021_冒険者登録試験
「では、次の試験ですね。申請されているのは――魔物使い、薬学知識ですか」
項目を読み上げた受付嬢が、少々お待ちください、と言って席を離れる。
――それにしても
「いや、まさか、1って言われるとは思ってなかったなぁ」
「もしかしたら、お父さんも厳しめにつけられるって知っててオーネスをボコボコにしてたのかもね」
「特記事項の方もちょっと思いやられるなぁ……」
肩を落としていた所に受付嬢が戻ってくる。
「お待たせしました。それでは、先程の2項目について試験を実施しますので、付いてきてください」
受付嬢はカウンターのカーテンを閉め、看板をかけると二人を伴って奥へと向かうと、椅子と机、筆記具だけが用意された部屋があった。何をするのかおおよそ分かったが、正直に言えばあまりやりたくなかった事ではある。できれば、予想が外れていてほしいな、と思うオーネスに対して受付嬢。
「では、薬学知識に関する筆記試験を行います。席についてください」
――だよね
予想通りではあったもののいきなりの試験に少し気落ちする。とはいえ、あくまで現状の診断をするという話。気負わずするか、と思い直すオーネスに試験用紙が渡される。
「制限時間は30分です。この砂時計の砂が落ちきったら終了ですよ」
渡される用紙。開始の合図と同時に返される砂時計。オーネスは試験用紙をめくる。
――!
見覚えのある話が多い。シーリン村の周辺で見てきた、あるいは知識としてシンシアに叩き込まれた薬草に関する話がほとんどだ。
これなら、と思いながら筆を滑らせるオーネス。解きながら思い出すのはシンシアとレクティの顔。読むだけで苦労しそうな分厚い資料に対して、最低限必要な知識を抜き出し、まずはこれを覚えなさい、と道を示してくれたシンシア。出された課題を単純に覚えるだけに終始していたオーネスに薬草の特徴をかいつまんで教えてくれたレクティ。当時は何故にこんな事をしなくてはならないのか、と若干の反発も持っていた。
――だけど、二人のおかげで何とか問題を解くことができそうです
心の中で涙しながら、二人に感謝するオーネス。順調に設問と解いていくオーネス。しばらくして、告げられる終了の合図。その問題用紙は全て埋められていた。
「はい、では正答の確認をしますね」
30分の拘束から抜け、伸びをするオーネス。その横でオーネスの答案と手元に持っていると用紙と見比べながら、答案に目を通す受付嬢。その目は上から下へと流れるように動く。
「84。100点中84点ですね。はい、オーネスさんの薬学知識に関する評定は2ですね」
少し休めるかな、と考えていたオーネスの予想に反し、ものの30秒程度で告げられた評定。そして、告げられる評定。
「やっぱり、そこまで高くないんですね」
「まぁ、この試験はあくまでも評定で2あるかを確認するのが目的ですからね」
正直なところ、先程の1が効いており、試験自体は解けた自信があったもののあまり良い評定は貰えないのだろうな、と思っていたため、そこまでのショックはなかった。裏事情も聞いてしまえば、必要知識の確認だけだったのだろうな、と気持ちを切り替える。
「でも、この試験で評定2を出せる人はそんなに多くありませんよ。なにせ、80点以上が評定2のボーダーですからね。いい先生でもいたんですか」
「母と妹から」
「あら、それはさぞ優秀な方だったんでしょうね」
「はい。僕よりもずっと」
思わぬところで家族が褒められてしまった事に喜ぶオーネス。正直、自分の評定が2であった事よりも嬉しく感じている。その様子を脇に置き、次の部屋へ案内する受付嬢。順番から言って、魔物使いの適正を見るための試験なのだろう。
案内されたのは少し広めの部屋であった。部屋の隅には別の職員が待機していた。
そして、部屋の中央には白線で書かれた円が3つ。その内、一つの内側に木箱が3つ置かれている。他には何もないという簡素な部屋。何をするのだろうか、と思っているオーネスに始められる説明。
どうやら、魔物使いとしての試験は2つあるようだ。1つ目の試験内容は目の前にある木箱を指示通りに運ぶ事らしい。
――え、そんなもの?
