010-2_なんでキミは立派なの?
帰り道。
「あぁぁぁ、しまったぁ……」
オーネスは盛大に自省していた。幸い相手に怪我をさせなかったものの、ついカッとなって暴力に訴えしまった。
例え自分の憧れを馬鹿にされたからと言ってもよい対応ではない。もっとも、じゃあ、話し合いだとか、暴力に訴えずにあの場を収められたのか、と言われると別の話ではあるのだが。
「とはいえ、売り言葉に買い言葉で我を忘れちゃうなんて僕もまだまだだなぁ」
「だけど、あれは酷いよ」
「うわぁ!」
独り言のつもりだったのだが、後ろから急に声をかけられて飛び上がる。見れば、彼の後ろにいたのはプリムであった。
「えっと、いつから?」
とりあえず、聞かずにはいられない。できれば、先程の醜態は見ないでいてほしいのだが、と淡い期待を寄せるオーネス。
「んー、さっさと歩いて帰ろうとしてたのに、急に歩くのが遅くなった辺りから?」
思いは届かず、どうやら、全て見られてしまったようだ。恥ずかしくなり、二の句が繋げなくなる。そんなオーネスを知ってか知らずか先程の事を話し出すプリム。
「さっきの話だけど、あれは酷いよ。誰だって、自分の大切なものを馬鹿にすれば怒るもの。だから、恥ずかしがったり、落ち込んだりする必要ないよ」
「うん……」
プリムはそのように言うがオーネスにはそう思えなかった。ただ、だからといって彼女を心配させる必要もないだろう。そうだね、と返すに留めるのであった。
翌日も彼女は訓練場に来ていた。彼女はオーネスが帰ろうというタイミングに訓練場にやってくる。流石に3日目ともなれば驚くこともなくなる。
今日も、お疲れ様、と言って濡れ布を渡してくるプリム。しかし、今日は少し持ち物が違うようだ。そんな日もあって当たり前だな、と思いながら、お礼を言って濡れ布を受け取る。顔を拭いていると、それと、と言ってプリムから手元のものを渡される。
「昨日、元気なさそうだったから」
受け取ったのは小さな菓子。渡したプリムが、おいしいかは分からないけど、前置きをしているところをみると、自分で作ったのだろうか?
なんにしても、嬉しいものを貰ってしまった。
「ありがとう。けど、そんなに元気なさそうに見えた?」
「すごく、って程でもなかったけど、気になったから……」
心配させてしまった事に少し申し訳なさを感じた。とはいえ、せっかくの厚意だ。その場で貰った菓子を口にする。
ほどよい甘さだ。疲れた体にしみわたる感覚が心地よい。ここまでしてもらうと、つい自分だけが良くしてもらうのも悪いのではないか、と感じ出したオーネス。
「こんなによくしてもらってありがとう。でも、僕だけがこんなによくしてもらうのも悪いし、訓練に参加している他の人にもやってみたら?大人たちとかお腹が減った、とっかってよく言ってるし、すごく喜ぶと思うんだけど」
「私はオーネスにしてあげたいの!」
オーネスとしては、彼女が色々と世話を焼くのが好きなのだろうと思っていた。それであれば、他の参加者にも知ってもらった方が、かわいがってもらえるので、メリットがあるのでははないか、と考えた末での提案だったのだが、お気に召さなかったらしい。幾分不機嫌にさせてしまったようだ。
ぷりぷりとしながら、訓練場の入口に向かうプリム。ただ、寂しくなってしまったか、そのまま帰るのではなく、門をくぐるかくぐらないかの位置でにオーネスの方を向く。さも怒っていますよ、という態度で睨みつけているようだが、頬を膨らませた顔はかわいらしいだけである。
拗ねている姿にが昔のフリートやレクティを思い出すオーネス。
その様子に、このままだとまた、機嫌が悪くなるな、と思い、苦笑いをしながらプリムの傍へと向かうのであった。
数日後、訓練所の門を叩いてきた人物がいる。ノーティスだ。いきなりノーティスが現れたことに驚いたオーネスは他の訓練の参加者に聞いてみると、彼も訓練に参加したいとの事で申し出があったようだ。
村の警備の人数が増える事自体は歓迎できる事だ。しかし、彼はまだ子供である。そのため、フェイスや訓練に参加している大人から、大丈夫か、との声が挙がる。やはり、子供を訓練に参加させるか否かでもめていた。
