第一章

六時ちょうど。高らかな鐘の音がこだまする。目を覚ましたわたしは、どうにも体を起こす気になれず、何度か布団に潜り込んでいた。

……ドア越しに母親の声が聞こえてくる。


「いい加減起きなさい。遅刻するわよ」

「分かってる、起きてる」

「まったくもう、ご飯冷めないうちにいらっしゃい」


鬱陶しさを感じつつ、ベットから這い出る。制服に着替え鏡の前に立つ。憂鬱な気分のせいでほとんど眠れなかったせいか、目元のクマが一段と濃くなっていた。

リビングに行くと母親が意気揚々と食事を並べていた。わたしがいることに気が付いた父は「今日の業務」と書かれた書類から目を離した。


「おはよう、今日は奉納式なんだって?」

「うん……。」

「重要な節目の日だ、右代様のお言葉をしっかりと胸に刻みなさい。」

「そうよ。貴女もやっと教団の一員になれるんだから……。長かったわねえ」


興奮している両親にぼんやりと反応しつつ、味がしないご飯と母親の言葉を咀嚼する。両親が突発的に入信し、この閉鎖的な村に来た時から、ある程度覚悟を決めていたつもりだったのだが、やはりどうしても受け入れられなかった。「人間が作り出した愚行」をすべて帳消しにして、「妖怪の繁栄」に寄与するために生きる。誰もが「理想像」に従い生きる選択をすることを望んでいて、今日わたしはそのレールに乗る。何度も突き付けられた事実を、飲み込むことが出来ずにいた。


重い腰を上げ、やっとの思いで家を出る。透き通った青空と新緑の香りとは裏腹に、鞄を持つ手の震えが止まらない。これから、わたしはわたしでなくなるのだろう。


 *


ステンドグラスに照らされた大講堂。教団員候補生と教団員が集結している。厳粛な空気が漂う中、装飾が施された壇上に立ち、堂々と前を見据える右代様の流暢な声が反響する。


―今日はあなた達が正式に入信する記念すべき日だ。三年間の修行を乗り越えてきた証を、すべての妖を幸福に導くために遺憾なく発揮してくれたまえ。―


周囲の子は彼の言葉に真剣に聞き入り、瞳を輝かせている。自分が一人前になったという感慨深さと少しの緊張に満たされているようだった。

右代様の瞳が鈍く輝く。重々しい口調で、彼は人間社会の現状を説き始めた。


―ここ数年、妖を取り巻く現状は急速に悪化している。妖を永遠に葬ろうとしているのだ。凶悪極まりない。……君たちも十分に理解しているはずだ。

人間とはあまりにも矮小だ。傲慢だ。そんな奴らをのさばらせておくわけにはいかぬ。我々の手で変えてみせる! そのためには君たちの助けが、力が必要だ。有能かつ偉大な我々が、この国を、世界を統治しよう―


右代様の迫力ある言葉に、候補生も教団員も一様に興奮し歓声を上げ、立ち上がり拍手を送る。わたしはこの空間が何よりも苦手だ。「迫害された」妖怪たちの熱気、感動、崇高。そのすべてに漠然とした違和感を抱いてしまう。人間は悪、妖怪は善。果たして本当なのだろうか。あの日、彼の冷情を垣間見た瞬間から、わたしは真摯な言動に秘められた得体の知れないものに恐怖心を抱き続けている。

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