011_壁

 更に月日は流れ、2度目の春を迎える。


 オーネスの体も成長期を迎え始め、村の男達よりやや小柄ではあるものの、膂力は大人に引けを取らない程度まで向上していた。日頃の訓練の成果である。


 そのため、以前はできなかった身体強化魔法なしの押し合いをは互角に押し合う事ができなかったが、このところは押し合いも互角にこなせるようになってきた。

 加えて、持久力も向上している。おかげで、訓練の後の修行で、以前ほど、疲れずとも済むようになったのだ。


 この日も訓練で立ち合い稽古があった。稽古相手は2年前であれば、身体強化魔法をなしという状況であればようやく勝ちを得られるほどの強さであった警備隊の副隊長。


「はじめ!」


 宣言される立ち合い稽古の開始。


 しかし、開始の合図が発されても、お互い、すぐに接近するような事はしない。木剣の切っ先を向けながら、相手を中心に円を描くように動きながらじりじりと間合いを詰めていく。

 静かな立ち上がりにギャラリーも固唾を飲んで見守っている。


 どれくらい時間が経ったのであろうか、誰かの汗が頬を伝い、ポタリ地面に落ちる。


 瞬間。


 ダッ――


 先に動いたのは副隊長。彼にとってオーネスはもはや幼いと油断できる相手ではない。そのため、機先を制しておきたかった。


 今の一連の立ち上がりの結果からオーネスの視界の外に行く事で大きな有利を得るのは難しいと判断。ならば、と、地面を蹴り、一気に間合いを詰め、先制攻撃を仕掛ける。その意図は胸部に対する突き。


 突き。この攻撃は実戦においては使用には攻撃後の隙が大きくなるという特性上、使用に際して細心の注意が必要になる。しかし、これは立ち合い稽古。一度、有効だと認められる一撃さえ与えてしまえば勝負あり、なのだ。


 ならば、前方から見た場合、軌跡が線である通常の剣閃より点である突きははるかに対応しづらく、効果的である。


 加えて胸部へ一撃であれば、頭と異なり大きく動く事を強要できる。回避した直後、突きを放った側が反応するよりも早く攻撃、というのはギリギリのタイミングでの回避が要求されるため容易なことではない。

 これだけでも立ち合い稽古における有用性は高いのだが、彼には秘策も持っていた。通常の突きは一撃目で腕が伸びきるまで前に突き出す。そこから、すぐさま攻撃に移ることは容易ではない。しかし、突きを腕が伸びきるやや手前で止めるのだ。すると、仮に突きが回避されたとしても、回避されたと判断した瞬間に避けられた方向に攻撃をする余力ができる。その一撃は意識外からの奇襲となり、試合における有効だをとれる可能性は上がるはずだ。


 さらに、この動きは今まで立ち合い稽古では見せていない。少なくとも対応策の検討はされていないといって間違いない。オーネスとの対戦に備えて彼なりに用意した一撃であった。


 この一連の動きで確実に当てる。その一念を持って、飛び掛かる副隊長。対して、それを見るオーネスの視線は。


 凪いでいた――


 副隊長の突きがオーネスに当たるか当たらないかの瞬間、オーネスは後ろに下がる。まるで、磁石が反発するかのように距離を保ったまま下っていくオーネス。


 副隊長は左右の回避を予想していただけに、当初の予定と外れ、オーネスの回避につられ腕が伸ばしてゆく。

 そうすれば、自然、腕が限界まで伸びるもの。伸びきる腕、これ以上、木剣を前に突き出す事は適わない。


 直後、踏み込むオーネス。伸びきり、動く事のない、彼の木剣を潜り、懐に滑り込む。そして――


「勝負あり、ですね」


 副隊長の首筋に彼が反応できない速度で振られた一閃。当たる、と体をこわばらせる暇もない。それほどまでにきれいに動いたのだ。それに反してゆっくりと当てられた木剣。勝敗は誰の目にも明らかであった。


「参った」


 一言、己の負けを告げ、腕を下ろす副隊長。初見であるはずの策で勝利を得る事はろか出す事すらさせてもらえずに白星を奪われた事に少しばかり気落ちする副隊長。


「お前から一本取るために秘策を用意していたんだが、まさか使う事もできないとはな」


 悔しさから、つい、そんな風にぼやいてしまう。


「あ、やっぱり何か仕込んでたんですね。副隊長の意識が少し左右に散っていたから、左右への回避は危ないかなって思ったんですよね」


 その言葉にもはや何も言えなくなってしまう。本当に完敗だな、と視線を上げながら呟く副隊長。

 

