010-1_なんでキミは立派なの?
「何してるの?」
二人の視線がオーネスを向けられる。
金髪の少年はうるさい、と怒鳴ると、ずんずんとオーネスに近づいてくる。
「お前、何様のつもりだ!?」
睨みつけ見下ろしながら聞いてくる金髪の少年。
「いや、その子嫌がってるんじゃないの?」
「私の髪飾りをそいつが盗ったの!」
栗色の少女は叫びながら伝えてくる。少年の手を見てみれば、なるほど、左手に何か持っているが見える。
「だそうだけど?」
「こっちの事に口出しすんな!」
「いや、人のもの盗るなんてみっともない真似やめなよ」
オーネスの言葉に堪忍袋の尾が切れたのか、うるせぇ! と叫びながら殴りかかってくる。それをひょいと避け、足をかける。急な事に対応できず、倒れそうになる金髪の少年。
少女は何か盗られたらしい。転んでは少年の手の中のものが壊れてしまうかもしれない、と、思い、体勢を崩した少年の左腕を掴む。
「ほら、返してあげなよ」
急なことで力が抜けていたのだろう、左手の中にあった髪飾りはあっさりとを取り返しすと、少年の手を引いて立ち上がらせる。
ポカン、としている少年に、もうやめなよね、と声をかけてから、少女の方に向かう。はい、と、渡すと、ありがとうと礼を言われた。
「彼と遊んでたの?」
「ううん、そこで花の冠を作ってたら、あの子が急に突っかかってきたの」
周りをみると村のはずれだからだろう、あまり人はいないこのまま、この場に一人でいてはまた同じ目遭ってしまうと思い、一度、広場に行ってはどうか、と提案する。その提案にうなずく少女。
訓練場に行く途中ではあったが、ここまでしておいて後は一人でよろしく、というのもなんとも薄情なので広場まで送ることにした。
栗色の少女の名はプリム。彼女になぜ、あんなところに一人でいたのか、と、聞いてみると、病気をしていたから元気づけようということで、花冠を編んでいたそうだ。花冠を実際に見た事がなかったオーネスはどんなものなのか気になった。
「それ、見せてもらってもいい?」
聞くと、作ってる途中だけど、と言いながら花冠を手渡す少女。花冠を見たオーネスは少々驚く事になる。彼は当初、同じ花で統一された物を想像していた。しかし、受け取った花冠は白、桃、橙など、様々な色の花を使い、ちらりと見えた茎の緑がコントラストとなり見事な出来をしていた。きっと、先程の花畑だけではなく、あちこち回って作ったものなのだろう。
「すごい、綺麗」
つい、何の捻りもない単純な感想が漏れてしまった。しかし、感想に嘘はない。本当にきれいだと思ったのだ。それに、ここまで大切に作られたものだ、病気をしている友人も相当に心を癒されることだろう。こんなに心がこもったものをいつまでも触っているのは気が引けたオーネス。プリムに花冠を両手で返す。
非常に手の込んだ花冠をどうやって作ったのかなどを聞きながら歩いていると、すぐに広場に到着した。プリムと別れ、訓練場に急ごう、と踵を返そうとするオーネス。彼はふと、森の中にも薬草が群生している場所があった事を思い出す。
「森に薬草の群生地があるんだけど、そこには行ってみた?」
「え? 行ってないけど」
「前に薬屋の店主さんと行ったことがあるんだけど、結構、綺麗だったよ。今は薬屋さん、そんなに忙しくないはずだから、薬草採取しようって言えば、一緒に連れて行ってもらえるかもよ」
プリムにそう言い残してから訓練場に再び足を向ける。
さて今日も訓練頑張るか、と思い、足を踏み出すオーネスの後ろ姿を二つの視線が捉えていることに彼は気付くことはなかった。
数日後、先日と同じようにオーネスは一人で訓練場に向かっていた。
このところ、フリートと別行動が多いな、と思うオーネス。いつも一緒にいただけに少し寂しさを感じてしまう。しかし、一方で仕方がないとも思う。
春になり、冬の間、まばらになっていた物流が一気に増えたのである。そんな状態であれば、村の中が荷物の運搬にてんてこ舞いになる。オーネスもそろそろ体ができてきたこともあり、仕事に参加しなければ、と考えていたのだが、フリートは自分が頑張るからオーネスは訓練に行ってきなよ、と勧めてくれたのだ。
