017_キミとボクなら

 季節は一つ移ろう。


「そいつの扱いは大丈夫そうだな」


 とある日の修行中。フェイスから告げられた言葉。あまりに何でもない事のように言われるものだから、え、と聞き返してしまった。


「もう、そいつの扱いで教える事はないだろ。サバイバル技術に関しても基本はきっちり叩き込んだから、後は実戦ってところだな」


 父から一本取った、これで冒険者になれる。そう思ったのは嘘ではないし、その喜びは今でも己の内にある。それでも、あまりに今まで通りだったものだから、まだ何かあるのではないか、とつい口をついてしまった。


「うん。で、他に知っておくべき事ってある?」


「いや、ホントにもう基本は叩き込んだなぁ」


 ――そっか。父さんとの修行はこれで終わりなんだ


 分かっていた事だ。自分で決めた事だ。自分でそうありたいと望んだ事だ。


 それでも、どうしても、もう自分がここにはいられなくなる時期が来たのだ、と思えば寂寥感が身を包む。少ししんみりしていると、フェイスが今思いついたような口ぶりで告げる。


「あぁ、だけど、せっかくだ。父の強さ、たっぷりと経験していけ」


 いきなり間合いを詰めるとオーネスの体勢が整わないのもお構いなしに打ち込み始める。一切の手加減のない打ち込みだ。しかも、本当にこのまま決めてしまうつもりらしい。様子見もせずに、連続して打ち込み続けてくる。あまりの唐突な展開についていけず、これは酷い、と不平を言うオーネス。それに対し、フェイスは、馬鹿、冒険者やってりゃ不意打ちなんて当たり前だ、今の内に慣れとけ、と全く聞く気はない模様。


 結局、オーネスは体勢を整えられないまま7,8合を数える頃には捌ききれずに地面に背を付けてしまう事になる。


「そら、こんなもんだ」


 フェイスとしてもじゃれ合いのつもりだったのだろう。いつぞやのような表情ではなく、笑顔を浮かべながら手を差し伸べてくる。こんなもんだ、じゃないでしょ、再度不平を言いながらも手を取るオーネス。立ち上がったオーネスをじっと見つめるフェイス。不思議に思い、どうしたのか、と聞こうとした。


「本当に今までよく頑張った。前も言ったがお前なら大丈夫だ。なんたって俺の息子だ。次、帰ってくる時はでっかくなって帰って来い」


 その言葉にオーネスは、うん、とだけ答える。オーネス自身、言葉を重ねようと思えば色々ある。けれど、言うのはまだ早い、そう感じた。だから、それ以上は何も言わない。


「じゃあ、帰るか」


 フェイスの言葉に、再び、頷くのみであった。




「うん、読み書き、計算に関してはこれだけできれば大丈夫でしょう。まだ薬とかの知識に関しては不安もあるけど、これからの勉強で十分ね」


 レクティと共に勉学に励みだしてから少しした頃、母から告げられた。


 最初は嫌々始めていた勉学。しかし、やってみると意外と面白い事もあった。何より、隣で楽しそうにしていたレクティがいたおかげで、負けてられないと思った。なんだかんだ言いつつも当初考えていたよりはずっと充実した時間になったのは嬉しい誤算だ。


 シンシアにしても彼女は当初、冒険者になる事を反対していた。今まで教えていた知識をあえて隠しておき、試験に落ちるように仕向ける、といった事だってできなくはなかったはずだ。けれど、シンシアはしなかった。そこには葛藤があったのだろう。そんな事はオーネスとて分かっている。


 だから、伝える言の葉は一つ。


「母さん、今までありがとう」


「子供が頑張りたいって言って、協力するって決めたのならどこまでも協力するのが親ってものよ」


 さも、当然、というように返すシンシア。


 ――やっぱり、母さん、なんだかんだ言って優しいな


「あと、父さんの方からも、もう教える事はない、って言われた」


「っ、そう。そうすると、次のファーメイション行きの行商の人に頼んで荷台に乗せてもらう、って感じになるのかしらね。次、来るのは3日後、だったかしら」


 ファーメイション――

 この辺りで一番大きな都市でシーリン村から一番近い冒険者ギルドがある都市でもある。冒険者になる事をフェイスに許可された辺りからまずはここに行け、という事で提案は受けていた。


