015_旅立ちの前に

 オーネスはフェイスから刀を受け取った。それは彼が村を出る事をフェイスに認められた証。次の日からオーネスは村を出るための準備を始める事となる。


 修行のメニューにいくつかの追加事項が増えた事が大きな変化の一つだ。


 追加されたメニューの一つに刀の扱い方を学ぶ、というものが追加された。これは単純に型の確認や体捌きの修行だ。オーネスがフェイスの試験に合格してから、組手などの実戦形式のメニューは減り、使用法の指導に重点が置かれるようになる。そのため、ユキザクラを訓練場に持ち込み、すぐさま刀の扱い方の修行というのが一連の流れになっていた。


 もう一つの追加メニューががサバイバル技術の仕込みである。最初は一体、何に必要なのか、首をかしげていた。その様子はフェイスにも伝わったのだろう。注意力が散漫になっている時に釘を刺される事になる。


 ――冒険者でサバイバル技術がないやつは3日で死ぬ


 流石に誇張表現ではあろうが、元冒険者が言えば重みも違う。それからというもの、最初は不満だった技術の習得もまじめにするようになっていた。



 旅立つための準備を進めても、日々やるべき事に変わりはない。フェイスは訓練の教導に参加する必要があるし、オーネスも常と同じように訓練に参加する必要がある。


 ついでに言えば、父の言いつけ通り、村を出るまでの期限付きとはいえ、村の仕事への参加も必要だ。だが、今まで仕事の場には顔を出さなかったオーネスが急に参加するようになれば事情を知らない面々は疑問に思う。


「あれ? オーネス。お前、今日は特訓しないのか?」


「いえ、そろそろ村の仕事もしろって、父にせっつかれてしまいまして」


 この日は村の周囲に張り巡らせている柵に異常がないか、点検、問題がある場合には修復するという仕事に当たっている。野生の動物や魔物からの脅威に対する防波堤になる大事な設備だ。異常が起きている事は少ないとはいえ、手を抜けば取り返しのつかない事態になりかねないため、重要な仕事の一つである。


「はっはっは、ついにオーネスもそんな歳になったんだな。2年間逃げ続けてたけどついに逃げられなくなった訳だ」


「そう言われるとちょっと辛いですね……」


 実質、逃げていたと言われても仕方がないので、恐縮してしまう。しかし、今日の仕事の相方は背中をバンバンと叩きながら口にする。


「大丈夫、大丈夫。その分、お前んとこのフリートが頑張ってくれてるって聞いてるから。冗談だよ」


 今の反応から今まで村の仕事に参加していなかった事に関して村の住人から極端に悪感情を持たれていなさそうな事にホッとするオーネス。と、いうかそう思ってもらえる程に仕事をしてくれていあフリートに感謝である。

 とはいえ、これまで仕事をしていなかった事実に変わりはない。気を引き締め直すと点検作業を再開するのであった。




「ただいま」


 今日の仕事を終え、オーネスが家に帰ると、シンシアが机で何か書いていた。何を書いていたのか、と聞こうと傍に寄ってみる。


「おかえりなさい。もう、そんな時間なのね。食事を準備するからちょっと待ってちょうだいね」


 上手く躱されてしまったような気がしたが、そこまで気にすることではないか、と思い直し居間に目を向けるとレクティとフリートが何かしている。


「何してるんだ?」


「お勉強!」


 見ると計算の練習だとかシーリン村や国の生態、薬草の種類などの勉強をしているようだ。


 ――そういえば、母さんは冒険者ギルドの受付をしていたんだったな。その時に知った事を教えてるのかな?


