022_突き付けたい刃

「さあっ、オーネス君、君の力を見せてみたまえ!」


――明らかに目の色が変わった


どうやら、先の動きはヤーテムの気持ちに火をつけてしまったらしい。とはいえ。


――それは僕も望むところ!


もとより、自分は冒険者未満。対するは紛れもない冒険者。ただ前に進のみ。全身に意識を集中する。体を魔力が巡る。ぐっ、と力を込める。


――身体強化魔法発動


発動と同時、勢いよく飛び出すオーネス。まずは全力を見てもらう。話はそこから。故に何も考えず、愚直に突き進む。狙うは袈裟斬り。全霊を以て一撃を叩き込む。振られた刃をヤーテムは避けるそぶりさえ見せない。


「っ!」


その動きに疑問に抱く受付嬢。しかし、オーネスは思わない。なぜなら、力の差はあって当然、全霊を尽くすのに邪魔な思考は置いてきた。


バシィッ


その一撃は確かにヤーテムに命中した。しかし、当たった場所は狙った肩ではなく、彼の左腕。にやりと歪むヤーテムの口元。彼の空いた右腕から主砲を放たんとする準備はすでに万端。オーネスを射程に捉えすぐさま主砲が放たれるヤーテムの背面を。狙うは腹。先程のお返しと言わんばかりのコース。その一撃に対して、身体を回転させる。流石に回避しきるまでには至らない。しかし、おかげで、主砲の威力は削がれ、致命傷には至らない。だが、オーネスの狙いはそこにはない。回転そのままにヤーテムの右側に回り込む。オーネスの木剣は鷲が獲物を捕らえんとするかのような速さでヤーテムの背面を襲う。獲った、オーネスは思わずそう考えてしまった。確かにその一撃は違わず、ヤーテムの背に刺さった。しかし、それが彼の動きを止めるかは別の話。

一瞬の気の緩みに付けこまれ、オーネスの顔面を肘が襲う。そのまま吹き飛ばされるオーネス。その勢いは留まらず、その身を壁に打ち付けるに至る。


「ぐっ」


バシィっと叩きつけられる音。ずり落ちる肢体。それでもまだ体は動く。ヤーテムを再び視界に収めようと視線を向ける。その時にはすでにヤーテムが拳を振るわんとしている最中。


――これは止められない!


すぐさま回避を選択。すぐさま、上体を左に反らし避ける。壁に当たる拳。ズンと揺れる室内。当然ながらヤーテムが痛がっている様子はない。それどころか、壁から伝わる振動はやや鈍い。まるで何かが揺れを抑制しているようにも感じる。つまり、彼の拳はまだ、壁と接触している。下手をすると、彼の拳は壁を貫通したのではあるまいか。




――流石にそんなもんの直撃を喰らうのはまずい


しかし、先程までと異なり、オーネスの背後は壁、後ろに下がる事はできない。何とか左に転がり、ヤーテムの包囲の脱出を図るが、それを逃す手はない。すぐさま回り込まれ、先程から状況は好転しない。振るわれ続けるヤーテムの拳。腹部を顔面を、狙い続ける。その上、攻撃は決定的な一撃を与えようとするのではなく、細かく、確実にダメージを与えるようなものであった。仮に時間がかかったとしても、確実に相手を倒すための戦い方だ。そのため、防御をし続けている側は次第に戦意を失くしていく。特にこれはあくまでも試験。無理を通し続ける必要はない。むしろ、降参して評価を待つ方が試験としては賢い。それでも、オーネスは攻撃を捌き続け、戦闘不能にならぬよう寸でのところで留まり続けている。


――この少年、何を狙っている?


彼の姿は傍から見れば冒険者になってすらいない少年をなぶっているようにしか見えない。しかし、オーネスの姿はヤーテムに警鐘を鳴らし続ける。手を緩める訳にはいかない。


オーネスの瞳がちらりとその光をのぞかせる。ギラリ、と光った気がした。


まずい、ヤーテムが危機感を感じた時――。


「ちょ、やっ、やめっ!」


部屋に響く受付嬢の声。その声が響く直前、すでに放たれていた拳はオーネスに迫る。が。


ピタリ


その拳はオーネスの目前でその勢いを止める。その拳には眼もくれず、まっすぐにヤーテムを見据えるオーネス。やめ、の合図が入ったにもかかわらず、ふとした瞬間で再び戦闘が始ってしまいそうな気配すらある。