先程までの厳しさに対して簡単すぎないだろうか、と思ったが、先程の話では技能が2に達しているかという事を確認するのが目的なのだから、それぞれの技能で求められる難度はちがうのだろう、と自分を納得させる。
そもそも、試験として出されている以上、評価を得ようと思えば簡単だろうが難しかろうが、従わなければならない。
「じゃ、フリート。受付さんの指示通りに木箱運んで。じゃ、受付さん。試験お願いします」
「え、それだけでいいんですか?」
「え、他に何かあるんですか?木箱に何か仕掛けがあるとか?」
「いえ、それはありませんけど……」
木箱を運ぶだけの試験でなぜそこまでするのだろうか、と不思議に思っているが、受付嬢が咳ばらいを一つ。
「では、始めますよ」
受付嬢からとんでくる指示の容易さにフリートもこんな事でいいのだろうか、と思いつつも、当たり前のようにこなしていく。簡単すぎて逆に不安になった二人であったが、受付嬢からは問題なし、の判定を受け、ホッとする二人。
「では、次の試験内容です」
2つ目の試験内容はストレスチェックらしい。攻撃に対しての反応を見るとの事だ。部屋に待機していた職員が石を投げるので、それに対して、攻撃行動をとらせないようにして欲しいとの事だ。
「避けるのはいいんですか?」
「魔物にすごく速く動くように指示して、全く石を当てさせないようにする、みたいな事をしなければいいですよ。あ、後は一度は必ず当たるようにしてください」
「分かりました。――そういう事みたいだから。一回目のに当たったら後は任せる」
あまり人前で話をするな、と言っていたからだろう。手を振って応える。フリート。分かってくれたなら問題ないだろう。
「では、お願いします」
「本当に簡単な指示しかしませんね……まぁ、いいです。では始めますよ」
フリートに向かって石が投げられる。フリートの腕に当たる。
――――間。
事前に聞いていたので石を当てられたからといってどうという事はないはずだが、と思っているオーネスに対して、つぶさにフリートを確認する職員。
「あの……石投げるだけですよね?」
「え? えぇ、そうですよ。大丈夫そうですね。では、続き、やっちゃいましょうか」
その後、3、4回。石が投げられるが後はひょいひょいと避けるフリート。
「はい、終了です」
戻ってくるフリート。念のために腕を診たが特に問題はなさそうだ。先程の様子であれば、評定2は貰えるだろう、と思っているが、受付嬢と職員はこそこそと話し合っている。
「さっきのあれ、明らかに評定2ではないですよね? でも試験的には2ではなさそうだし……」
「うーん、しかし、試験の規定としては2までになるからな。正直なところを伝える、という事でいいんじゃないか」
「ですかねぇ? はぁ、結構、いい子そうでしたけど、ごねられると嫌だなぁ……」
最終的にオーネスに伝えられたのは評定は2で出しておくが、それ以上の能力はありそうなので、冒険者登録の申請とは別に特記事項の申請をする事をおすすめする、という事であった。
ちなみに、その事を伝えた受付嬢は面倒なことは言わないでくれ、と思っていたが、対するオーネスの反応は、わかりました、という簡素なもの。自分の憂鬱を返せ、と言いたかったのをぐっとこらえたというのは彼女の胸の中だけの話だ。
とりあえず、特記事項で二つとも2の評価を得られたオーネス。剣術に関しての評定を待つことなく、2つの条件の内の1つをすでに突破したできた。
次の試験会場に案内される二人。しかし、どうしても気になる事がある。
「あの、次の試験も評定の上限は2なんですかね?」
一瞬、怪訝な表情をする受付嬢。しかし、得心いったのか、あぁ、といいう声を上げる。
「いえ、実技試験に一応、上限はありませんよ。試験官よりも2つ以上の評定をつける事はできませんけどね。ただ、そこは安心してください。試験官は必ず、武術技能、魔法技能ともに2以上の評定を得ていますから」
どうやら、この時点で不合格にはならない事にホッとするオーネス。