 身体を動かすばかりで、こういった勉強をする事は疎かにしがちであったが、これからフリートと二人でやっていくためにはこういう事もできるようにならないといけないか、と思い少し覗いてみる。


 しかし、オーネスは仰天する事になる。なにせ、彼が見た限り、すぐには理解できない事ばかりなのだ。計算はどういう過程を辿っているのか判然としないし、図式されている薬草は全部同じものに見える。生態なんて全く頭に入ってこない。なんだ樹上生物と魔物の関係って。しかし、レクティを見てみれば、実に楽しそうにしている。


「レクティはこれ、分かるの?」


「うん!」


「すごいな。兄ちゃんはあんまり上手くできないや」


「そうなの? じゃあ。私が教えてあげるね! 何が知りたい?」


「そうだな……。じゃあ、薬草についてかな」


「薬草だと、この国でよく使われるのは――」


 兄に教える、という事では張り切って説明をし始めたレクティ。はじめの簡単なところこそ、上手く説明できており、オーネスもなんとなく分かった気分になる。


 特に薬草について、効能や群生地で分類し、関連付けて覚えるというのは、今までとにかく丸暗記、という形で詰め込みばかりであったオーネスにとって目から鱗であった。


 しかし、話が進むにつれ、レクティにも難しくなってきたのであろう、えっと、それは、と、どもる事が多くなり次第に要領を得ない説明になる。


 ――この辺りはまだ説明できるほどじゃないのか。それでも、僕が分かるように話をしようとしてて立派なもんだな


 話の内容は分からないが、どもりながらも一生懸命に説明しようとする妹をかわいい。オーネスにとってはそれだけで嬉しいのだが、 レクティにとっては上手く説明できない事がもどかしいようだ。


 そろそろ、お礼を言って切り上げた方がいいかな、と思っていると、後ろから声がかかる。


「あら、オーネスが勉強なんて珍しい」


 シンシアが後ろから兄弟の勉強の様子を覗いてきた。その様子を見て状況を察したらしい。


「レクティがオーネスに教えてくれてたのね。偉いわね。この間、勉強したばかりのところをオーネスに教えられるなんて」


 言いながら、レクティの頭を撫でる。しかし、レクティとしてはそれでも上手く説明ができない事が不満であるようだ。オーネスにどのように説明すればいいか、と相談を持ちかけている。


 ――これでひとまず収まりそうかな


「それにしても――――」


 レクティとの話がひと段落したのであろう。シンシアの視線がオーネスに向く。まずい気がする、と及び腰になってしまうオーネス。


「オーネス、あなた、村の外に出るってのに、計算だとか薬草の種類だとかも分からないの? 文字だって分かっていない訳ではないみたいだけど、これじゃあ、外で仕事なんてできないわよ?」


「いや、そこは冒険者ギルドってのがあるらしくてさ。そこで色々教えてもらおうかなー、って」


 適当な事をいって何とかごまかそうとする、が。


「冒険者ギルドはそんな勉強を教えるような事はしていないわよ。適当な事を言って、勉強を避けてないでちゃんと頭に入れておきなさい」


 ――そうだった、母さんは冒険者ギルドで働いていたんだった。仕方ない、ある程度机に向かえば、収まるでしょ


 そんな甘い事を考えていたオーネス。その明らかに面倒くさそうな態度をしているのを見たシンシアは、いいことを思いついた、とばかりに手を叩く。


「そうだわ。オーネスも準備があるから、村からはまだ出ないわよね」


「え、あ、うん」


「なら、それまでに外に出て困らない程度にはお母さんが勉強を見てあげるわね」


 断ろう、と考えるオーネスであったが、その雰囲気を察したのかすぐさまシンシア。


「断ってもいいけど、ちゃんと最低限の勉強をしていないと依頼を受ける事どころか、冒険者になる事もできないわよ」


「え?」


 初耳であった。どうやら、母が言うには、冒険者になるために必須なのは荒事に対する適正ではあるが、最低限の学も求められるというのだ。文字の読み書きは必須。また、計算に関しては必須ではないが、依頼を受けた時、諸経費を依頼料か天引きするという事もある。その時、ギルド職員が横領するとも限らない。そういった時にきちんと気付けるように修めておいた方がいいらしい。ついでに言えば、オーネスはそのレベルに到達していないだろう、と言われていた。