そこに割って入る受付嬢。無理やりヤーテムを引きずり、オーネスから距離を離そうとする。しかし、その身はピクリとも動かない。


「ヤーテムさん、止めですよ。ほら、構えを解いて!」


受付嬢の微妙に泣きが入った声に一度、息を吐く。


「了解した。では、向こうで彼の評定について話合おうか」


直前までの気配を霧散させるヤーテム。それにつられるようにオーネスも睨みつけるような視線を緩める。相当に気を張っていたのだろう、そのまま床に座り込んでしまうオーネス。ヤーテムの視界の端にはゆっくりと歩を進める青トカゲの様子が見える。その様子にオーネスが襲われる事もないだろう、と判断し、その場を受付嬢と共に離れる。


「ヤーテムさん、やり過ぎですよ。相手はあくまでも冒険者志望の少年なんですから」

「む、サラさん。彼をただの冒険者志望と侮るのは危険ですよ」


今まで数々の冒険者志望者と相対してきたヤーテムの思いもよらない言葉に、つい、え、と疑問の声を上げてしまうサラ、と呼ばれた受付嬢。


「彼、あの状態にあって何か狙ってましたね。いや、まだ死線を越えてきた訳ではないだろうに素晴らしい胆力だ。あの年頃の私があそこまでできたかと言えば、正直、疑問符ですね。いやはや、末恐ろしい」


結果として見れば、ヤーテムの圧勝であった。しかし、勝ち負けだけではない部分に驚き、素直に称賛するヤーテム。


「さて、では評定のすり合わせといきましょうか」


二人は先程の試験の様子を話し合いだした。




「お疲れ、オーネス」

「ん、見ててどうだった?」

「ずっと上手く間合いをコントロールされてた感じだったかな。多分、あの人の拳の間合いの方が、オーネスの剣の間合いより広いんじゃない?」

「やっぱ、そうだよなぁ……」


やはり現役の冒険者は強かった。


オーネスの身体強化魔法は身体強度も上げる。そのため、最後のヤーテムからの攻撃、不意を突いた一撃でなければ、耐えられる自信があった。そのため、殴られる瞬間に合わせて、ヤーテムの顎に向けて突き上げを喰らわせるつもりだったのだ。そのまま意識を刈り取る事まではできないだろうが、背面を打ち付けた時にヤーテムを弾き飛ばせた事から、顎を跳ね上げ、隙を作る事くらいはできたはずだ。そうすれば、壁際に詰められている状況を脱する事ができる。戦闘続行に持ち込む事もできたはずだ。


しかし、その目論見は実現する前に止められてしまった。相当に危ない状況だ、と思われたのだろう。とすると。


「不合格、かなぁ……?」

「ま、今回は現役冒険者の実力を教えてもらったって事で切り替えていくしかないでしょ」


もちろん不合格だと決まった訳ではない。


しかし、不合格だった場合の事は考えねばなるまい。冒険者試験を再受講する場合にはどうすればよいのか、回数に規定があるのか、など効く事は多くある。もし、滞在時間が延びるようであれば仕事を見つけなければならないだろう、そうしたら、宿屋の女将さんに紹介とかしてもらえるのだろうか、今後の事に思いを巡らせていると、試験官の二人がオーネス達に近づいてくる。




「お疲れ様でした。オーネスくん、それでは今回の試験の結果をお伝えしますね」


例え不合格かもしれないと思っていても、それはそれとして合否の発表は気になるもの。オーネスは緊張の面持ちで背筋を伸ばす。サラの淡々とした語り口も緊張に拍車をかける。