子供に参加させるわけにはいかない、という意見と、オーネスが大人に混ざって訓練に参加しているため構わないのではないかという意見がぶつかっているようだ。
決め手はオーネスを参加させているにも関わらず、やみくもに駄目だ、と突っぱねるのは、身内贔屓が過ぎるのではないか、という意見であった。至極まっとうなその意見を受け、二つの派閥の折衷案として当座は試験的に参加してもらい、適性がありそうであれば、そのまま、参加してもらう、という方針にまとまる事になる。
一度、方針さえ決まってしまえば、決まっているメニューをこなすだけだ。この日の訓練の始めは走り込み。皆で訓練場内をぐるぐると走り回る。
オーネスも走り込みを続けていたが、しばらくするとノーティスが気になってくる。初日だが、大丈夫だろうか、と心配に思い、見てみる。問題がない、というほどではないが、ものすごくばてていて全く走れないという様子もない。
ーー結構タフだな
少し感心しながら眺めていると、オーネスに気が付いたらしいノーティスが速度を上げて隣まで駆けてきた。
「最近、プリムと仲がいいらしいじゃないか。夕方とかよく一緒にいるって聞くぞ」
「まぁ、そうだね。彼女、訓練後の事に色々と気遣ってくれるんだよ。ありがたい限りだよね」
オーネスの返答に多少声を苛つかせながら、それだけか、と問うてくるノーティス。それだけ、とは何のことだろうか、彼がどのような事を聞きたいのか考えていると、答えを待つ事なくノーティスは言葉を続ける。
「プリムに対して何か思わないのか?」
「何か? うーん、かわいいよね。あれだけ懐いてくれれば」
「他に何かないのかよ。その……好き、とか」
顔を赤らめながら俯いているノーティス。なるほど、この反応を見る限り、彼はプリムの事が好きなのだろう。
最近、彼女が訓練場に来ているので、自分も関わりたくて参加を希望した、という事だろうか。それで本当に大人に混ざって訓練をし始める、結構なバイタリティーだな、と思う。
「この間からプリムはここに着てお前とばかり話すようになってそっけねぇんだ。あの時、俺が負けたからだ」
ーーえ? 確かにプリムに会ったのは花畑の事があったからだけど、君に対してそっけないのは関係ないんじゃない?
「僕に突っかかってくるのもいいけど、プリムの事が好きならーー」
「好きとかじゃねぇよ!」
なんだか少し面倒になってきた。
「ーーまぁ、そこはいいや。ただ、話したいなら僕にちょっかいを出していないで、彼女に優しい言葉をかけてあげるなり、好きなところに連れていくなりしたらいいんじゃないの?」
「いや、この間、プリムは冒険者ってかっこいいって言ってたのを聞いた。お前がプリムと仲がいいのも冒険者を目指してるからだろう」
「冒険者、関係ないと思うんだけど。……まぁ、いいや。えと、冒険者がかっこいいなら、僕に突っかからなくてもいいんじゃないの?」
「お前は冒険者を目指してるんだろ?なら、俺も冒険者を目指す! そして、お前に勝てばプリムも俺の事を見直してくれるはずだ」
ーーいや、そうはならないでしょ……
オーネスの意見もどこ吹く風。自分ががオーネスを倒しさえすればプリムは見直してくれるはずだ、と言って聞かない。
そんな彼は訓練で立ち合いをする時もオーネスに突っかかる。初日の立ち合い稽古での対戦相手はノーティスとだけになってしまった。オーネスとしては、大人との立ち合い稽古を通じて身体強化魔法の実践的な訓練やってみたい、と思っていただけに残念な思いがあった。
最初の方こそ、子供同士でやった方が体格差とかも小さいし、体の動きを確認するならこっちの方がいいか、と何とか自分を納得させいたオーネス。しかし、連日ともなれば、次第にオーネスにもストレスが溜まる。
そんなある日。
その日は最近、村の仕事をしていたフリートも珍しく訓練に参加している日であった。今日は訓練後にフリートと組み手したりして、修行の成果を確かめたり、いつもとは違う感想を聞けるぞ、とうきうきとしながら準備をしていたオーネス。
そんな彼に対してかけられる聞き飽きた3文字。
「勝負だ!」