「そういえば、ちゃんtの魔物使役許可証の申請はしたの?」


「あっ」


「街中で魔物を連れ歩けない事は教えてたでしょう?」


 確かにそのような記述は冒険者をする上で知っておくべき事として、列挙されていた。特にこの手の特殊な許可証は申請から審査、受理まで多少の時間がかかるもの。完全に自分の落ち度ではあるのだが、準備にもう少し時間がかかってしまいそうな事に少し気落ちしてしまうオーネス。


「本当にいつまでも仕方のない子ね」


 ため息をこぼし、棚の方へ歩を進めるシンシア。然程、棚を探すこともなく取り出したのは一枚の質がよさそうな紙。それをオーネスに手渡す。


「フリートを連れていくのならこれがないと、でしょう?」


 オーネスが申請していない、許可証がここにあるという事は前もって母が処理していてくれたという事だ。反対していたはずなのにという思いが頭を巡る。

 

 つい、なんで、と聞いてしまう。そんなオーネスの問いに、再びため息をつきながら苦笑するシンシア。


「だから言ってるでしょ。親ってのは子供の事は全力で応援するものなの」


 優しく浸み込んでくるその言葉に俯くオーネス。


「ありがとう。僕、頑張ってくるから。絶対、冒険者になってくるから」


 そう言ったオーネスの頭をひとしきり撫でると、シンシアは奥に戻っていく。そんな二人の様子を見ていたのだろう。オーネスの服の裾を引っ張る人物が一人。レクティである。


「お兄ちゃん、村からいなくなっちゃうの?」


「うん、近いうちに村を出るよ」


「もう帰ってこないの?」


「たまには帰ってくるけど、よく、は帰ってこないかな?」


 前々から話はしていたが、いざ、その時が近づいてきて寂しいのだろう。俯いてしまうレクティ。いつか来ることであるから、と言いながら頭を撫でていると、何か思い立ったらしく、ちょっと待ってて、と言うと物置から何かを持ってきた。


「はい、これ。お母さんと一緒に作ったの」


「勝手に渡しても良かったのか?」


「いいの! お母さん、レクティから渡してあげて、って言ってたもん」


 少し茶化しながら受け取ると、それは携帯用の道具袋であった。


 小ぶりで肩からかけられる位の大きさ。これならば戦闘中に背負っていても問題にはならなさそうだ。少し引っ張ってみるても、びくともしない。かなり丈夫な布で作っているようだ。乱雑に扱うつもりはないが、多少無茶をしても大丈夫そうだ。


「ありがとう、レクティ」


「うん! あ、フリートにもあるよ」


 フリートの方に向くと、オーネスのものと似た道具袋を渡されている。


 ただ、自分のものとは微妙に違うらしく、これから大きくなってもいいようにベルト部分がオーネスのものよりも長くできるようになっているとの事だ。


「わぁ、レクティありがとう!」


 オーネスは家族から多くのものを受け取った。フェイスからは技能や武器を、シンシアからは知識を、レクティからは真心が込められた贈り物を。それらを携え、村を出る。


 ――みんなありがとう


 フリートとレクティがはしゃいでいる声を聞きながら、家族の想いを実感し、何度目か分からない感謝せずにはいられなかった。




 3日はあっという間に過ぎる。ついに訪れるオーネスが旅立つ当日。


「オーネス、フリート、そろそろ広場に荷車が来るわよ」


「はーい」


 オーネスを呼ぶシンシアの声。


 ――いよいよ出発か


 ユキザクラを布に包む。レクティから貰った携帯用の道具袋と移動時に使う為にと父から譲ってもらった大き目の鞄を取り出す。鞄を開くと携帯食料、魔物使役許可証、着替え、ナイフなど必要なものは入っている。


 まぁ、前日にシンシアにもう勘弁して、と音を上げるまで確認をさせられていたので心配はしていなかったのだが、念のためだ。


 紺色のジャケットを羽織り、ネックレスのように加工した昔から大切にしている蒼石を首にかけると、改めて家の中を見回す。


 他に必要なものがなかったろうか、最初はそんな気持ちで見回すが、次第に込み上げてくるものがある。ここ数日では何度感じたか分からない寂寥感が胸に込み上げてきそうになるが、あいにく今回はそこまで時間があるわけでもない。