「合格です」

「え?」


聞き間違いだろうか、試験官に負けたはずの自分がなぜ合格なのか、と混乱するオーネス。そんな彼を他所に話を進めようとするサラ。


「では、細かい評定をお話しますね」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「はい?」

「え、僕、負けましたよね、結構ボコボコな感じで。それを見ていて実力に開きがあるから危険と判断して止めたんじゃないんですか?」


そう、先程のやりとりは明らかに負けの状況であった。壁際に追いやられてボコボコにされていた受験者の一体、何を評価したと言うのか、不思議でたまらない。


――自分で考えていて悲しくなるケド……


「実力に開きがあったと思ったのは確かです。ですが、それはオーネスくんの評価を下す、という試験の目的から逸脱した戦闘行為であると判断した為です」


それにしたって、という思いがどうしても先走る。納得の言っていない様子に口を挟んだのはヤーテムだった。


「オーネス君。君、私に攻められている間も何かを狙っていただろう?」

「っ!」

「ばれていないと思ったのかい? あんなに目をギラギラさせていれば、私でなくとも何かあると勘ぐってしまうよ」


今の口ぶりだと何を狙っていたか、まではばれていないようだが目論見自体はばれていたらしい。つまり、例えカウンターをヤーテムに喰らわせたとしてもそれが状況を大きく傾けるには至らなかった可能性が高い、という事であろう。自分の起死回生の一撃もあまり意味がなかったと言われているような気分になり、肩を落とすオーネス。


「あぁ、気落ちする事はないよ。まだ死線をくぐっていないのに、あれだけ攻められ続けて気概を失っていないだけで評価されるべき事だ。そもそも、体術だけで、私にある程度対抗できる程度の力量はあるみたいだしね。合格、と言われた事には納得してもらえたかな?」


フォローを入れるヤーテム。オーネスも、ヤーテムからの言葉に頷き、飾り気のない評価に少し気分を上向ける。


「まぁ――」


そんなオーネスに一度言葉を切ると――。


「何かされても私の勝ちは揺るがなかったけどね」


言って、不敵に笑うのであった。


――父さんと言い、このヤーテムさんと言い……


冒険者はどうやら自分の方が強い、と示さずにはいられない人種の様だ。いや、そもそもオーネス自身、似た感覚を覚えた事があるので人の事は言えないな、と自嘲する。

とはいえ、目論見は不発に終わる可能性が高かったものの、それまでの流れが評価されたのは確かであるようだ。


オーネスが考えてもいない評価ではあったが具体的に評価された部分を提示してもらえるようになれば、実感も湧いてくる。知らず、わなわなと身体が震えだすオーネス。


「よしっ! ありがとうございました!」


口角が上がるのを隠しもせずに、歓喜の声を上げる。若者が夢への一歩を踏み出す瞬間を見ることができたのだ。その様子を見ていたいのはサラとヤーテムも同じではあるが、あいにくと時間にも制限はある。


だからだろう、オーネスの喜びを諫めるようにサラからの咳払いひとつ。


「それで、細かい評定ですが――」


サラから伝えられた試験の最終的な結果は武術技能が4よりの3、魔法技能は1という結果であった。基本事項3つの内、2つが評定1となんとも締まらない結果ではあるものの、合格、と言われた事は事実。大手を振って冒険者と名乗れるようになった訳である。


「ちなみにオーネス君は冒険者の規則とかは知ってますか?」


「冒険者ギルドが斡旋している依頼を受けて報酬を貰う、という事くらいしか知らないです」


「じゃあ、具体的にどういう風にして依頼を受けて、報酬を受け取るのか。依頼に対して推奨段士がある事は知ってる?」


「……すみません、分からないです」


「では、このまま立ち話もなんですし、別室へ移動しましょうか」


その提案に頷き、ヤーテムにお礼を言うと試験会場を後にするのであった。



ところ変わって、サラに案内された別室。


本当に冒険者になった人に仕組み等を個別に説明するための場所なのだろう。真ん中に机と4脚の椅子が置かれているだけのシンプルな部屋だった。サラに促されるまま、椅子に座るオーネス。


「では改めまして、冒険者ギルドの仕組み付いてお教えしますね」


まず、説明されたのは依頼を受ける為の方法。こちらは、そこまで複雑ではなく、依頼内容を記載した依頼書を貼り付けておく掲示板があるため、そこに貼り付けられた用紙を取りカウンターへ持っていく。この時、カウンターで簡単な審査を行いこれで、依頼を受諾した、という扱いになるとの事だ。


「簡単な審査?」


「これを使って行います」


サラが机の上でスッと差し出してきたたのは緑の縁取りを施されたカード。そこには冒険者登録証の文字。それはただのカード。されど、その文字を見るためだけにこれまで努力をしてきたのだ。


その文字に今までの努力が実ったのだ、と感動を覚えるオーネス。その目は年相応に輝いていた。説明を続けたいサラではあったが、その様子に少し口元を緩め、次の句を紡ぐのを止めた。