「それなら、文字の読み書きと計算だけ教えてくれれば……」


「それでもいいけど――――」


 文字の読み書きだけできればいいのではないか、と思ったが、そこは元ギルド職員、怖い話を知っていた。


 ある時、薬草採取の依頼を受けた冒険者。薬草の採取場所で依頼されていた薬草がどれなのかが、適当に集めて成果として納品した事があるそうだ。しかし、それでは依頼が達成されているか、されていないかなど分からない。


 仕方なく、依頼していた薬草が本当にあるのかを確認するために仕訳を依頼主が請け負う事になった。結果、仕訳の為に発生した金額をそのまま件の冒険者に請求したそうだ。まぁ、諸経費だから仕方がないと軽く考えていた冒険者であったが、仕訳のための金額はそれなりの額になり、結局、件の冒険者は仕事を受けたにも関わらず最終的な実入りはマイナスになってしまった事があるそうだ。

 

 バカだなぁ、なんて暢気に考えていたオーネスではあったが、実際、この手のミスはなりたての冒険者には多かったらしい。少なくともシンシアがギルドを辞めるまでは変わらなかった、と聞かされれば馬鹿にもできなくなる。


 一瞬の逡巡。


「お、お願いします。勉強を教えてください」


「よろしい」


 こうして、オーネスの日課に勉強が追加されたのであった。肩を落とすオーネスではあったが、今のやりとりを聞いていたレクティ。


「お兄ちゃんとお勉強できるの!?」


 と、目を輝かせながら詰め寄ってくる。母が傍らでクスクスと笑っている事を感じながら、まぁ、いいか、と思い、その日から勉学に勤しむのであった。



 実技に勉学にと冒険者になるための準備を進める日が続けていたオーネスであったが、今まで従事していなかった仕事に参加するなど、急に態度が変われば周りからも気にされるようになるというもの。とある日、参加者が尋ねてくる。


「最近、村の仕事の方にも顔を出してるみたいだけど、冒険者になるのはどうしたんだ?」


「え?」


 話していいものかと、ちら、とフェイスの方を見ると目を見ながら頷かれる。どうやら、話してしまっても良いようだ。


「それなんですけど、この間、やっと父から一本取りまして――」


「本当か!?」


「お前、フェイスさんから一本取ったのか?」


「いつ?」


「なんで言わなかった!?」


「これでオーネスも冒険者かぁ……」


「ちょ、そんなにいっぺんに言われても分かりませんよ」


 周りの参加者にも会話を聞かれていたらしく、フェイスから一本取った、と言うが早いか一瞬で取り囲まれてしまうオーネス。周りも言いたい放題である。


「で、いつ出るんだ?」


「実は出る前に色々やっておかないといけない事がありまして、今はその準備中ですね……」


「まぁ、今の調子であればあと半年ってところですかね?」


 フェイスからの返答。参加者のふとした疑問に思いもよらず、フェイスがどのくらいで刀の扱いと冒険者になるための勉強が修了するのか分かってしまった。


 課題こそ提示されていたものの、実際のところ、どの程度の期間が必要になるかは分かっていなかった。しかし、フェイスからはっきりと言われ、急に村を出る事が現実味を帯びだす。


 ――そうか、半年後には僕はここにいないのか


 そう思えば、冒険者になるための一環としての側面が強かった、この訓練にも愛着、のようなものを感じるから不思議なものだ。感傷に浸っているオーネスを余所に、周りはもう、本人そっちのけで盛り上がっているようである。


 ――なんだかんだ、色々お世話になったなぁ


 フェイスから一本とるための方法論を話し合い、そのための対策を一緒に考えた事もある。考えた対策が実現可能な動きなのか実験台になってくれた事は数知れない。自分一人では実現できなかったのだな、と思い返しているオーネスに声をかける人物が一人。


「お前、半年後には村を出るのか?」


 ノーティスである。その問いに短く、うん、と答える。そうか、とだけ返し、そのまま何か考え込んでいるようである。どうしたのだろうか、と声をかけようとしたが、再び先程のメンバーから呼ばれた。


