012_僕の知らない姿
「何を呆けた顔をしている。これが実戦であれば、お前はこれで死んでいた。心構えが足りんぞ。死力を尽くしてかかって来い」
呆けるオーネスに言い捨てるフェイス。
一瞬の出来事で何が起きたのかほどんど認識できていなかった。しかし、身体強化魔法は間に合ったらしい。思い切り殴られていたが体の痛みは少ない。これなら、次の模擬戦にもほとんど影響はないだろう。
――よかった
オーネスは思う。2日間のフリートとの組み手の効果は如実に表れており、とっさの事でも身体強化魔法を問題なく発動できた。2日前であれば、間違いなく間に合わなかったと言える。付き合い続けたフリートに感謝するオーネス。
それにしても、とフェイスに目を向ける。
――やっぱり父さんは強いな
今まで修行を付け続けてもらっていたオーネスであったが、フェイスに瞬殺された事は未だにない。まだ底は見せていなかったらしい。だが、そんな事は当たり前の事である。これから先、二人が相対していく相手は初めてである可能性が高い。つまり、相手の事は何も分からない。
そんな相手と戦い続ければ想定通りでない事など珍しい事ではなくなる。むしろ、想定通りである方が珍しいだろう。だから、これから先はつまずいた時、どう乗り越えていくのかというのが重要になるのだろう。
オーネスは再び立ち上がるとフェイスの目を見返す。
その目を見たフェイスは何も言わず、模擬戦の開始位置に戻る。再び、宣言される開始の合図。
直後、フェイスがオーネスに一撃を入れんと一瞬で近づく。振りかぶらんと構えられる木剣。先程の焼き直しである。
――大丈夫。見えてる
先程は反応どころか、認識すら許されなかった一連の動き。落ち着いて見ればどうということはない。そして、反応できるのであれば、身体強化魔法を発動させるには十分すぎる。
カァン
木剣同士がぶつかり合う乾いた音が響く。力を緩め、フェイスからぶつけられた木剣を左に捌きながら突撃による勢いを受け流し、体勢を崩させようとするオーネス。
意図を察したフェイス。すぐさま、前に移動しつつある重心を後ろに戻し、致命的に体勢が崩れるのを防ぐ。
しかし、体勢が崩せるように仕掛けたオーネスと無理やり体勢を戻したフェイス。この一瞬の攻防での話であれば、ややオーネスに優勢に働く。
フェイスに生まれた一瞬の隙。ならば、オーネスの方がわずかに早く攻撃に移れる。頭に向けて木剣を振るオーネス。が、首を傾けられるだけで避けられてしまう。
だが、気にする事はない。今の回避では明らかに加速魔法を使っていた。訓練で使っている体術による一段階上の動きをする技法――
一本目の模擬戦先程の攻防でされたような能動的な加速ではなく、フェイスに守りで仕方なく受動的な加速させた事に成果を感じるオーネス。しかし、彼に気を緩めている暇はない。
先程、彼の左にはフェイスの木剣。対して、自身は木剣を振り切ったために姿勢を右側に寄っている。
このまま、ぼーっとしてたらがら空きの腹に一撃叩き込まれる。
当たれば仕切り直し、大きく下がれば実質仕切り直し。この攻防で一度、フェイスに受動的な身体強化を引き出した。気持ちの面ではオーネスには勢いが乗っている。ならば、と、このまま戦闘を続行したいオーネス。ならば実現すべき結果は一つ。
フェイスの一閃を対してギリギリで避ける。これに尽きる。
フェイスの肩がピクリと動く。
――今だ
オーネスはかかとに力を入れ、後ろに跳ぶ。
迫る剣閃。しかし、フェイスの肩に注視していたことが功を奏した。
虚空を切り裂きながらオーネスのすぐ前を過ぎる木剣。
そのまま攻めに移ろう踏み込むオーネス。しかし、視界の右端の影は遠ざかる訳ではなかった。
まさか、と思いながらも木剣を振るのを思い止まる。
直後、襲い掛かる右側からの一撃。
フェイスはオーネスがギリギリで回避する可能性がある事を想定していた。そのため、腹部への一撃を振り切らず、途中で止めていたのだ。避けられなければそれでよし。仮に避けられれば、直後に逆に振り直し、奇襲を狙う。フェイスは二弾攻撃を狙っていたのである。
オーネスはそれを見抜けた訳ではない。それでも、何とか木剣を割り込ませる。ひとえにオーネスがフェイスを格上と断じ、何一つ油断できなかった事も大きいだろう。
しかし、攻撃を防いだとはいえ、所詮、木剣を割り込ませたに過ぎない。フェイスの一撃の勢いをを全く殺せず、勢いそのままにオーネスを吹き飛ばす。