サラの様子に気が付いたオーネス。顔を赤くするのを何とか隠そうとしながら、進めてください、と次を促す。今まで農村出身の14歳にしては珍しい落ち着いた雰囲気に少し面食らっていたが、ようやく見せた年相応の様子にクスリ、と笑いながらも説明を続ける。


「依頼ではギルドが設定した推奨等級を目安に審査を行います」


「推奨等級?」


耳慣れない言葉に、つい質問の声を上げるオーネス。


サラが冒険者カートの上の辺りを指差す。そこには「序段単士」と書かれている。


冒険者には「段士等級」というものが設定されており、ギルドの発行する依頼ではその危険度に応じて推奨等級を設定する事で余計な人材損失を避ける狙いがあるとの事だ。等級が高い冒険者であればあるほど、危険度の高い依頼でも受けられるという事だ。


等級は3つの段と3つの士で分類されている。

段は下から順に序段、破段、急段という形で、士はそれぞれの段で単士、双士、鼎士という形で分類しているようだ。


ちなみに、依頼書を持っていくカウンターは縁取りと同じ色のカウンターに持っていくと他の色の縁取りのカードを持つ冒険者よりも優先的に処理をするため、基本的にはそちらを利用する方が効率的であるらしい。


「あと、等級が上がるカウンターの場所が変わるだけではなくて、色々とメリットがはありますけれども、細かい事は追々、というところでしょうか。序段から等級を上げようと思うならば、定期的に自分の身の丈に合った依頼を成功させて、きっちりと報告する、という事を気を付けるといいですよ。何か質問ありますか?」

「いえ、大丈夫です」


その答えにコホン、と咳払いを一つ。


「では、改めまして、冒険者試験の合格おめでとうございます。序段単士オーネス。あなたの活躍を期待しています」


祝いの言葉と共にオーネスへと渡されるカード。それを頭を俯かせながらしっかりと受け取り、ありがとうございます、と口にする。その手は少し震えていた。


――この位の年で冒険者になりたい、って目指して実現したのだから、それなりの努力をしたんでしょうね


「さて――」


手をたたき、その場の空気を変えるサラ。


「まだ、日も昇り切っていない時間ですし、今からでも受けられる依頼はあると思いますよ。せっかくです。早速、一仕事、どうですか?」


その言葉にはい、と声をあげ、一礼すると、隣のフリートに声をかけ、部屋を飛び出すオーネス。


「あ、ギルド内で緊急時以外は走るの厳禁ですよー。って、聞いてませんね。まったく」


嘆息しながらも、頑張ってくださいね、と呟くサラ。その表情は手のかかる生徒を見守るかの様であった。



サラの言葉が耳に入っていたものの逸る気持ちを抑えられなかったオーネスとフリートは廊下を駆けていた。


「やったね、オーネス」


「うん、やった」


「おめでと!」


「うん」


それだけの短いやりとり。しかし、フリートからかけられた言葉がより実感を深め、オーネスにとっては嬉しくてたまらない。ついつい、その口角は吊り上がってしまう。喜びを隠そうともしないオーネスをからかおうか、とも一瞬考えたが、自分も口角が吊り上がっており、人の事を言えない事に、と気が付くフリート。にやけた二人組はすぐに掲示板を前にする。


そこにあったのはまだ張られていたいくつかの依頼書。自分は序段である。推奨等級に序段、と書かれているものがないかを探すべく目を光らせるオーネス。その横から上がる声。


「あ、オーネス。あれ、どう?」


フリートの指差す先にある依頼書に記載された推奨等級には確かに序段の文字。中身を見てみれば、朝一で試験を受けた事もあり、今からでも十分に間に合いそうだ。内容的にも一人で行うものでもないため、丁度よさそうである。


「うん、いいかもね」


言葉と共に依頼書を剥がす。期待に胸を膨らませながらずんずんと緑のカウンタ―へと歩を進め、カウンターの受付嬢にスッっと依頼書を差し出し。


「よろしくお願いします!」


オーネスの冒険者としての一歩が今、踏み出されたのであった。


[Tips]

オーネスの最終評定


基本事項

魔力:1

武術技能:3

魔法技能:1


特記事項

剣術:2

魔物使い:2

薬学知識:2



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る