せっかくの厚意であるため、その勧めを受け、村の仕事を任せ、訓練に精を出すことにした。
早く強くなれ、と、言ってくれるフリートに報いるためにも自分も頑張らねば、意気込みを新たに訓練場に歩を進めるオーネス。そんな折、道の傍らに人の影がある事に気が付く。
誰だろう、と思いながら、近くに行くと先日、会ったプリムであった。おはよう、と、声をかけ、そのまま通り過ぎようと思ったが、先日のやりとりを思い出した。
「そういえば、花冠はできた?」
「あ、うん……」
「よかった。お友達喜んでたろうね。あ、お友達の病気は?」
「うん。よくなったよ……」
「そっか、よかった。友達が元気なのはいい事だよね。うん、安心した」
彼女に会って、少し気になっていた事が知れて晴れやかな気分になる。
「あの!」
再び訓練場に向かおうとしたオーネスを静止する声が響く。予想もしない大声につい、仰天すると、少しだけぎょっとした顔で声の方向を見てしまった。
「あの……訓練場にいつも行ってるの?」
「え、うん。大体毎日……」
「いつ頃まで?」
「訓練は昼過ぎくらいまでだけど、俺は日が沈む前までくらいの事が多いかな」
「わかった。ありがとう」
「じゃ、行くね」
「うん、いってらっしゃい」
それ以上、何か聞いてくる様子でもなかったので、軽く断りを入れてから再び訓練場へ向かうのだった。
その日の訓練は走り込みなど下半身に対する負荷をかけた後、立ち合い稽古による戦闘訓練を執り行うメニューが組まれていた。
オーネスは最近、フェイスとの立ち合いにおいては大胆に動き続ける事で隙を見つけるられないかと試していた。その戦い方を試すためには一にも二にも持久力が必要になる。訓練の中でも、今の修行の方向性に合致した走り込みに注力できるのはありがたかった。訓練は太陽が中天に差し掛かる頃まで続く。そして、すぐさま立ち合い稽古に入る。
木剣同士での立ち合い。
今日の対戦相手はかなり大柄な男。彼はオーネスが子供である事を鑑み、木剣同士の押し合いにもつれこませ隙を作ろうとする。いかに技術が向上してきたとはいえ、オーネスはまだ12歳。大人と押し合いともなれば、極端に有利な体勢でもない限り押し負けてしまうのが道理というもの。相手が大柄であればなおさらだ。
そんな相手にオーネスが勝とうと思うのであれば、いつまでも押し合いに付き合っている訳にはいかない。オーネスは男が押してくるタイミングに合わせ、体を後ろに引く。突然の状況の変化に体勢を崩す男。
その隙、オーネスは見逃さない。オーネスはすぐさま胴を狙う。迫る木剣に対して、男は反応する事ができない。
当たる、相手が撃たれる事を覚悟したその瞬間、ピタリ、と止まる太刀筋。
「いやー、負けた負けた」
男が負けを認める。立ち合いが終わったのを確認すると、訓練に参加していたほかのメンバーも集まってくる。
「しかし、オーネスも強くなったよな」
「やっぱ、村を出て冒険者目指してるってんだからこのくらい強くならなくちゃダメなのかね?」
「もう押し込みも簡単に返されるようになってるな、いよいよもってフェイスさんしか相手にならなくなってきたんじゃないか?」
「いやいや、俺にもまだ勝ちの目がーーーー」
口々にオーネスの戦いに関しての感想を述べていく参加者の面々。この頃になると、すでにこの場にいる者達には冒険者を目指している事、そしてそのための条件としてフェイスから一本取るのが条件として提示されている事は知られていた。
そのため、戦っている時にどう思っただとか、外から見ていてどうだったのか、オーネスを打倒するためにどうするのか、といった話をしてくれるようになった。いつしか、オーネスの立ち合い稽古の後には、立ち合い稽古の感想戦に花を咲かせる事が日課になっていた。
そんな中、誰かが口にする。
「これはもうフェイスさんの首を獲れるんじゃないか?」
ピクリ。その発言に反応を示すフェイス。
「いやいや、この程度ではまだまだですよ」
「なら、皆の前でやってみようよ」
「へぇ……今日は随分強気に出たな」