 もう一度だけ、家の中をぐるり、と見回し、一度だけ礼をしてくるり、と踵を返す。


「いってきます」


 すでに家族は外に出ている。だからこの言葉は誰に向けたものでもない。それでもオーネスはその言葉を口にしたかった。




 広場に向かうと村中の人が集まっていた。特に訓練で一緒になった人が多いように見える。まだ荷車は来ていないようだ。最後に挨拶しておこうと思えば、向こうから気が付いたらしい。何名かがオーネスのところに来た。


「頑張れよ」


「土産期待してるぞ」


「この村から冒険者が出るってのもなんだか感慨深いな」


「落ちてすぐに帰ってくるなんてみっともない事するなよ」


 好き勝手言ってくれるものだから、訓練はどうしたんですか、と軽口を叩く。すると、生意気言いやがって、なんて口にしながら頭をガシガシと撫で回される。ちょっと止めてくださいよ、笑いながらじゃれ合っていると、目の前に来る人が一人。


 シンシアが流行り病に倒れた時に世話になった薬屋の店主であった。


「いやぁ、まさか、あの時は向こう見ずなだけの子供だと思ってたのに、今や冒険者になるんだ、なんて言って村の外に出るとはね。恐れ入ったよ」


「あの時はお世話になりました」


「いや、おかげで僕も勉強しなくちゃ、と思えたからいい経験にだったよ」


 昔を思い出しながら話していると、目の前に差し出されるものがひとつ。


「これは僕からの餞別だ。これからの門出を祝ってね」


 受け取ったのはは簡易的な医療器具一式。よく使うような気付け薬や痛み止めだけでなく、消毒液や包帯なども入っていた。街についてから用意しておかなくては、と思っていただけここで譲ってもらえるのは純粋にありがたい。


「ありがとうございます」


「街の物より質がよかったら宣伝しておいてくれよ」


 たくましい返しに苦笑いしながら、はい、と返す。


 オーネスはフリートをそっちのけで話をしている事に気付いて、フリートの方も見やる。どうやら、あちらもあちらで談笑しているようだ。オーネスが訓練漬けの日々を送る中で村の仕事に混じっていたため色々とあったのだろう。


 ついでにフリートも色々と餞別も貰っているようだ。フリートが肩にかけていた道具鞄の中に色々と詰められているのが見えた。


 そこから少し視線を外せばこちらをちらちらと見ている人影が一つ。ノーティスであった。周りの人らに断りを入れて向かう。ノーティスはオーネスが向ってくる事に気が付いて少し慌てているようだ。その様子が少し可笑しく思えた。


 ――今まであれだけこちらの事情を考えずに勝負を吹っ掛けてきたくせに


 そんな事を思えば、自然と口角が上がる。


「来てくれたんだね」


「お、おう」


「この間はありがとう。おかげで色々吹っ切れたよ」


 ――あの時は状況的に少し言う訳にはいかなかったけれども、こうやってきちんと言葉にできてよかった


 きちんと礼を言えたことに満足し、じゃ、と言ってその場を去ろうとする。


「ちょっと待ってくれ」


 何か言いたい事があるのだろうか、と思い言葉を待っていると、ノーティスは少し恥ずかしそうに自らの胸の内を吐露し始める。


「あのさ、この間、気が付いたんだけど、俺、ずっとお前に憧れてたよ」


「憧れ?」


「あぁ、お前は俺が冒険者を目指す、っていう目標持って、ずっと前から大人に混じって頑張ってただろ? だから、心のどっかで尊敬してて……。今だから言うとさ、前にこっぴどくやられた時も負けても仕方ないかな、なんて思ってたんだ」


 オーネスはノーティスがそんな風に自分を見ていたなんて露ほども思っていなかった。ただただ、疎ましく感じているのだとばかり思っていた。


「でもやっぱり、俺も男だしさ、俺よりもずっと強いお前の事を憎たらしく……ん、違うな」


 言葉に詰まり少し考え込んでいるようだったが、すぐに得心いったような顔をして言葉を続ける。


「うん、そうだ。うらやましかったんだ」


「うらやましい?」


「あぁ。お前みたいになりたかった。自分の目標に一直線で、それを気にして、応援してくれる人たちが周りに集まってくる、そんなお前みたいな男になりたかった。だから、なんだろうな。俺だってお前に勝てるんだぞ、って、言えるようになりたかった。お前に馬鹿にされた理由だって立派ま理由なんだ、って言いたかった。認めて欲しかったんだ。まぁ、そこは最後までできずじまいだったがな」