大きく体勢を崩しながらも何とか着地する。しかし、着地する瞬間、オーネスは彼の地面を確認すべく、やや右下にを視線をずらし、フェイスから視線を外してしまった。
それの隙はフェイスにも見抜かれている。
身体強化魔法:加速を使い、オーネスの左側に駆け、たちまちの内に彼の視界の外へ滑り込む。
地面の確認を終えたオーネスが視線を先程の位置に戻しても、当然、そこにフェイスはいない。
オーネスに気づかれぬまま、再び間合いに入り込んむフェイス。獲った、と思った。
しかし、オーネスはすぐさま木剣を左手に持ち替えフェイスの方向を見ずにやや下に向けて弧を描く。二人の木剣が激突する。オーネスにとっては、あてずっぽうで振った一振りではあったものの、防御は防御。木剣がぶつかった感触がすると、すぐさま身を翻し、フェイスに体を向けると、打ち合いに持ち込む。
三合、五合、十合。
乾いた音が繰り返される。打ち合いを始めた当初こそ互いの有利不利はほぼ存在していたかったため、互角に見えた。
しかし、フェイスの方がオーネスに比べ老獪であった。最初こそ拮抗していたものの、徐々に技術の差が現れ、次第にオーネスが押されていく。
しかし、まだ決定的な差ではない。オーネスとて身体強化魔法や鷹力といった技術は習得している。それらを組み合わせ何とか食らいつく。
更に五合を数えた時、オーネスにチャンスが来た。
なかなか崩せないオーネスの対応にしびれを切らしたのか、フェイスが右薙に振らんと大きく振りかぶる。
いける、思った時にはすでに体が動いていた。
大きく振りかぶるのではなく、確実に当てられるように小さく振る。
「――ぜろ」
バキンッ!
フェイスが何か呟いたと思ったら大きな音がした。しかし、関係ないはずだとオーネスは思う。なぜなら、オーネスは木剣を振り切っている。フェイスは回避している様子がない。
当たったはずなのだ。
状況だけを見れば当たったはずなのに、オーネスには当てた手ごたえが全くなかった。
手元に視線を落とす。そこにはあるはずのものがなかった。
オーネスの持った木剣の中ほどから先の刃がそこにはなかった。視線を右に向ける。木剣の中ほどから先の刀身が転がっていた。
父が木剣の刀身を折り飛ばしたのか。しかし、どうやって。
つい直前まで打ち合いができていた。軋むような音もしていなかったため、強度的には問題がなかったはずだ。なら、なぜ、急にそんなことが起きたのか。
魔法の類ではあるだろう。しかし、フェイスが振った木剣の速度は彼が普段通りに加速魔法を使った時と同程度。さらに上の速度で振られた訳ではない。
そこまで考えて、急激な威力の増加にある一つの推測を口にする。
「まさか、身体強化魔法:威力増強?」
「どうだ?まだやるか?」
オーネスは身体強化魔法:威力増強はあくまでも自分の体そのものに対してのみ効果を発揮するものだと思っていた。オーネス自身がつかっている身体強化魔法もそのように使っているからだ。
しかし、今の出来事はオーネスに、身体強化魔法:威力増強などの魔法は身体強化と謳っているが威力を増加させる対象は別に人体に限らないのではないか、という推測を与える。
とはいえ、彼のこの模擬戦の中で彼自身の手札が増える事はない。彼ができるのは、あくまでも速度や膂力を向上させる事だ。フェイスと全く同じ土俵に立つには足りない。フェイスが目の前にいるにも関わらず、必死に対応策を思案しだすオーネス。
対していつでも一撃与えられるだろうに、あえてせず、オーネスの思案を見守るフェイス。
ここに来て、オーネスに一度も見せていなかった技術の放出。やはり、父の壁は厚い。しかし、初めて冒険者になるためのとして父に一撃加える事が提示された時のように気が遠くなるような事はない。
なぜなら、伝えていない技術を使わなければ対応できないと思わせた。それ程までに成長できている。手元の木剣こそ、その証左。
――それに何より
父が強い人である事が誇らしい。知らず緩むオーネスの口元。
――この人に師事してよかった。だからこそ、僕はこの強い人に、認めてもらって、大手を振って冒険者になるんだ。
心に灯った火が更に激しく燃え上がる。ならフェイスの問いに返す言葉は一つのみ。
「もちろん」
立ち合い位置に戻る。すると、フリートから木剣が投げられる。受け取り、しっかりと握りしめる。切っ先をフェイスに向け、構える。