 以前であれば、自分から動いていたオーネスであったが、2年の時を経て、身体面身体的な面だけではなかった。精神的な面で成長著しく、待つ、という事ができるようになった。相手の攻撃をさそい、返しで白星を上げるなど、格段に戦いに幅が増えたのだ。


 この変化は立ち合い稽古の結果にも如実に表れており、オーネスの戦績はフェイス以外ではほぼ負けなし、といえる状況であった。オーネス自身、自身の力量の向上に気が付いており、そろそろ一度、フェイスに試合を申し込むつもりでいた。


 そして、この日の結果は彼にとっても非常に満足のいくものであった。この事実は彼に決定を促す。全力を以て父に挑む、その決定を。


 その日の訓練後の修行の時間。フェイスはいつものように修行を始めようとする。


「もう副隊長相手にも身体強化魔法なしで勝つまでになったか。これは俺もうかうかしてられないな。といっても、俺も鍛えてるからまだまだ――――」


「父さん」


 言葉をさえぎるオーネス。


「3日後、僕と全力でやって欲しい」


「――お前を教えて、もう4年。ついに……か」


 オーネスが告げた言葉に少し寂しそうな表情をしながら、分かった、と答えるフェイス。


「なら、明日、明後日は修行はなし、だな」


 4年間ほとんど欠かさず取り組んでいたものがなくなる事が告げられる。そして、3日後、父にに勝利すれば彼は冒険者になるための切符を手に入れ、この村を離れる。分かっていた事、望んでいた事に違いない。しかし、そのことに一抹の寂しさを感じる。


 寂しさを拭い切ることができなかった二人。


 その日の二人の修行はなんとなく集中できずに時間だけが過ぎてしまうのであった。


 「お疲れ様、オーネス」


 プリムは今日も訓練場に来ていた。彼女は2年間、毎日にという訳ではなかったが、こうやって訓練後に労ってくれている。以前はオーネスの修行の後に来ていただけであったが、色々と世話を焼いている内に楽しくなってきたらしい。


 警備隊全員の訓練の後にも来るようになって、濡れ布を配ったり、飲み物を配ったり、村の女性陣で作ったらしい軽食を持ってきてくれるなど色々なサポートをするようになっていた。


 彼女がそういった世話をするようになってから、楽しそうな様子に興味を惹かれたのであろう次第に他の女性陣も少しずつ訓練をする者達の世話に参加するようになった。


 今では警備隊の世話役は数名になり、今までの訓練では自分たちでしなくてはならなかった道具の準備・片付けを請け負ってもらえるようになり、参加者は訓練に集中できるようになっていた。


 そんな環境を生み出すきっかけになったプリムは警備隊の中ではちょっとしたアイドル扱いである。


 そんなプリムとこうやって話す機会ももうすぐなくなるのかもしれない、と思うと、今までの事が思い起こされ感慨深いものを感じる。今までの協力い感謝の念を感じながら、二人で他愛のない話をしながら、村への道を歩いていた。ただ、ふと、明日からの予定を話しておいた方がいいか、と思い至るオーネス。


「そうだ。こう言うとと来てもらう事を前提としているみたいでちょっと嫌な感じなんだけど……」


 オーネスが話を切り出す。


「明日から訓練の後、3日間はフリートに来てもらって、そのまま二人で特訓する予定だから、今日みたいに僕を待ってなたり、迎えに来てもらったりしなくても大丈夫だよ」


「え、なんで?」


「うん。明日から訓練の後にフリートに組み手を頼もうと思ってるんだよね」


 そう言うと何か言いたそうにするものの、分かった、と答える。


「けど、訓練の後のお世話とかは大丈夫なんだよね」


「もちろん。単に入れ違いとかになるとまずいな、って思っただけだから。それに皆、プリム達が来てくれる事、楽しみにしてるから、むしろ是非来てほしいな」


 オーネスの言葉に、うん、と答えはしたものの、プリム先程までの元気はない。


 ――そうだ


 少しでも元気になって欲しいと思ったオーネスは、ちょっと待ってて、と言うと荷物の中から出したものをプリムに差し出す。


 差し出したものは彼がいつか渡そうと思っていた薄紫のリボン。思いがけないオーネスからの品に目を見開くプリム。


「いいの?」


「うん。いつもお世話になってるからそのお礼」


「ありがとう!」


 ――やっぱりプリムは笑ってる方がいいよね


 元気になったプリムに安心感を覚えながら二人は分かれ道まで他愛のない話を続けるのだった。



 その夜。フリートを呼びかける。


「フリート、3日後、父さんと全力で試合する。だから、明日から訓練の後、付き合ってほしい」


 その要望に、二もなく頷くフリート。父に期限を言い渡されてから4年。期限までまだ時間こそあるが、約束の時間が次第に迫る。それはオーネスにじわじわと高揚感、興奮、そして、ほんの少しの寂寥感をもたらす。落ち着かない気持ちに包まれながらオーネスは床に就くのであった。