オーネスが少し挑発するとフェイスは勝負の場に立つ事を決める。にわかに騒ぎ出す周囲。コインが地面に着くことを合図に開始する事を決め、立ち合いに臨む。
弾かれるコイン。宙を舞い、地面に落ちるーーーー
オーネスは地面に仰向けに倒れていた。惨敗である。
今日の訓練での立ち合い稽古では押し込みに対して体を引く事で相手の重心を変化させて隙を作ることに成功していたため、フェイスに対してもその再現を狙っていた。とはいえ、待ちを続けていてフェイスがそのような状況を作ってくれるとは思えない。
そのため、立ち合い開始直後、身体強化魔法を使った上で一直線にフェイスに突っ込み、強引にやり押し合いに持ち込む。そうなれば、フェイスとて力で劣るオーネスに対してどこかで押し込みをかけるはずだ。その際、稽古の再現を行い、隙ができたところで一気に、と考えていた。
しかし、目論見はあっさりと崩れ去る。木剣同士がぶつかり合った直後、逆に後ろに下られてしまい姿勢を崩してしまったオーネスに対して胴を叩き込んできたのである。直後、身体強化魔法と使ったものの、そのままずるずるとフェイスの有利な展開に持ち込まれ、そのまま負けてしまった。
「まぁ、最初から何も考えず突撃、なんてしてたらそうなるよね」
一人ごちながら立ち上がる。周りを見てみるともう誰もいなかった。
当然ではある。仕事が忙しい時期であるのだ。訓練が終わったら、フェイスも含めて仕事に向かったのであろう。
ーー立ち合いの感想や技術に関しては家で改めて聞いてみるとして、訓練していこう
オーネスは体をばねのようにして跳ね起きると、持久力強化以外の体づくりを始める。これというのも身体強化魔法の習熟のためだ。
身体強化魔法を使っていて気が付いたのだが、身体強化魔法は強化の度合ーーオーネスは強化進度を呼んでいるーーをある程度変更することができるようだ。
ただし、強化進度を上げれば上げるほど体への負荷は高くなるため注意が必要になる。身体強化魔法の持続、強化進度の上昇に対応するためには、より負荷に強い体が必須になる。
気付くと空が赤くなり始めていた。
思った以上に熱中してしまったな、と思い、訓練場の出入り口に赴くと人影が見えた。
ーーこの時間にいつもは誰もいないはずなんだけどな
不思議に思いながら近づくと、相手もこちらに気が付いたのか、走ってきた。
「お疲れ様、オーネス」
笑顔で労い、濡れ布を渡してきた人物はプリムであった。突然の事に驚きつつも、ありがとう、と返し、受け取った濡れ布で汗をふき取る。
「ホントにこの時間までやってるんだね」
「まぁ、目標もあるしね」
「目標?」
数日前に初めて会った子に対して話すのもどうなんだろうか、と思ったが、よく考えてみれば訓練の参加者は知っている。なら、問題ないか、と思い直して冒険者を目指している事を話すオーネス。
女の子には面白くない話だったかな、と思ったが、プリムを見ると、不思議そうな顔をしている。冒険者というものがある事自体を知らないらしいプリムに、自分も簡単にしか知らないんだけど、と前置きをして説明を始める。
「村を出て一人で仕事をするなんて考えたこともなかった」
「まぁ、大抵は村で仕事する人だからね。それに僕の場合はフリート……友達と一緒に行くからね」
「フリート?そんな人いたかな?」
「知らない?青いトカゲみたいなやつ。最近は村で働いてるって聞くけど」
そういうと思い当たる事があったようで、あぁ、と納得したような反応を示してくれた。いつも、自分やレクティとばかり一緒にいるフリートが村の人達に知られていることに少し嬉しくなる。
ちょっと興味がありそうだったので、冒険者になるために今、何をしているのか、なんて事を話していたら村の広場に到着する、別れの挨拶をしようと彼女を見る。
「そっか、オーネスは村から出るんだね……」
ポツリとつぶやくプリム。何か気になる事でもあったのかと、少しだけ気にはなったが、根ほり葉ほり聞くのも失礼だろうと思ったオーネスは、またね、と声をかけ、その場を離れる。
翌日も前日と同じように訓練と修行に明け暮れるオーネス。そうそろ帰ろうか、と帰りの準備をしようとすると、またもプリムが訓練場の出入り口にいるのを見つけた。
