016_僕の想いと君の想い
「今回で最後にする。だから、頼む」
「分かった。場所はどうする?」
「訓練場で」
二人は会話もなく訓練場までの道を黙々と歩く。オーネスとしては特に必要もなかったので、そのまま歩を進めていたのだが、隣ではぶつぶつと言っているのが聞こえる。
どうやら、勝負に際して気合を入れているようだ。
対してオーネスはノーティスの真剣な表情に了解の意を示しはしたものの、別に気合を入れるほどの事だと考えていない。
ただ、2年前、ノーティスと勝負をした後にフリートからの問いに対する答えはまだ見い出せていない。そんな気持ちのまま、彼との勝負を最後にしてもよいのだろうか、と心に引っかかるものを感じてはいた。
思い悩んでいても足は動く。然程の時間もかからずに二人は目的の場所へ到着する。
どちらから何を言うでもなく、訓練場の倉庫へ木剣を取りに行く。オーネスは勝負に使うための木剣ともう一本の木剣を持つとノーティスを待たず、立ち合い稽古用の場所まで赴く。すぐに来るかと思っていたノーティスであったが、来たのは5分ほどしてからであった。
あれだけ真剣に頼んできたのだから、そういう事もあるか、と気にしない事にしてノーティスに声をかける。
「ルールを決めたいんだけどいい?」
オーネスが提示したルールは大きく三つ。
一、勝負は一本
二、お互いの体のどこでも良いので木剣にて有効な一撃を与えた方の勝ち
三、有効な一撃であったもほぼ同時にお互いの攻撃が当たった場合は無効
「これでいい?」
「いや、俺の都合で悪いんだが、一つ目の勝負は一本ってのは取り下げてもらえないか?」
なぜ、とも思うオーネスであったが、ノーティスの表情を見る。彼なりに思うところがあるのだろう、に一本勝負というのは取りやめる事にした。
「分かった、ただし、いつまでもやっている訳にはいかないから時間は区切らせて欲しい。そうだな……日が落ちて互いの姿がよく見えなくなるまででどう? これなら一時間かからないくらいかなと思うんだ」
「それでいい」
「後、一撃当てたら、その度に仕切り直しさせてもらうけど、いい?」
「分かった」
「じゃあ、合図はこれで」
そう言って、倉庫から持ってきた木剣を取り出す。先程、追加で持ってきていた木剣だ。
「これを投げるから、地面に着いたタイミングが合図だ」
「分かった」
オーネスが木剣を投げる。木剣は緩い放物線を描きながら、二人の中央付近に向かう。オーネスとしては、それほど緊張すべきものではなかったが、ノーティスのちらりを見てみれば息をやや荒くしていた。
――せめて全力でやろう
流石に身体強化魔法は使えないが、自分の技術でできる範囲で全力を尽くそうと決め、木剣が地面に落ちるのを待つ。そして――。
「やああああぁぁぁぁぁ!」
木剣が地面に着くのと同時、ノーティスが大上段に構えながら突っ込む。ノーティスにとっては全力の突撃なのであろう。
しかし、フェイスやフリートといった面々と日頃から手合わせをしているオーネスにとっては酷くゆっくりしたものでしかない。ノーティスの突撃とは明らかに異なる鋭い踏み込みを以て、ノーティスに接近。次の瞬間には、ノーティスの懐に姿を現すオーネス。いきなりの事に反応もできないままでいるノーティスを余所にそのまま左薙を叩き込む。
「がっ」
呻き声とともに倒れるノーティス。いつもの稽古で推奨される寸止めではなく、きちんと有効打として当てた。
普段の立ち合い稽古のみをしていたのであれば、痛みに対する訓練はしていないため、とてもではないが耐えられないだろう。ノーティスのせき込む声も聞こえる。
実力差は明白。これ以上やっても仕方がないだろうと思い、これで止めにするか、と尋ねようとする。
「次!」
オーネスにとって予想外な事によろめきながらもノーティスは立ち上がり、次を要求してきた。最初に一本勝負にしない、と言った以上、仕方がない。木剣を回収し、開始位置に戻る。
いくぞ、と声をかけ、再度、投げる。
地面に木剣が落ちる。先程とは打って変わってじわじわと距離をつめるノーティス。一瞬、前屈姿勢になる。
――来るか?
