013_よくぞここまで

 何も言わずフェイスの手から振り下ろされようとする木剣。それを見つめるオーネスは二日間の特訓を思い出す――


 それは河原での事。


「ハアッ、ハアッ」

「大体20分くらいだね」


 父との模擬戦に向け、オーネスは身体強化魔法の練度向上に明け暮れていた。今回はフリートと身体強化魔法の強化進度を最大にしながら戦闘した場合の持続可能時間を測る事に重きを置いていたため、当初の目的は達成したと言って差し支えない。


 そのため、今後、限界を迎える直前で身体強化魔法を解除するという手を取る事もできる。しかし、今回は相手も身体強化魔法を使う事ができる事が分かっている。


 戦闘に熟達しているのであれば一方的に身体強化魔法を使われても、高速で動く敵への対応もできるようになるのだろう。しかし、現時点で、フェイスと相対した場合、オーネスだけが魔法を使わないという状況になれば、一方的に不利になるのは間違いなく、フェイスが魔法を使っているかは外から見ただけでは判別がつかない。


 そのため、身体強化し続けて戦う必要がある。一方で戦闘中に魔力切れになってしまえば、その時点でほぼ確実に負けである。一番良いのは20分以内に倒しきる事。そこに全ての力を賭けるという方法もある。あるにはあるが、それだけでよいのか。

魔力切れになったときにできることがあるのではないか。


 何とか息を整え、立ち上がる。その間、約5秒。


 オーネスはこの特訓以前から体術に関して自分を追い込む様な修行を続けていた。自然、息を乱す機会は多い。そのため、魔力切れの直後の千々に乱れた思考ならともかく短時間で息を整えられるようになっていた。


 しかし、息を整えられたからと言ってすぐさま身体強化魔法を使った特訓を始める、とはいかない。仕方がないので動作の練度を高めるべく、型稽古により一つ一つの動作を丁寧に意識する。型稽古をフリートに見てもらいながらしばらく続けていると、ふと、気付いた事がある。


 魔力切れの直後こそ、激しく息が乱れるものの、短時間で型稽古をできる程度には動ける。もっとも、その動きは通常時に比べれば精彩を欠いているのは間違いないわけではあるが。


 しかし、動く事はできる。それなら最悪、相手に動けないと誤認させ、奇襲はできるはずだ。だが、魔力切れを起こした時点で対手との身体能力的な差が大きければ、単純に攻撃しただけでは容易にいなされてしまうだろう。


 では、逆にそこから防御に徹する事で魔力回復まで持たせることはできるか、といえば無理である。


 ――やっぱり、体が動くだけじゃ何にもならないかなぁ


「動きが乱れてるよ。集中して」


 考え事をしていたからか、はたまた魔力切れの影響か、雑な動きになってしまっていたらしい。フリートに注意を受ける。


 ――そういえば、僕の身体強化魔法はフリートの感覚を参考にしたんだった


「ごめん、フリート。ちょっといい?」


 動きが乱れているからと注意した人物からの質問。


「どうかした?」


「フリートって戦っている間、疲れた事ある?」


「ないわけないでしょ……」


 当然である。だよね、と返すオーネス。しかし、聞きたい事はそこではない。


「疲れた時ってどうしてる?」


「少し体を休めるかな」


「ごめん。言葉が足りなかった……。戦闘中の話ね」


「いや、戦闘中の話だよ」


 戦闘中に体を休める? どういう事だろうか。


「えっとね――――」


 そのやりとりが彼に一つのきっかけを与える。





 振り下ろされる木剣。それを見つめるオーネス。


 ――息は整った。頭は働く。体は動く。なら、アレができる。


 カッ、と目を見開く。


 これはオーネスにとって最後のチャンス。


 仮にこの一撃を凌げたとしても、もはやフェイスとまともに戦う余力ははない。ここで決めなくてはならない。


 そして――


 ビュッ!