しかし、状況はあまり変わらない。実技試験で基本項目のうち、武術技能、魔法技能でどちらかを3あるいは、どちらとも2と出さなければならない。
そして、先程、魔力の評定としては1を出されている以上、魔法技能で2を出すことは難しいだろう。つまり、この試験で武術技能で3以上の評定を貰う必要がある。
割と崖っぷちに立たされたような気分になったが、外の世界で自分がどの程度のものであるのか指標を示されるのは、楽しみであった。少しワクワクする思いで、次の試験会場に向かうのだった。
案内されたのは広い部屋。石造りの壁に、ずらりと立てかけられている木剣などの訓練用武器。盾などもある。そして、部屋の中央には軽装に身を包み、腕を組んでいる精悍な男が一人。武器を装備をしている様子はない。あれが試験官であるようだ。
「君が今日の一人目の冒険者志望者か!」
部屋の中央から出入口まで少し離れているのにまるですぐそばにいるかのように聞こえる。
「はい、ではオーネスくん。試験の説明をしますね」
受付嬢は慣れたものなのだろう。試験官の態度を特に気にする様子もなく、これまた淡々と説明を始める。試験の注意点としては大きく5つ。
一、制限時間は30分
二、武器は部屋の中にある物から選ぶ事
三、試験官または受付嬢から終了の合図があるまでは時間いっぱいまで30分間は戦い続ける事
四、降参はしてもよく、降参するまでの内容で評価を下す
五、魔法の使用は問題ない、むしろ、使用を推奨
ちなみに、オーネス自身の能力を見るのが目的なので、フリートの参戦は不可、とのことだ。
「あと、試験官にはオーネスくんの魔力評定が1である事は伝えていますので、残りの2項目が4以上になるか、オーネスくんが試験続行不可、と判断されるまでは試験を止められる事はないので安心してくださいね」
他に質問がない事を伝えると、訓練用武器の取得を促される。
探すのは木剣、あるいは木製の細身の剣だろう。フリートにユキザクラを渡し、部屋をぐるりと回る。とはいえ、ユキザクラの様な武器はやはり置かれていない。仕方なく木剣を手に取り部屋の中央、試験官の前に立つ。
一度、目を閉じ、深呼吸を一つ。
想定する試験官の実力はフェイスと同程度。目を開き、構え、切っ先を向ける。よろしいですか、との受付嬢からの声に、コクリと頷く。
「では、始めてください」
「了解だ! さぁ、来たまえ、オーネス少年!」
オーネスに対して構えられる拳。
「はいっ!」
「まずは挨拶」
するりと至近距離まで近づくと、さっと、前に出した左手から素早く繰り出される一撃。放たれるまでの動作は実に滑らか。幾度となく繰り返してきた動作なのだろう。この時が試験ではなく、演武として見せられたのであれば、目を奪われていたかもしれない。そう、感じる程の練度を感じる動きであった。
しかし、オーネスにとってはそれだけ。剣の間合いよりも内側への接近を許したのは誤算だったが、拳自体の鋭さはオーネスを戸惑わせるにはまるで足りない。
後ろに跳びつつ、小さな動作で試験官の頭に木剣を振る。そんな事は読んでいたのだろう、少しだけ首を傾け、なんなく避ける。もとより、オーネスにとって、今の攻撃はあくまで牽制。試験官に当たるとは思っていない。目的は間合いを取る事。
多少の距離があればオーネスにとっては十分。力を込め、木剣を振る事が可能である。
地面に着く脚。直後、力を溜め、踏み込む。先程の牽制とは比べ物にならない速さで放たれる一撃。その一撃を後ろに跳んで難なく躱す試験官。
二人の距離は大きく空く。
「うむ。オーネス少年はそれなりに修練を積んできたものと見た。まだまだ余力がありそうだ。ならば、もう少し、その気になってもよいな」
呟いた試験官。ザッ、とすられる右足。次の瞬間には上体を左にかがませながらオーネスに向かって前進する試験官。
――左に大きく動いて視界から抜けようとしている? それとも、単純に右半身に対する攻撃を狙ってるのか?