二度の敗北を喫してしまったが問題ではない。今のオーネスは過去二回よりも更に気持ちには勢いがある。この勢いのまま駆け抜ける。
三度目となるフリートの開始の合図。
此度はオーネスの突撃から始まった。身体強化魔法の進度を限界まで上昇させ、左切り上げにて全力で振る。この三度の立ち合いの中で間違いなくオーネス最速の一撃。その一撃がフェイスの腹部を打たんと迫る。
しかし、その様な愚直な一撃は当然の様に受け止められる。無論、オーネスとてそんなことは百も承知。フェイスに避けられ大きな隙をさらす羽目になるよりもよほど良い。
実際、有効打にならなかったとはいえ、愚直な一撃であったはずだが回避ではなく防御を選択されている。ということはフェイスにとっても回避からの反撃をする程の余裕がなかったということでもある。
そして、フェイスの防御によって防がれてしまった、この一撃。一見、難なく受けたように見えたが予想外な事があった。
――身体強化魔法:威力増強なしでこの威力か!
そう。先程、フェイスが使った魔法と同じ魔法は使っていないにも関わらず、その速さ、力の入れ方のみでフェイスを浮かせかける。彼自身身体強化魔法を使用していたため、流石に吹き飛ぶまではいかないものの、腰は浮きかけており、とてもではないが上手く力を入れる事ができない。
好機。
反撃はない、と悟ると、すぐさま木剣を引き、そのまま頭に向けて突きを放つ。
フェイスは今だ体勢が良いとは言えない。すぐに左右、あるいは体ごと後ろへ動いて仕切り直すほどの余裕はない。であるなら、回避手段は一つ。
バッ
上体を後ろに反らし何とか突きを避ける。通常であれば、この動きは無理に無理を重ねている状況。このまま畳みかければ、オーネスが一撃決めるまで押し込める可能性は高い。
直感に従い、攻め込もうとするオーネス。しかし、彼は気付く。下方で何かが動く気配がした。
何かは分からないが攻め入るのを踏みとどまる。
直後、顔面すれすれを何かが通る。フェイスの脚だ。なんと、フェイスは無理やり反らした上体をそのまま反らし続け、地面に手をつくとその反動で下半身を跳ね上げる。その勢いを利用して蹴撃をしかけてきたのだ。
フェイスとしてもこれが成功する可能性はあまり高くないと踏んでいた。事実、あっさりと踏みとどまれて、有効打にはなっていない。
しかし、彼の目的は一呼吸置き、体勢を整える時間を稼ぐ事。一度、オーネスの勢いを殺したため、その目論見はある程度、成功したと言える。
――仕切り直しか
このまま、突っ込んでも優位は取れないと感じたオーネス。そのまま突撃はせずに、剣を構えながらじりじりと間合いを近づけたり放したりしながら隙を伺う。しかし、互いに隙を突く事ができない。
正確に言えばオーネスからはフェイスに隙のようなものがあるように見えていた。しかし、それは酷く曖昧で瞬きの後には別の場所に動いている。
隙をあえて作る事でそこに誘いこもうとしているように見える。とてもではないが危険すぎて飛び込むことはできない。
間合いの測り合いによりただただ時間が過ぎる。どのくらい時間が経ったろうか。視界の端に砂時計が写る。残り10分程度が残っているだろうか。あまり、ゆっくりとはしていられない。そう判断しようとした事に問題があった。
立ち合いの中で目の前の相手から視線と意識を外した。それはフェイスにも如実に伝わる。
気付いた時にはフェイスは剣を振る一拍前。大上段から振り下ろされる一撃。思い切り振られたそれは今までのものよりも尚速く、オーネスを襲う。
カンッ
――危なかった……
何とか振り下ろしに対し、その軌道に木剣を割り込ませ、直撃を避ける。しかし、息をつく暇は与えられない。すぐさま木剣を引くと、直後、脚から放たれる蹴り上げ。
上体をやや反らして回避するが、回避に合わせ、突きが放たれる。それを横に移動し避けた。――はずであった。
避けた先に再び放たれる突き。三度の攻撃で体勢を崩しに崩されたオーネス。溜まらず、突きをなんとか木剣の腹で受ける。少し後ずさるオーネス。
――何とか捌いた。ここである程度、体勢を整えて……
しかし、その考えはすぐに否定される。突きを放ち終わったはずのフェイスはすでに追撃の突きを放っていた。だが、先程よりは体勢が良い。先程よりは上手く受け流せる。そう考えるオーネスの耳に届く三文字。
「爆ぜろ……」
――まさかさっきの!
