間に取り入ろうとしていた。見ろ、機密情報をすべて漏らし、団を人間の手によって滅ぼさせようとした。愚行だ、卑劣だ―
団員の顔が昂揚し、怒りに満ち始めた。会場全体に憎悪の感情が巻き起こり始める。と、右代様が何らかの合図を出した。その直後、団員の前に大量の武器が投げ込まれる。動揺する連中を見兼ね、右代様が、一言放った。
―殺せ。―
この言葉にさすがの団員達もどよめき、震え上がった。
―右代様、お言葉ですが……! 武力行使は人間にしか行わないはずでは……!―
―こいつは人に魂を売った。人間同然だ―
―し、しかし!―
―貴様、言うことを聞けないのか?―
団員ははっとした表情を浮かべる。右代様の瞳が理想を断絶しようとする「妖怪」に対し激怒しているのと同時に、ひどく悲しんでいるかのように「見えた」からだ。
―わかりました、右代様。―
と、団員がおもむろに斧を持ち、信者に襲い掛かった。鮮血がほとばしり、男の断末魔が鳴り響く。団員は叫ぶ。
―すべては! 妖のためだ!―
その言葉に触発されたように、他の団員も武器を持ち彼を傷つけ始めた。彼の震えがとまった後も何度も、何度も、何度も、己の存在価値を、理想を叩きつけるがごとく攻撃していた。
母親が口走る。
「これでいいの。教えを守り、妖怪の繁栄に寄与しなければ淘汰されるのよ。迷いは捨てなさい、ただ右代様に付き従うことだけを考えなさい。」
命が断たれてゆく様を、母は恍惚と眺めていた。血を浴びている団員の顔からも苦しみが消えうせ、快楽が浮かび上がっている。
わたしは必死に恐怖を押し殺していた。理想郷実現のため、妖の未来のため、懸命に尽力してた団員の姿は、もう消えていた。
*
その日から、教団は強烈に変わった。
思想統一を徹底するために、修行の内容が以前とは比べ物にならないほどに苛烈になり、それに呼応するように、団員たちも過激な思想や行動に染まっていった。
「裏切り者の粛清」に肯定的になり、自分たちの理想像にそぐわないものは、誰であろうと殺してもよいと誰もが口をそろえた。
かつては一大事だった粛清も、いつの日か、信仰を強化する儀式へと変貌した。
死にたくない、許してくださいと叫ぶ団員の顔を切りつけることで、自分達の正当性を再確認するのだ。
いつ粛清されてもおかしくない状況下。誰にも本音を言えず、ただただ怯え、自分の本性が晒されないよう影を潜めていた。
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