 フェイスの木剣が振られる直前、オーネスの木剣が振るわれる。その一振りはフェイスの動きに完全に動きに合わせていたために防御に移れない。しかし、フェイスは身体強化魔法:加速を使用している。単純に振られた一振りであればその速度は比べ物にならず確実にフェイスの攻撃が先に届く。


 はずであった。


 ――馬鹿な! 身体強化魔法!?


 そう、その速度は座った体勢からオーネスの膂力のみで放たれる速度ではない。


 フェイスの予想通り、オーネスは身体強化魔法を利用していた。しかし、オーネスは直前まで魔力切れで動けなかったはずである。


 確かに魔力切れ直後に身体強化魔法を持続するのは難しい。オーネス自身、試してみたが剣を一振りする程度の時間も持たず、魔力切れに陥ってしまった。しかし、ある条件を加えれば極短時間ではあるものの、一撃放つ程度の時間、身体強化魔法を使用することができる。


 それは特訓中のフリートとのやりとり―――――


「えっとね、力を込めてると体が痛くなるじゃない? だから、一度、一部分だけに力を込めて痛みを抑えるんだよ」


「一部分だけ力を込める、ねぇ。まぁ、今のところ、身体強化魔法を使ってて体を痛めたことはないけど」


 しかし、一部分に力を入れる、という発想は魔力切れ直後に、もう一太刀、強化状態で一撃を浴びせられる技術に繋がった。


 通常、身体強化魔法は身体全体に効果を及ぼす。しかし、強化の対象を一部分に限定できれば、より少ない魔力でより長く身体強化魔法を発動する事ができる。確かに魔力切れ直後であるため得られる時間は極わずか。それでも、追加で一太刀を与えるには十分。息さえ整えることができれば魔力切れ状態の直後から身体強化魔法が使えるのである。


 この場面に至り、オーネスは虎の子の一撃を放ったのだ。


 フェイスを襲う一閃。このままではオーネスの木剣の方がわずかに速く当たる。


 ――よくぞここまで鍛え上げた。が! 残念だな、お前の一撃が当たった直後に俺の一撃も当たる。追加の一太刀は予想外だったが、まだ、俺に勝つには足りなかったな!


 ゴッ!


 フェイスの腹部に真横から当たる一撃。しかし、直後に振り下ろされたフェイスの一撃がオーネスを捉える。






 光景を予想していた。


 ガンッ


 フェイスの一撃は人に当たった手ごたえはなく、その剣身は地面を叩いていた。困惑するフェイス。


――あのタイミング、あの体勢で俺に当てつつ回避するなんて無理なはず。そもそも、あいつは魔力切れをおこしていたんだぞ!?


 しかし、事実としてこの場にはオーネスはいない。では一体どこに、フェイスが考えると激しい呼吸音が耳に入る。


 方向を見ると、倒れ、立ち上がる事すらできず、これ以上ない倉荷に息を乱しに乱しているオーネスがいた。


「ゼエッ、ゼェッ」


 見れば息を整えることなどとてもできない様子だ。


 ――そうか。だから横からだったのか。この一撃で終わらせるために。


 オーネスは自身の一撃の直後に襲い来るであろう一撃を避ける必要があった。


 しかし、彼に回避に回せる余力はとてもではないがなかった。その事はオーネス自身よく分かっていた。


 そこで行った苦肉の策。フェイスに与えた一撃の反動を利用して自身を横に飛ばし、フェイスの振り下ろしの回避に利用したのである。


 成功するかは分からなかった。フェイスに当たったのがあと、ほんの一瞬遅ければ、結果は違っていただろう。しかし、結果は見ての通りである。


 策は成り、フェイスに一撃を与えつつも自らはフェイスの一撃を回避してのけた。


 ――本当に、よくぞ……よくぞここまで考えて、鍛えたな。なら、言ってやるしかないな。


 息子の成長に感極まるものはあった。だが、今は立場としては試験官。それをおくびにも出さず、ゆっくりとオーネスに近づき、手を差し伸べる。


「大丈夫か? オーネス」

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