ノーティスだ。最近、ただでさえ機会が減っていたフリートと特訓を邪魔された気分になり、一気に気分を落とすオーネス。とはいえ、ここで問答をして時間を無駄にするのはもっともったいない、と思い、珍しく反論もせず、わかった、と言うとさっさと立ち合いの位置に着く。
いつもであれば、何か言ってくるオーネスがすぐさま勝負の場に上がってきた事にいぶかしみつつも、勝負だ、と告げると、合図もせずに突っ込んでくるノーティス。
それをぼうっ、と見ているオーネス。
一閃
オーネスが振った木剣は突っ込んでくるノーティスの腹部に吸い寄せられるように叩き込まれる。立ち合い稽古では基本的には寸止めが推奨されている。しかし、ここで彼はあえて実際に当てる、という行動をとった。
常とは違う、オーネスの対応に混乱しながらも、腹部の激痛に体を丸め、うずくまるノーティス。
「君、本当に冒険者になりたいの? 君が冒険者になりたいっていているのはプリムに見直して欲しい、って話でしょう? 僕は違う。僕は困っている人達を助けたいんだ。だから、冒険者を目指してる。分かる? 君が冒険者になりたい理由よりもずっと立派なんだ。だから、僕の時間をこれ以上盗らせないでくれない?」
吐き捨てる様にノーティスに告げると、行こう、フリート、とだけ言い、訓練場を出る。その様子を見ていたフリートはハッとしてにノーティスのところへ向かうと、腹に巻いているウェストポーチの中から薬草を取り出す。
「はい、これ痛み止め。見た感じ結構いいのが入ってたみたいだし、ちゃんと使ってね」
言い残してオーネスの後を追う。追いついたフリートはオーネスの横に並ぶ。
「ねぇ、オーネス。オーネスは冒険者になりたいんだよね?」
その問いに、そうだよ、と返すオーネス。
「だけど、えっと、さっきの男の子…」
「ノーティス?」
「うん。その子も冒険者になりたいんだよね?ボクにはさっきオーネスが言ってた事がよく笑からないんだけど、なんでオーネスの理由の方が立派なの?」
フリートの問いに、つい、え、とつい口に出し、ふいに足を止める。それに気付いて、振り返るフリート。
「なんで、って。ノーティスは自分の事しか考えていないじゃないか。そんな理由によりも僕は誰かのためになりたいって気持ちの方がずっと立派じゃないか。」
「うーん……。ボク、そこがよく分からないんだ。ノーティスはプリム?に見直してほしいって言ってたよ。それって、プリムのために頑張りたいって事だよね? 誰かのために、っていう意味なら同じなんじゃないの?」
「違うだろ。あいつは自分の為、僕は困っている誰かの為だ」
「オーネスだってオーネス自身が助けたいから助けてるんじゃないの?」
「え?」
「自分の目標のために冒険者になりたいんだ、っていうなら、オーネスとノーティスの気持ちに違いはないように思うんだけど違うのかな?」
ノーティスに勝負を吹っ掛けられていた時には自分が正しいと思って憚らなかった。しかし、自分とノーティスの、何が違うのか、と問われれば答えられない。
ただ、ノーティスの理由をくだらない、と断じた事は間違いであるように感じられたのだった。
翌日、訓練の前にノーティスに声をかける。
「昨日はひどいことを言ってごめん。君は君なりに冒険者を目指しているから、今まで通りお互い頑張ろう。」
彼には謝罪をしてその場を去る。
自分の間違いを謝りはしたものの、何が間違っていたのか、彼にはよく分かっていない。心にもやもやとしたものが残る。それでも、冒険者になるための期限は迫る。
この想いを抱えながらでも強くなるための研鑽を積まなくてはならない。この日、彼は初めて逃げるように訓練に精を出した。
ただ彼にとって幸いであったのは、前日のオーネスの態度を見てもなお、ノーティスはオーネスに挑むのを止めなかった事である。彼の動機に思うところがあった。そして、それを割と口汚く否定してしまった。普通であれば、そのまま敬遠されるような事をしたのだという自覚もオーネス自身持っている。しかし、ノーティスは手を変え品をかえオーネスに挑む。その姿にありがたいものを感じていた。
しかし、心の中にはもやもやしたものは変わらず残ったものである。そして、答えは出ないまま時はさらに流れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます