014_お前に託すかつての相棒

「ゼエッゼェッ」


 ――限定強化 ――身体の一部分に身体強化魔法を使う技術―― で一撃、父さんに与える事はできた。そのあと何とか避けるために、衝撃に逆らわないでそのまま跳んだけど、あの後どうなったんだ?


 限界を越えて再度、魔法を使ったからなのか、全身の感覚が曖昧なオーネス。その上、息を整えられる気配が全くしない。


 ――どの道、これがラストチャンス。ここまでやって駄目なら現状、僕にこれ以上の動きはできない。


 全てを出し切ったオーネスの耳に、コツコツ、という父が歩いてくる音が入る。近づいてきた父はオーネスを見下ろし、手を差し出してきた。


「大丈夫か? オーネス」


 差し出された手を未だ息が整わない身体で何とか握る。直後。


「合格だ」


 ――合、格?


 何を言われたのか一瞬判断がつかず呆けた表情をするオーネス。


 何せ未だに息も絶え絶え、整えることは叶わず魔力はおろか体力も底を尽きている。仮にもう一度再開したとしてもまともな動きができないと断言できる。


 対して、フェイスは少し息が上がっているように見えなくもない、その姿勢はしっかりしており、疲労困憊というにはほど遠い。少なくとも全く動けないオーネスとは異なり、オーネスに対して手を差し伸べる程度の余裕はある。


 この場面だけを見れば十人が十人、フェイスの勝ちだと思うだろう。何より、オーネスが負けていると思っている。しかし、告げられたのは合格、という二音。


 ――そうか、一撃、きちんと当てて、父さんの一撃を避けられたのか。


 そう思うと、先程、父の口から告げられた二音にじわじわと実感が湧いてくる。


 胸の内から喜びが込み上げる。未だに身体は辛い。しかし、知らず顔に笑顔が浮かぶ。父に手助けされながら、立ち上がり、父を見る。


 まだ父には遠く及びそうもない。だが、死力を尽くし、実現したくてたまらなかった夢への切符を手に入れた。 


 まだ道の半ば、目指す道はまだ先にある。それでも、今までの努力はこの時の為に積んだものだ。実を結んだ努力に喜びを表現してやりたくてたまらなかった。両手を握りしめ、未だと整わない息ながら一言。


「よしっ!」


 その後も、よし、よしと身体を震わせながら何度も何度も呟く。


「やったね、オーネス」


 いつの間にかフリートも傍に来ていたようだ。フリートはその顔に笑みを浮かべながら拳を突き出してきた。あぁ、と返し、拳を合わせる。


「お前のおかげだ。ありがとう」


 この日、オーネスは村を出て、更なる一歩を踏み出す資格を手に入れたのだった。



「それにしても――」


 ひとしきり二人で喜んでいるとフェイスから声がかかる。


「よくあんな隠し玉を用意していたな。身体強化魔法の練度を上げるくらいがせいぜいと思っていただけに驚いたぞ」


「あー。修行中とかで父さんの動きを見てたら、強化時間も僕の方が短いような気がしてたし、何か意表をつかないといけないと思って」


「なるほどな。とはいえ、さっきの技術自体は他でも応用が効くだろうな。まぁ、奇襲になるのは初対面の一回だけだと思うが」


 ――そうか、限定強化がある、って知られたら、次からは魔力切れが起きても警戒されちゃうのか


 思った以上に薄氷を踏むような勝利であった事を今更になって気づき、やっぱり温存しておくべきだったかも、なんて慌てだすオーネス。そんな息子を見て、このがむしゃらさが勝ちに繋がったんだな、と思うフェイス。


「何にしても勝ちは勝ちだ。条件も達成したし、動きも見事だった。これならきっと大丈夫だ。大手を振って冒険者稼業に乗り込め。とはいえ、今から出発するまでに色々と手続きなんかが必要だ。それには少し時間がかかるし、しばらく修行は続けるぞ。もう少し、教えやりたいこともあるしな」


「うん」


「ただし。今までよりも短い時間でやらせてもらうぞ。今まで、フリートにお前の仕事、全部回してたんだ。少しはお前も村の為に働け」


「え……」


「時間が短くなる分、今までよりもみっちりとしごいてやる。せいぜい村を出る前に怪我して、せっかくの機会を不意にするような事にならんように気をつけろよ」


 息子の成長を喜びつつもなんだかんだいって悔しかったのだろう、フェイスの顔は少しニヤけている。その様子に何とか試合ではルールの上で買ったものの、まだまだ父には敵わないな、と苦笑いするよりなかった。


 ひとまず、今日は解散だ、とフェイスに告げられ、帰り支度をするオーネス。


「そうだ。お前に渡すものがあるから、今晩ちょっと付き合ってくれ」


 渡したいものとは何だろう、と思いながらもついに父に一撃を入れたという事実はオーネスの心を浮きたたせる。浮かれる息子、一緒になって喜ぶ魔物、見守る父。三者三様の心持ちで帰途に着くのであった。