「向こうに行くけど大丈夫?」


「あぁ」


 短いやりとりをして、再び輪の中に戻るオーネス。その姿をノーティスはぼうっと見ているのであった。



 その日の訓練後、村の仕事に顔を出す為に準備をしていると、プリムから声をかけられる。


「お疲れ様、オーネス」


「うん、今日もありがとう、プリム」


 言いながら、差し出された濡れ布を受け取る。


「この後は仕事に顔出すの?」


「そのつもり」


「そっか、なら途中まで一緒にいいかな?」


 特に断る理由もなかったので、了解の旨を伝え、二人で村に戻る。他愛もない話をしながら戻る道中。


 今日の訓練中の事もあり、こうやって二人で歩くのも後半年か、と思いながら、隣を見た。プリムはそこにいなかった。


 置いてきてしまったか、と思い、振り返れば、俯きながら立ち止まっている。どうしたのか、尋ね、近づくオーネス。


「半年後……」


 いきなり言われ、疑問符を浮かべる。


「半年後に村を出る、って。冒険者になる、って聞いた」


「うん。ようやく父さんから一本とれてね。まぁ、ホントに辛くも、って感じだったんだけど――――」


「もう、村には戻ってこないの?」


 生まれ育った村だ。家族もいるし、世話になった人も大勢いる。そんな人らともう会わないか、と問われれば答えは否。

 

 だから、戻ってこない、という事はないだろう。ただ、どのくらいの頻度になるかは分からない。


「一緒にいっちゃ、ダメ?」


「うーん、難しいんじゃないかな? 聞くと、一人村から出すだけでも結構、大変らしいし。でも、またなんで?」


「好きなの!」


「え?」


「好きなの‼」


 ――僕は告白されたのか?


 最初にオーネスの中で浮かんだ感想はそれであった。


 オーネス自身、彼女の事をかわいいとは感じていた。しかし、それは妹分としてであって、女の子としてであったか、と問われれば――申し訳ない事ではあるが――否、と言わざるを得ない。プリムを見れば、顔を俯かせながら小刻みに震えている。


 例え異性としてではなくても好ましいと感じていた少女だ。


 オーネスなりにかわいがってきたつもりである。そのため、無駄に傷つけるのは本位ではない。しかし、勇気をもって一歩踏み出してきたプリムに対して適当な事を言って、逃げるのはもっと本位ではない。故に彼の答えは――


「ごめん。そんな風に考えたことなかった」


「っ!」


 走り去るプリム。オーネスはそれを申し訳なさそうに、見つめていた。




 その日のオーネスの仕事ぶりは、自分でもどうかと思うほどに酷いものであった。物資を運搬すれば目的地を通り過ぎてしまうし、引き渡しをすれば数が足りないという事で再度、取りに戻る。そんな事が何件もあった。幸いにしてカバーができる範囲でのミスであったので、大事には至らなかったがプリムの件が後を引いているのは明らかである。今日の相方に心配されつつも何とか仕事を終えると、肩を落としながら帰宅するオーネス。


 ――今日は本当にひどかった。いくらもやもやしてるからって仕事にまでひきずっちゃダメだろ


 一度、フリートと組み手をして、頭を空にするかな、などと考えていると声をかけられる。


「よう」


 ノーティスだ。気分が沈んでいた事もあり、適当に受け流してそのまま帰るか、などと考えていると――


「勝負だ」


 正直、またか、と思い、今はそんな気分ではない、とノーティスを見ると今までのにない程に真剣な目をしていた。


「頼む、勝負してくれ」


 言って、頭を下げてくるノーティス。

 

 今まで幾度となく勝負を挑まれたが、頭を下げられた事は一度としてない。初めての態度に目を見開き、考える。


 別に彼と勝負する事には利益も不利益もない。勝負を持ち掛けられた当初、鬱憤をはらしてやろうか、と、思わない事もなかったが、先程の様子をみればそんな気持ちも失せてしまった。


 さて、どうするか、と考えていたが。


「今回で最後にする。だから、頼む」


 ここまで言われてしまっては理由なく断るのも不義理。そう感じたオーネスは、分かった、と返すのであった。

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