 まとまらない言葉を紡ぎながら、少し、自嘲するように笑うノーティス。ただ、ひとしきり笑うと視線をはっきりと向けてくる。


「はぁ、すっきりした。オーネス、お前この俺に勝ったんだから無様に落ちて帰ってくるんじゃないぞ」


 肩をたたき、笑顔を向けてくる。話を終わらせようとしている。少しすればそのままこの場から去ってしまうだろう。それを少し惜しいと感じた。


 だから、ちょっと待って、と呼び止めた。


「まず、さ。色々繰り返しになっちゃうんだけど、ありがとう。君のおかげで大切な事を学んだよ。昔、オーティスと戦った時はさ、確かに自分のほうが上等な理由だ、なんて思ってた」


 それはオーネスの勘違い。


「でも違ったんだ。理由に上も下もないよ。ノーティスは自分の理由を認めてほしい、って言ってたけど、少なくともこの間、戦った時に見せたノーティスの気持ちは間違いなく本物だったよ。気持ちが本物ならその理由は間違いなく立派なものだ」


 その事を他でもないノーティスの姿から教わった。


「だから、胸を張ってほしい。少なくともノーティスは憧れていた奴の考えを少しだけかえたんだ」


 見ると、ノーティスは俯いて身体を震わせている。そして、震えていながらも嬉しそうに、頑張ってくれ、お前の活躍、楽しみにしてる、という言葉を送る。オーネスはノーティスの手を両手で握ると、あぁ、と答え、その場を後にした。



「オーネス」


 再び輪に戻ろうとしていると声をかけられた。プリムである。


 流石に告白を断った以上、少し気まずいな、なんて思っていると、ずんずんと歩いてくる。


「傷ついた」


「……」


 妹分にいきなり言われると、流石に辛いものがある。


「だけど、そんな事言ってて見送りに来なきゃ、あのままお別れってなった方が、もっと後悔すると思ったから」


 一度、深呼吸をするプリム。


「昔、花畑で助けてもらってから気になってた。冒険者になりたいって努力するあなたを好きになった。今でも好きだけど。いつかこの人の傍にいられたらな、ってそう思った」


「……」


「前から聞いていたことだったけど、これから私達は別々の場所で過ごしていく。特にオーネスは村の外に出て、色んな人と会うんだろうし、一緒にられないなら、せめて心だけでも一緒にいなくちゃって、そう思った。だけど、オーネスにはそれはダメだって言われた」


 オーネスは一言も発さず、ただ、その独白に耳を傾ける。


「もしかしたら、そんな未来もあるのかもしれないけど、そんな未来は……認めたくないけど、諦めたくないんだけど、来ないのかなって。そう思っちゃったんだ」


 一瞬だけ、声を詰まらせたような間。


「っだから……だからね。せめて、オーネスが私の告白断らなければよかったって。自分はこんないい女を振っちゃったのか、って思わせてやろうって。後悔させてやろうって。そんな

いい女に、なってやる、んだから。その時になって、オーネスから。告白、してきても、遅いんだからね!」


 言いながらオーネスの眉間を指差してくるプリム。その目には涙が浮かんでいる。まだ、整理しきれていない感情があって、そのまま時間が過ぎるのを待った方がきっと楽だったのだのだろう。


 だけど、辛い思いをしながらも声をかけてきてくれた。そして、気にするな、と言わんばかりの言葉で背を押してくれたのだろう。その姿がとても魅力的で、その言葉をかけてくれたのがなんだか嬉しくて。


「うん、きっと、僕を悔しがらせてくれ」


 目じりを下げながら穏やかに、告げる。これ以上、オーネスに言える事はない。その場を後にしようとする。


 小さく、頑張ってね、という声が耳に入る。


 だから、その言葉に、ありがとう、とだけ答え、今度こそその場を後にする。


 オーネスのいなくなったその場に残る少女の泣き声は草木だけが聞いていた。




 もとの場所に戻れば行商人の荷台の物はすっかり少なくなっていた。現在は村長が行商の人に交渉をしているようだ。あまり時間は残っていない。


 家族のもとに向かう。フリートもすでに家族の傍にいた。


「じゃあ、そろそろ」


 声をかける。すると、体に気を付けてくれ、だとか、便りを出してくれだとか言いながら、涙ながらに二人を抱きしめるシンシア。うん、頑張ってくるね、と返答し、抱きしめ返す。ひとしきり抱きしめたシンシアは二人を見る。