「「「ただいま」」」


 三人揃って扉をくぐると、オーネスはすぐさまシンシアに駆け寄る。フェイスにとってはどうか分からないが、オーネスにとっては激闘を制したのだ。母に話をしたくてたまらない。


「母さん、レクティ!今日、父さんに勝ったよ!」


 ぼろぼろになったオーネスと見て、随分と頑張ったのだろう、と思う。しかし、勝ったという事は息子はこれから冒険者の道を進む、という事だ。シンシアは一瞬だけ何か言いたそうな複雑そうな顔をする。それでも、シンシアは大事な息子が努力によって結果を掴んだ事が純粋に嬉しかった。


「そう、頑張ったわね。なら、今日はご馳走にしないとね。それにしても、随分、服がボロボロよ。先に身体を洗ってらっしゃいな」


 そう言って先に風呂を勧める。さっと体を清め、風呂から上がると母が食事の準備で忙しそうにしていた。


 急な事だし、ご馳走とかの準備はなくても大丈夫だよ、と言ったのだが、私がお祝いしたいの、といってレクティに手伝いを頼みながら食事の用意を進めていた。


 余談ではあるが、オーネスらと一緒に風呂から上がったフェイスがこの日の食卓を見て、ホントに今日は豪勢だな、と喜んだのも束の間、あなたは負けたのだからご馳走はなしよ、と冗談めかした顔で言われ肩を落としていた。

 もっとも、結局は俺も一緒に祝いたい、とごねたフェイスに根負けしたのか、結局、家族全員で豪華な食卓を囲む運びとなったのであった。



 食事を終え、一息ついた頃合い。シンシアは食事の片付けを終え、レクティと談笑しているようだ。そのレクティのひざ元ではフリートが抱きかかえられている。


 ――前の餅だった時ならともかく今のトカゲみたいなフリートを抱きかかえて楽しいものなのかな?


「オーネス、ちょっと来てくれ」


 益体のない事を考えているオーネスにフェイスが呼びかける。そういえば、父から渡すものがあると言われていた事を思い出すオーネス。


 今までに父から譲り受けたものははナイフ一振り、そのナイフも10歳になった際の祝いとして貰ったもので、それから何かを直接貰ったという記憶はない。


 そんな父がわざわざ時間を取って渡したいものがある、というものだ。そう思うと、途端に一体m何をもらえるのだろうか、とワクワクした気持ちが止まらなくなってくる。すぐにフェイスの傍に赴く。フェイスはフェイスの身長の半分くらいの長さの布で包まれた棒状の物を二本持っていた。


「よし。これはあんまり母さんやレクティには見られたくない物だから、少し外にでるぞ」


 そう言うと、シンシアにちょっと外に出てくる、と告げ、オーネスを伴って家を出る。


「どこに行くの?」


「最後は訓練場だな。ただ、あそこの鍵は詰め所で管理してるから、まずはそこからだな」


 フェイスと共に夜の村を歩く。夜の村を歩いたのは、以前、薬草を取りに行った時、以来だろうか。後悔は微塵もしていないが、今にして思うと、あの時は随分無茶をしたな、と思う。自分一人で突っ込むのではなく、誰かを頼るべきだった。それでも、フリートが一緒に来てくれたから、村の外にも出られたし、薬草も手に入れられた。魔物からも命からがら生き残ることができた。


 詰め所までの道を行く。行く途中、2年前、賊が村を襲った時の事を思い出す。あの時、結果的には少し怪我をした程度で済んだものの、下手をしていれば死んでいたかもしれない。その時だって、自分一人で賊と戦い始めるのではなく、大人を呼ぶだとか、せめてフリートと一緒に行動していたならば、もっと容易に事は進んだはずだ。


 ――あぁ、そうか


 オーネスは思う。自分は思った以上にフリートに頼っていたのだ、と。初めて父や母に冒険者になりたいと言った日、フリートは迷うことなく一緒についてきてくれると言った。それがどんなにありがたい事なのか。


 ――これから、あいつと一緒にもっと色々な事をしていくんだな


 ぼんやりと考えながら歩いていると、詰め所に着いたようだ。急に訪れて大丈夫か、とも思ったが、どうやら予め伝えていたらしい。つまり、全力で戦ってほしい、と言ったあの日、自分が父の試験に合格する可能性がある、と考えていてくれた、という事だ。自分ではまだまだだ、と思っていただけに、父には十分、力を付けている、と思ってもらえていた事が嬉しくてむず痒いような気持ちになる。


「よし、じゃあ、訓練所に向かうか。って、なんでちょっとそわそわしてるんだ」


「え、あ、いや。父さんから何か貰うのが珍しくて、さ」


「そんなん急に思うもんかね。まぁ、いいや。とにかく、訓練場に行くぞ」


 適当にごまかして、フェイスの後に付いていく。なんとなく、父の背中を見る。もっと幼い頃はこの背中が見上げるほどに大きかった。今は以前とは異なり見上げる程ではなくなっている。しかし、何故だろう。大きいな、と思う気持ちは以前よりも強くなっている気がする。