 翌日。訓練が終わるとオーネスは帰り支度をしていた。いつもであれば、そのまま修行を始めていたが、常とは異なる作業に疑問に思ったノーティス。


「あれ?珍しいなお前、今日は訓練後、何もしないのか?」


「うん。ちょっと、別の事をね」


 そんな話をしていると、声をかけられる。


「オーネス、お疲れ。じゃあ、行こうか」


 フリートである。


「ごめんな、フリート。仕事抜け出すの大変だったんじゃないか?」


「まぁ、その分、終わったらオーネスに手伝ってもらうよ」


 にやりと笑うフリート。今まで僕の分もしてもらってた以上仕方ない、なんて二人で笑い合いながら訓練場を後に河原に向かう。


 河原に着いた二人は特訓を始める。目的は二つ。


 一つは身体強化魔法の練度向上。

 すでに訓練の立ち合い稽古では身体強化魔法を必要としていないオーネス。しかし、いかに身体能力が向上しても自分の動きが悪ければ勝てない、という考えから普段の修行でも重視していたのは体さばきであった。


 そのため、体さばきに比べ、身体強化魔法の練度は劇的なものではなかった。そのため、2日間だけではあるが、身体強化魔法を使い続ける事で使っている状態に慣らしておきたいと考えたのだ。


 そして、もう一つが持続時間の把握。

 フェイスとの戦闘がどの程度の時間がかかるのかは分からない。そのため、おおよその感覚として、どの程度の時間、身体強化魔法が持続できるのかを叩き込んでおきたかったのだ。


 これらの課題に取り組むべく、フリートとの組み手を始める。


 2日間、オーネスは身体強化魔法を使い続けながら、フリートと戦い続けた。


 無理やり、身体強化魔法を使い続け、魔力切れになるまで戦い、倒れる。魔力切れの症状が治まったら、また身体強化魔法を使い倒れるまで戦い続ける。これを繰り返し、自分の限界を測りながら特訓を続けるのであった。


 そして約束の日。


 訓練が終わり参加者が帰った後、訓練場で逸る気持ちを抑えていると二人分の足音が聞こえた。その音に振り返るとフェイスとフリートがいた。


「おい、オーネス。準備はいいな?」


「うん」


「じゃあ、今からやり合う訳だがその前に今回の模擬戦のルールの確認だ」


 今回はいつもの立ち合い稽古とは異なるルールで行うらしい。大きなルールとしては六つ。

 一、オーネスはフェイスの体のどこでも良いので有効な一撃を与えられれば勝ち


 二、オーネスが当てる有効な一撃は木剣の攻撃に限らない


 三、有効な一撃であったもほぼ同時にお互いの攻撃が当たった場合は無効


 四、オーネスの側は何度、攻撃を当てられても再開して再挑戦しても構わない


 五、再開する際には必ず仕切り直しをする


 六、再開して仕切り直しする前に有効な一撃を当てても無効とする

 七、制限時間は一時間用の砂時計から砂が落ちきるまで


「こんなところだが、構わないな」


 言いながら投げ渡される木剣。それを受け取り構えると、フェイスもまた木剣を構える。


 今までの修行中で見たことがない、鬼気迫るような表情。まさに真剣、といった雰囲気だ。その雰囲気に冷や汗が流れる。


「フリート、合図を頼む」


「うん、わかった」


 フリートが開始の宣言をする前、オーネスは4年間を思い出していた。毎日、冒険者になるために父に一撃入れる事を考え続けた日々だった。


 自分の動きが遅いのではないか、体さばきに問題はないか、魔法という手段を考える必要があるのではないか。


 色々な事を試行錯誤し、上手くいかず、やり直す日々であった。ただ、それは今日、この時、父に勝つため。そして、自分の目標を実現するために。そのためにやる事は父を下す。今、ここで。


「はじめ!」


 模擬戦の火ぶたが切って落とされた。


――行くぞ!


 直後。オーネスは宙を浮いていた。ドサッ、と何かが落下すた音が聞こえた。


「え?」


 いきなりの事に頓狂な声が出る。あまりにも短い時間だったため、何が起きたのか、全く認識できなかった。先程の音は自分が落ちた音だったのか。

 混乱の只中にいるオーネスを見下ろすフェイス。


「何を呆けた顔をしている。これが実戦であれば、お前は今ので死んでいる。心構えが足りんぞ。俺に勝ちたければ、死力を尽くしてかかって来い」

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