前に歩を進めたかと思うと、すぐさま右に方向を変え、視界からの離脱を測る。
――けど、遅い
その加速ではオーネスの視界から抜けるには遅すぎる。視界の端まで行く事もできずに、すぐに捕捉されてしまう。
それでも、視界の外へ抜けようと右へ右へと走り続けるノーティス。しばらく、続けてはいたが、全く自身から視線が外れないオーネスの様子に無理を悟ったのだろう。オーネスを中心にして円を描くように周りながらじわじわと距離を詰める。
が、オーネスの間合いは通常時でもノーティスのそれより大股一歩分は遠い。ノーティスがまだだ、と思っていた距離をでも一瞬で詰め、今度は肩を打ち据えられる。
「ぐっ」
衝撃に思わず木剣を落とし、肩を抑えて膝をつく。
流石にもう勝てない事を悟っただろう、オーネスはそう考えていた。しかし、ノーティスは木剣を拾い、再び立ち上がる。
「次だ!」
その声に促されるままオーネスは再び木剣を投げ合図を出す。いつもであれば、ノーティスは始めの一回で終わっていたはずだ。
しかし、今日は違った。
その後も幾度となくノーティスはオーネスに挑みかかる。その度、大きな実力差を前に打ち伏せられる。腹、肩、脚、腕、甲、胸、同じ個所を打ったのも一度や二度ではない。それでも今日のノーティスは倒れなかった。もしかして、ノーティスは回数を重ねる度に成長しているのか、そうも考えた。
しかし、それも感じられない。何度打ち込んでも、打った時の感触は変わらない。少なくとも打点をずらしてダメージを抑えているだとか、試合の中でコツを掴んで、技術が向上したといった事はありえない。しかし、倒せない。
実力では圧倒しているはずの彼を、である。
何度目になるだろうか、咆哮を上げながら突っ込んでくるノーティスを見る。その目は幾度打ち据えられたのかも分からないにも関わらず、炎が燃え盛る音が聞こえてきそうな程、煌々と輝いていた。その目を前にオーネスは今の自分ではノーティスを全く倒せる気がしない、とちらりと思う。
なぜ、こんなに実力に差があるのに倒せないのだろうか、手を緩める事こそないが、打ち据え続けている中でオーネスは疑問に思う。
そして、彼の姿を見続けていて、ふと感じた。
――僕も父さんに挑んだ時、こんな目をしていたのかな?
その考えに思い至った時、彼の中にストンと落ちるものを感じた。
――あぁ、そういう事なんだな
オーネスは思う。彼は自分と同じなのだ、と。
しかし、オーネスはノーティスと幾度となく戦ってはいたが、対等な存在として戦っていなかったように思う。
2年前、自身の中に引っかかりを覚えたノーティスとの勝負。オーネスはノーティスが冒険者を目指す理由に価値がないものだと切って捨てた。
しかし、彼は彼なりに自分の思いの為に必死に頑張っていたのだ。それは誰かと比較するものではないし、ましてや優劣を付けるようなものではない。
それにそもそも、オーネスが冒険者になりたかった理由の大本は。
――アーベルみたいになりたかったからじゃないか
確かに、誰かを助けたい、役に立ちたいという想いは嘘ではない。だが、その想いの大本は今のノーティスの想いとなんらに違いはない。ならば、そこから生まれた冒険者になりたい想いに優劣なんてない。
仮に、あの時、優劣があったとするのであれば、彼の理由をくだらないと切って捨てた自身の心こそが劣っていたのだ、と。
そう考えられるようになれば、今までなんと不義理な勝負をしてしまったのであろうか。オーネスはノーティスに申し訳なく、そして恥ずかしく思う。
それでも、オーネスの剣閃は正確にノーティスを捉える。再び倒れるノーティス。
オーネスは思う。ここで倒れるのであれば無理はして欲しくない。しかし、できる事であれば、倒れないで欲しい、と。
この未だ多くを知らぬ身が他でもない君のおかげで大切な事を知れた。その感謝をさせて欲しい。しかし、悲しいかな、今、この戦いの中でに君に伝える術はただこの剣戟をもってのみ。ならば、せめて、自身の本当の全力で君に伝えたい。
――僕は君の想いと努力を踏み越えて、その先を目指す
「――次っ!」
絞りだすような声色で続行を願うノーティス。再び、立ち位置に戻ろうとする彼に声をかける。
「ノーティス」
「?」
「君のおかげで大切な事が分かった。だから――」
「だから、次は勝ちを譲ってくれるのか?」
挑発的な言い方に対して、首を振りながら、まさか、と言う。
「次の一回は僕の本当の全力を君にぶつける」
――身体強化魔法発動
オーネスの表情が変わる。周囲の空気が少しピリついたものに変わる。それでもノーティスの表情は変わらない。
「往くよ」
何度目か分からない開始の合図。
弧を描く木剣を見ながら、オーネスは決めている。次の一回こそノーティスの全霊に自身の全霊を以て応えよう、と。
「うおおおぉぉぉぉお!」
雄たけびを上げ、迫りくるノーティス。