「頑張ってきなさい、だけどこれだけは覚えておいてね」


 その顔にいつものように安心させてくれる笑顔を浮かべ――。


「あなた達が無事であるだけで私は幸せよ。だから、気を付けてね」


「うん、ありがとう」


 ふと母の後ろにいた父と目が合う。父は何も言わず笑顔で頷く。それが父の言葉なのだろう。オーネスもうなずき返す。


「母さん、そろそろ」


「ほら、シンシア、二人が出れないだろう」


「えぇ、そうね」


 母の抱擁が止めたかと思えば、脚にも違和感。レクティがオーネスの脚にしがみついているようだ。


「レクティ」


 穏やかに声をかけ、彼女の両脇に腕を通し抱き上げる。彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。


「沢山、土産話を持って帰ってくるから、いい子にしてるんだぞ。あと、勉強頑張ってな。兄ちゃんもレクティからの話、楽しみにしてるから」


 オーネスがぎゅっと抱きしめると、レクティも抱きしめ返す。ひとしきり撫でるとシンシアに渡す。


「じゃ、行ってくるね」


「えぇ」

「行ってこい」


 両親のエールを背にオーネスとフリートは荷台に乗り込む。出て大丈夫か、と行商人に声をかけられる。


「お願いします」


 ゆっくりと進み出す荷車。


 次第に広場が遠のく。6年前に冒険者に憧れてから色々あった。


 フリートに会った。


 母の為に薬草採取をするべく無茶をした。


 訓練に参加した。


 プリムに会って、ノーティスから学んだ。


 そして、今、憧れた冒険者になるための道を行く。


 自分が生まれ、育まれた地が遠のく。その光景にとある一言を無性に叫びたい気持ちに駆られた。


 どうしようかと考えていると、横から、つんつん、と腕と突かれる。


 見ればフリートが少し口角を上げながら、村を指している。一度、頷くとどちらともなく立ち上がり、大きく息を吸い込む。


「「いってきます!」」


 今まで自分を育んでくれた村に人に家族に向けて、あらん限りの声をふり絞って声を響かせる。


 その声が村の皆に届けばいいと思う。感謝が届けばいいと思う。決意が届けばいいと思う。そう思いながら発した二人の声は風に流され消えていくのだった。





 次第に村は見えなくなる。どちらから示し合わせるでもなく座り込むと、鞄の中身を確認し始める。見れば色々と詰められている。いつの間に、なんて思いながら見ていると、手作りのものが多い事が分かる。


 ――皆、こんなに応援してくれてたんだ


 思いもよらぬ村の人々からの厚意に嬉しく思う。しかし、それだけに皆の期待に応えられるのだろうか、ほんの少しだけ不安になる。


「うまくできるかな?」


 ポツリと彼の口から紡がれた言葉。別に言葉にするつもりはなかったが、つい漏れてしまった言葉。


「やれるさ、ボクとオーネスなら」


 誰に言ったわけでもない。誰かに聞こえるような声量ではなかったはずである。


 しかし、フリートはその言葉に応える。オーネスは一瞬だけ目を丸くすると、すぐに口に笑みを浮かべ、そうだな、と言いながら肩を組み出す。


 いきなりどうしたのさ、なんて声を上げてられるが気にならない。


 ――そうだ、僕は一人じゃない。フリートが一緒にいる。


 確かにオーネス一人ではできない事もたくさんあるだろう。しかし、彼には昔から助け、助けられたフリートがいる。


 ――今までも二人で乗り越えてきた。だったら、これからも二人で乗り越えていくだけだ。だから、何も心配することはないさ


 フリートの言葉に奮い立ち、先程、感じていたちっぽけな不安など吹き飛んでしまったオーネスは冒険者になるべく赴く事になる次なる地、ファーメイションへ思いを馳せるのであった。

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