木剣の腹を横に構えながら後ろへ跳ぶ。しかし、避けきれず。わずかに木剣の腹に振れてしまった。しかし、フェイスにとってはそれで十分。爆発したような音と共にオーネスは勢いよく吹き飛ばされる。訓練場の壁にぶつかる程までは吹き飛ばされなかったものの、着地したときに勢いを殺すことはできず、受け身をとることもできず、地面をゴロゴロと転がる。
転がり続けているオーネスに対し、容赦のない追撃を駆けるべく間合いを詰める。
地面を転がるオーネスを再度、上段からの振り下ろしで一撃加えにかかる。
――させない!
転がる勢いを利用して跳びあがりながら何とか振り下ろしに木剣を合わせる。
それにより吹き飛ばされた勢いも何とか緩めることに成功する。
すぐさま、剣を押し合う二人。しかし、上から押し付けるフェイス、下から押し上げるオーネス。力は拮抗しているとはいえ、その位置関係から現在の趨勢はどちらかと言えばフェイスの側。
――なら、先に動いて主導権をもらう
そう断じると、押し付けられる木剣を左に流す。同時、姿勢を低くし、自身の最速を以てフェイスの視界からの離脱を図る。
そのまま押し込もうとしていた意図を外され、すぐには反応できないフェイス。しかし、左に動く事は見えていた。すぐさまそちらに視線を向ける。が、すでにオーネスはいない。
――完全に見失った!
この至近距離であるがゆえに急激な横方向への加速を以て、完全にフェイスの視界から消えてのけるオーネス。
そして、その身はすでにフェイスの左後ろ。知覚できているなら、後ろに剣を振るなどで対応が可能かもしれない。しかし、フェイスは彼を知覚できていない。
今の状況であれば確実に当てられる。身体強化魔法を維持したままその一撃を与えんと迫る――
ふらっ
ペタン。しかし、その一撃は振るわれることはなかった。
――この、タイ、ミングで……!
この大一番で痛恨のミス。ゼエゼエと乱れる息、千々に乱れる思考。立っている事はとてもできず、膝をつく。流石に一瞬では息を整えた上で体勢を立て直す事はできない。千載一遇の機会を逃す。
そう、フェイスがその視界にオーネスを捉えたのだ。
――魔力切れか
先の三度の試合のうち、一見同じように身体強化魔法を発動していた二人。しかし、実のところ、二人の運用に大きな違いがあった。
オーネスが3本目の勝負では常に身体強化魔法を使用していたのに対して、フェイスは細かく発動と停止を繰り返していた。
フェイスの方が魔法の発動タイミングを見極めながら戦う必要があるため技術難度は遥かに高い。しかし、常時使用しているよりも魔力の損耗は少なくて済む。
そして、その結果がこれである。この土壇場で練度の差がはっきりと現れたのだ。
――今のやりとり、魔力切れさえ起きていなければ確実に一撃入れられていた
しかし、今、立っているのはフェイス。もはや勝敗が着いたと考えてもよい。
多少、息が整えられたところでオーネス魔力は底をついているはずだ。もはや、身体強化魔法は使えまい。そう判断したフェイスは警戒してこそいるが、ゆっくりと近づく。
――次、模擬戦をした時は負けるかもしれないな
そんな事を考えながら。
そして、オーネスの前に立つと何も言わず、大上段に構える。振ろうとする。
数秒後にはたたきつけられるであろうその刃をオーネスはただただ見つめていた。
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