その構えは一回目と同じ大上段。それをしっかりと見据え、構える。
そして、今までの比ではない速度にて接近。今までの非礼対しての贖罪にもならないであろうが、と思いながら、木剣を振り放つ。
その一撃はノーティスにとって認識する事さえできなかった。例えるなら物語を読んでいたら、途中でページがなくなっており、結果だけを読まされた感覚。
近づいていたのは自分のはずだ。数瞬前までは少し離れていたオーネスが目の前にいる。
攻撃しようとしていたのは自分のはずだ。振りかぶっていた木剣は知らぬ間に剣身をなくしている。
気持ちにおいて勝っていたのは自分のはずだ。オーネスの木剣は自身の首筋にピタリと当てられている。
勝敗は明白。にも拘わらず、何も言わず、相手から目をそらさず、油断のかけらも見せず木剣を首筋に当て続けているオーネスに腰を抜かしペタリ、と尻もちをついてしまうノーティス。
そのまま仰向けに倒れてしまう。何が起きたのか分からなかった。だが、それは同時に否が応にも彼にどうしようもない事実を突き付ける。
――あぁ、俺は負けたんだ
一度、気が付いてしまえば、認めてしまえばもうダメだった。
内から込み上げるものに抗うことができず、腕で目を隠し出す。それを何も言わず、見つめるオーネス。すると、ノーティスが体中が痛いだろうに、そんな事を欠片ほども気にせず、大声で叫び出す。
「くっそ、なんでだよ。俺が冒険者になってもいいじゃないか。そんなにお前は偉いのかよ。そんなに俺はダメなのかよ。」
その独白をオーネスはただ黙って聞いている。
「なんでだよ。なんでお前の努力が報われて、俺は報われねぇんだよ。お前ばっかり皆に認められて、なんで! 俺だって頑張ったんだ。だけど、冒険者にならなきゃプリムに振り向いてもらえねぇんだ! なんでだよ、なんでだよ!」
ノーティスの哀哭をただ聞いていると、視界の端に人影が見える。ちらりと見えたその人影の頭には薄紫のリボンが見える。
ここに来るまでの姿を見られたのだろうか、付いてきたらしい。位置的にはノーティスの叫び声はおそらく聞こえている。だから。
「ノーティスが本当にやりたかった事ってプリムと、好きな子と仲良くしたかったって事じゃないの? それに、本当にプリムが冒険者になって欲しいって言ってたの?」
今までも何度か言っていた事ではあった。しかし、今回はオーネス自身がノーティスに伝えたいと思っていたからだろうか。ここ、ここに至ってようやくその言葉に耳を傾ける。
「冒険者云々は置いておいてさ、プリムに仲良くしたい、って、言ってみなよ。まずはそこからでしょ。こうやって、僕らも話さないと分からないんだしさ」
言って、そこらに転がっている木剣を回収する。じゃ、僕は戻るよ、と軽く断りを入れ、立ち去るべく出入口に足を向ける。ただ、どうしても気になったから。
「いい?ちゃんと素直な気持ちでプリムと話すんだよ?」
余計なおせっかいだとは思いつつも、つい、大声で言ってしまった。捨て台詞のような発言に少し恥ずかしくなってしまい、踵を返して出口へと向っていく。
戻り路の途中、脇を見てみると、先程と同じ場所にプリムがいるのが見えた。聞き耳を立てれば、あいつが、まさか、とか言っているのが聞こえる。
――なんだ、思った以上には意識されているみたいじゃないか
ちゃんと向き合えば、そこまで妙なこじれ方はしなくて済みそうな予感に少し足が軽くなる。その上、今までずっともやもやとしていた事に自分なりの答えが出た。その事が嬉しい。しかし――。
――今日の帰り道はやたらと一人になる事が多いなぁ
仕方がないか、と自嘲しながら進んでいると、見知った影が見える。
「お疲れ、オーネス。随分と重労働だったみたいだね」
からかうような口調で話かけながら、近づいてくるフリート。その姿に少しだけ口を緩める。
「あぁ、お前の分の仕事もやってたからな」
「そりゃ、今までのツケがあるからね。仕方ないでしょ」
ひとしきり笑い合うと、二人並びながら歩き出す。その声に少し弾んだものを感じ、オーネスを見上げる。その顔を見て、少し嬉しそうにする。
「なんだかすっきりした顔してるね」
その言葉に一瞬だけ怪訝な顔をしたが、すぐに答える。
「あぁ、あいつ……ノーティスから大事な事を教わったからね」
「そっか」
「うん」
オーネスは今日を振り返る。今日だけで二人を傷つけた。それでも、自分は大切な事を教えてもらった。あの様子であれば傷つけた二人もきっと歩き出せるだろう。
自分もいつか答えられなかったフリートの問い。きっと大切だったあの時の問い。それに対し、自分なりの答えを得た。ならば、自分もまっすぐ歩き出せる。
だから、色々あったけれど、今日はいい日だ。そう、オーネスは思い返すのであった。
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