「今日もお疲れ様、オーネス」
昨日の再現のように走り寄ってきて濡れ布を差し出してくれるプリム。それに対し、これまた昨日の再現のように礼を言うオーネス。昨日の再現が続く様子におかしくなってしまい、ついクスリと笑ってしまう。
不思議そうにするプリムに、ごめんごめんと謝りながら、帰りの支度を続ける。
「ところで今日もなんで訓練場まで?」
昨日は聞かなかったが気になっていたことを何の気なしに聞いてみるとプリムは言いずらそうにしていた。無理に聞く事でもないか、と思いながら帰りの支度を続けていると、不意に訓練場の出入り口から声をかけられる。
目を向けると先日の頭がツンツンとした短い金髪の少年がいた。
「えっと、君は……」
「ノーティスだ!」
彼の名前を言い淀んでいると自らの名前を名乗りだしたツンツン金髪少年改めノーティス。いつぞやのように、オーネスの方にずんずんと寄ってくるとオーネスをビッと指差す。
「勝負だ!」
いきなりの事に何を言いだしているのか分からず困惑するオーネス。
「え、どういう事?」
「とにかく勝負だ」
まくしたてながら、木の棒を投げ渡してくるノーティス。立ち合い稽古をしようという意図は分かるが、いきなり勝負を吹っ掛けられても全く納得できない。オーネスはその理不尽な申し出に意味が分からないからやらない、と突っぱねる。
「俺に負けるのが怖いのか、この根性なし!」
「っ!」
カチン、と来ない事もない言い分ではあったが、オーネスは何とか、いやいや冒険者を目指す者、余計なトラブルは避けるべし、と思い止まり声を絞りだす。
「いや、僕は冒険者を目指して、これでも色々、訓練してるんだ。何もしてないノーティスに手を上げる訳にはいかないよ」
「ハッ、根性なしが何言ってやがる! 根性なしのお前の事だ、単に村の外にでて遊びたいだけだろ! そんなお前が目指す冒険者なんて大したもんじゃないな!」
血管が切れる音がした気がする。
ーーコイツ……冒険者の事を大した事がないと言ったのか? 2年前に村を助けてくれた、僕を救ってくれた恩人に対してなんて言い様だよ
自分の事はいい。バカにされたって自分のやってきた事は自分が知っている。何ら恥ずかしいものではないと自負しているからそんな奴もいるだろうと堪えられない事もない。しかし、自分の憧れた冒険者を、ひいてはアーベルをバカにする事は許せない。
「そこまで言うなら分かった。いいよ、やろう?」
ノーティスを睨みつけるオーネス。いきなりの態度の変化に怖気づいて、若干、腰が引けてしまうノーティス。そんな様子を気にも留めず、木の棒を拾い、構える。
「ほら、僕は根性なしなんだろ? さっさとかかって来なよ。それとも、そんな僕に腰が引けてしまう位、君は情けない奴なのか?」
「バカにするなよ、この根性なし!」
叫び、木の棒を振りかぶりながら突っ込んでくるノーティス。
襲い掛かってくるノーティス。しかし、彼は重心も定まらず、力の入り方も散漫。最初はボコボコにしてやろうか、なんて思っていたオーネスであったが、戦うには全くなっていない姿を見れば、その気も失せるというもの。仕方がないので、さくっと勝ってしまう方針に変更する。
振られた棒の側面に軽く棒を当てると弧を描くように棒を振る。ノーティスの棒を巻き取るように絡めると、すぐさま右に振り払って、棒を飛ばす。一瞬の事に反応できていないようで、そのまま突っ込んでくるノーティス。いつぞやのようにヒラリと躱す。こけそうになるノーティスだったが、意地だろうか、すんでのところで耐え、オーネスに向かい直す。
が、彼の視線を向けると目前に現れる棒。眉間に向けて棒を突き出されていたのだ。
「僕程度でもこの位はできるんだ。こんな程度で手も足もでないんだから、冒険者の事はあまり悪く言うのはやめてよね」
オーネスはそう言い捨てると、興味はなくなったといわんばかりに、踵を返し、途中だった帰り支度もそこそこに足早にその場を去るのだった。
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