予想した直後、試験官はオーネスの視界から消えた。
「っ!」
彼の動きはそこまで速かった訳ではないはず。しかし、オーネスは彼を見失った。
試験官を見つけるべく、周囲に意識を巡らせる。ふと感じた違和感。オーネスの左下に黒い影。
オーネスが気付いた時には彼の顎、目掛けて、拳は振るわれていた。
オーネスを襲う左アッパー。とっさに身体を傾け、躱すオーネス。
――危なかった!
あと一瞬、気付くのが遅れていれば、そのまま意識を刈り取られていた可能性がある。しかし、息をつく暇は与えられない。アッパーを外した事を意にも返さず、オーネスの顔面に右ストレートを叩き込まんと構え、そして、放つ。
その一撃までの動きかあまりに滑らか。オーネスは体勢を立て直す事もままならず、顔面に一撃を受けてしまう。やや後ろに逸れる上体。
しかし、追撃は止まらない。がら空きになった腹に突き刺さる左ボディブロー。たまらずくの字に折れる体。もれるオーネスの呻き声。
――手ごたえあり!
最初のアッパーが外れたのはやや想定外ではあったものの、その後の第二、第三の刃はしっかりとオーネスを捉えた。攻撃に関する動きは新人にしては悪くなかったが、まだまだ経験が足りない。試験時間は30分ではあるが、相手を戦闘不能に追い込む事は禁止されていない。
いきなり段階を上げ過ぎてしまったか、と思わないでもない試験官であったが、これも試験。実力が伴わないまま、冒険者稼業を始め、その若い命を落とすよりはよほどよい、と考える。
先程の様子であれば、今後、何度か挑めば直に冒険者になれるだろう。
――まぁ、試験は今回が初、との事だし、今回は運が悪かったと思いたまえ
左腕を引き、一瞬の溜め。そして、オーネスの顔面に渾身の右アップ―カットを放つ。
――む、何か違和感が?
しかし、試験官の一撃が当たればそれで試験終了。新人に対して、そこまで過敏になるほどでもない、と、そのまま振り抜こうとする。
が、彼の拳がオーネスに届く事はなかった。
「っ!」
直後、試験官の左腹を襲う一撃。今度は試験官が呻き声を上げる事になる。振られた木剣は試験官の腹を撃った後も尚、その軌跡を止めない。ついには、試験官を弾き飛ばす。
「かはっ」
地面に叩きつけられる試験官。思わず息が漏れる。
「けほっ。流石は冒険者。お見事です。ですけど、所詮は冒険者ですらないひよっこと油断しましたね?」
口を拭いながら試験官を見つめるオーネス。
――なるほど、違和感はそういう事だったのか
彼はオーネスの腹に拳を叩き込んでいた時点でオーネスが戦闘不能になったと考えていた。拳が腹にめり込んだ後に、すぐさま反撃には移らなかったからだ。
しかし、彼が拳を引いた時、オーネスは身体を前に崩さなかった。つまり、少なくとも意識はしっかりしていたという事である。
彼自身、見ている限り、消耗している様子もない。そんな相手に決着を決めるような一撃を無防備に打ち込めば手痛い反撃を受けて当然というもの。
――そんな単純な事を見落とすとは、確かに彼が言う通り、見くびりすぎていたかもしれないな
立ち上がり、オーネスを見つめる。しかし、その口元は半円状に歪んでいる。
「なるほど。これは失礼した。ならば、この不肖、ヤーテム。オーネス君、君を冒険者を目指す少年としてではなく、一人の冒険者と見做した上で試験に当たらせてもらうとしよう。憤っ!」
試験官、改めヤーテムが気合を入れると、周囲の空気が変わったような錯覚に陥る。明らかに直前までとはオーネスに対する圧迫感が違う。その様子に、父の姿を思い起こし、知らず、その口角を上げるのを止める事はできなかった。
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