 それがなんとなく悔しくて、無理やり並んで歩く。


「お、なんだ。なんか話したい事でもあるのか?」


「ん、なんとなく」


「お前、さっきからなんか変だぞ」


「なんでもない」


 そんなどうでもいい話を交わす。



 いつも歩く道である。周囲が暗かろうがそこまで時間はかからず訓練場に着く。


 見上げれば満天の星空。月が煌々と輝いている。最後にこうやって空を見たのはいつだっただろうか、なんて考えていると、フェイスが明かりを灯すための準備を既に終わらせていた。言ってくれればいいのに、と思うオーネスを余所に話始めるフェイス。


「さて、まずは渡す物、ってのはこれだ」


 父が布に包んでいた棒状の物を一本こちらによこす。


「見てもいい?」


「おう」


 開けるとそこには鞘に収められている細身の剣であった。剣にしては細いな、と思いながら鞘から抜いてみると、鞘から想像できていたように細身なのは予想通りだったが、片刃の剣であった。


「これを、僕に?」


「あぁ、もう一本とどっちを渡すか考えていたんだがな。今までの戦い方見てたらそっちの方がいいだろう、と思ってな」


「でも、どうやってこんな物を……?」


「それはは父さんが冒険者時代にな――」


「え、冒険者?」


 初耳であった。その事に抗議すれば、そうだったっけか、などと呆けるフェイス。ずっとこんな調子だったのか、と思うと、母の苦労も偲ばれるというもの。父の態度にため息一つ。


 しかし、父が冒険者であったのであればアーベルとの知り合いだった事や、冒険者の試験について詳しかったことにも合点がいく。ちょっとした疑問が腹落ちすると、母の事も気になる。


「もしかして、母さんも?」


「いや、母さんは冒険者ギルドの受付をしていたんだよ」


「それでアーベルさんとかとも知り合いっぽかったのか」


「そうだな。アーベルも母さんを狙ってた時期があったんだよな。母さんは今でも美人だが、当時もそりゃギルドの中でも有名でな。父さん以外にも色んな奴が狙ってたんだが――――」


 急に両親の馴れ初め話を語られ始めた。聞いたことがない話題ではあったが、剣の話はいいのか、と思いながら聞き流す。すると、視線に気付いたのだろう。


「すまん。話が逸れた」


 自覚してもらえたようで何よりである。流石にバツが悪いのか、こほん、とわざとらしく一息つく。


「こいつの名前はユキザクラ。父さんが冒険者をしていた頃の相棒の一つだ」


 曰く――


 父の冒険者時代に使っていた刀、と呼ばれる武器で、このアトゥイテから遥か西方の国からもたらされた武器だそうだ。


 当時の父はいまほど身体強化魔法の使用に熟達しておらず、広く普及している幅の広い剣は重く使いこなせなかったため、レイピアなどの細身の刃を持つ剣を使用していた。しかし、この国ではレイピアはなどの細身の武器は突きが主体の武器であった。魔物を一撃で絶命させなければならず、厳しい戦いを強いられていたらしい。その時に突きだけでなく、斬撃もできる剣、ということで懇意にしていた鍛冶屋から紹介してもらったのがこの刀と呼ばれる武器であるらしい。


「こいつはよく出回っている剣とは違って、扱いが難しい分、切れ味は結構なもんだ。あと、細身なのから分かると思うが、剣同士の押し合いは基本的に避けなきゃいかん」


「うん」


「訓練中の木剣なんかはその辺り、乱雑に使ってもよかったと思うが、それと同じ感覚で使えば壊れてしまう可能性が高いから注意するように」


 一応、魔法で強度の補強はしているらしいが魔晶を使って修復するにも限界がある。また、この刀という武器、アトゥイテでは一般的ではない技術が多く利用されているらしく、折れてしまった場合、国内および、周辺国家での修復はほぼ不可能との事だ。仮に折れてしまった場合、新しく購入するしかない、とまで言われた。その上、購入できるかも不明ときている。


「そんな珍しいものを僕に……」


「オーネス。お前は村の外に出る、と言った。きっとこれから沢山の苦労を経験するだろう。だから、覚えておいてほしい事がある」


「え?」


「男には大事なもののために戦わないといけない時があるもんだ。そういう時には絶対に引くな。ユキザクラはその気持ちを貫くために俺が父親としてできる餞別だ」


 先程まではそれほどには感じなかった剣 ――いや、刀だったか―― を通じて感じる重み。それが増した気がする。父の祈るような言葉に。


「うん」


 オーネスにとってはそう、答えるのが精一杯だった。受け取った刀を、ぐっ、と握る。それをフェイスは見守っていたのだった。



 どれくらい時間がたっただろうか。フェイスが口を開く。


「で、だ。さっきも言った通り、刀はきちんとした動きをしなけりゃ、あっさりと壊れる。だから、きちんとそいつでの戦い方を教えてやる。そいつをきちんと使えない内は村から出さしてやらんからな、覚悟しろ」


 言うと、早速、基本からいくぞ、と言って訓練に移る。


 それは夜空の下、月明かりに照らされた二つの影は、小さな影が動かなくなるまで続けられるのであった。

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