005_母の為に

 フリートが無事だったことに安心してわんわん泣き続けるオーネスを宥めるシンシア。次第に落ち着いてきたので事の次第を尋ねてみた。


 話を聞いたシンシアは魔晶を食べたフリートがやはり魔物であると確信する。


 魔晶ーーーー


 この世界の大気中に存在する魔素の濃度が高まったときなどに生成される淡い紫色の結晶である。


 魔晶はシーリン村の様なのどかな村であっても生活に根ざしたものであり、自身の中に流れる力ーー魔力ーーを魔晶に伝達させる事によって、物を修理したり、人を治療したり、火を灯したりとする事ができる。その他にもやれることは多岐に渡る。


 魔晶にも品質はあるため、高品質のものであれば値も張るものの、安価な魔晶も出回っている。照明などの必需品であれば常備、治療、修復用にもしもの備えとして確保しているのが一般的である。


 村に定期的にやってくる行商人も取り扱っているため、入手の難易度は高くない。



 一方で、魔物とは魔素の濃度が高まったときに生まれる生物である。


 発生過程こそ同じであるが魔素の濃度が高くなった場所が無機物が多い場所であれば魔晶が発生し、有機物が多い場所であれば魔物が生まれるのである。


 そして、魔物は身体が魔素で構成されていることもあり、身体を維持するために定期的に魔晶を食べることで身体を安定させる必要があると言われている。



 つまり、魔晶を食べて容体が安定したとフリートはほぼ間違いなく魔物である、とオーネスに伝えるシンシア。


 シンシアは昔の経験から自然で生活している魔物はほぼ確実に人間に害意を持っているが、人と触れ合う事でそこまで危険ではなくなる事を知っている。


 そのため、フリートが魔物であっても、態度を変える必要があるとは思っていない。彼女としてはちょっと珍しい犬、くらいの認識である。


 しかし、オーネスはどうだろうか。おとぎ話では基本的に魔物は人間に害をなす生物である。


 彼が好きな英雄譚では人間が魔物を打ち破りで平和を手に入れた、というものも多い。今の話を聞いてフリートに乱暴をするようになるのではないかと心配そうに見るーーーー。





 「ふーん。フリート、お前、魔物だったんだね」


 心配していたシンシアを余所に、あっけらかんと、抱いているフリートを見ながら答えるオーネス。


 その様子にわざわざ言う必要がないのかもしれないと思いつつも、街では魔物を殺してお金を貰う職業もあるのだ、と告げる。それでもオーネスの態度は変わらない。


 「関係ないよ。魔物だろうが、なんだろうが、フリートはフリートだもんね」


 言いながら、抱いているフリートを撫でるオーネス。その様子に目の前の友達をしっかりと見れていることに安心し、安堵のため息を漏らすシンシア。


 その頬は心なしか緩んでいる。


 「とりあえず、フリートは魔晶を食べなくてはいけないから食べてもらうための魔晶を買わないといけないわね。村に行商の人が来るけども、魔晶の数自体は多くないから少し仕入れを増やしてもらえるように話しておくわね。」


 そう約束してくれたシンシアであったが、直後、少し怖い顔をしながらオーネスに寄ってくる。


 「ただし! 今回は魔晶を口にしたのが、たまたまフリートだったから何も起きなかったけど、オーネスや他の動物が食べたら死んでしまうかもしれないの。だから、魔晶の扱いには気を付けるのよ!絶対に食べたり、生き物とか人に食べさせちゃ駄目だからね!」


 叱られてしまった。


 オーネス自身、そのことは自覚していたため、今後は気を付けようと気を引き締めるのであった。


 そんな騒動があった後、1か月に一度程度、魔晶を食べさせてみると、今回のようにフリートが体調を崩すことはなくなる。


 辛そうなフリートをまた見なくてもよいのだとオーネスは安心するのであった。





 フリートが体調を崩してしまうという騒動があってから、また一つの季節が進んだ。


 最近、村に噂が広まっていた。隣村で激しい高熱に襲われた人が2、3日おきに発熱と回復を繰り返し、3回目の発熱が発症した人が死に至るという流行り病が起きているというのだ。


 幸いにしてシーリン村では同じ症状は発生していないものの、隣町で発生している以上、いつ村で発生するかも分からない。

 

 そのため、流行り病の噂を聞いたオーネスの父、フェイスは薬を求めて薬を求めて街に交渉に向かったと聞いている。


 そんな、恐ろしい病気の流行しているにも関わらず、父もおらず、薬もない現状に、大丈夫かな、と不安に思うオーネス。


 しかし、心配していても仕方がないと、今日もフリートを伴って身体を動かす練習をするのであった。


 心にざわつくものを感じながらも、夕方近くまで練習を続け、そろそろ日が暮れてくるからとフリートともに家路を急ぐ。


 ただいま、と帰りを知らせようと扉を開けるオーネス。


 すると、耳をつんざくような大音声を響かせながら、レクティの号泣していた。


 どうした事か、と慌てて家の中を探し回ると、台所で、おかあさん、おかあさんと何度も呼びかけながらシンシアを揺すっているレクティがいた。息を荒くしながら倒れている様子にまずい事だけはすぐに分かった。


「レクティ、どうした!?」


「お兄ちゃん。お母さんが……お母さんが急にたおれて……」


 急に倒れる、と言う言葉に嫌な予感を感じながらも、まずは安静にしなくてはとすぐさまベッドに連れていき横にする。先程、抱き上げた時に分かっていたが、勘違いであってほしいと思いながら額に手を当てる。残念ながら熱い。


 ひとまず、頭を冷やさなくては、と、桶を持ち、オーネスにレクティを見ておいて暮れるように頼むと家を飛び出し、井戸へを向かう。すぐさま、井戸から水を汲み、家に戻る。


「お母さんの様子は!?」


帰るなり、フリートに尋ねるオーネス。


 「ううん。さっきから辛そうなのは変わらないよ。ただ、お母さんに目立ったケガとかはないし、台所とかを見た感じだと、ものの位置が変わっているとかはなかったから、頭をぶつけた、とかいうことはなさそう」


 身体を振りながら、先程、自分が確認していなかったことを教えてくれるオーネス。そのことに感謝しながら、レクティに顔を向ける。


 「レクティは? 身体が辛いとかはない?」


 「ない……」


 沈んだ声ではあったものの、ひとまず、レクティは病に侵されてなさそうな事に少し安心感を覚えると水に濡らした布を再びシンシアの額に乗せる。


 少し気持ちよさそうに表情を緩ませはしたものの、依然、息は荒い。

 

 どうすればいい、と焦っているときに、ふと、噂を教えてくれた薬屋の店主の事を思い出す。


 もしかすると、薬屋の店主ならこの病気に効く薬を持っているかもしれない。日は落ちきっていないため、まだ店にはいるかもしれない。


 そう考え二人ににシンシアの頭にかけた布が乾いたら、布を桶の水に濡らして頭にかけておくようにお願いすると、薬屋に話を聞きに行くことを告げ、再び、家を飛び出した。


 母の一大事に息が切れて、胸が張り裂けそうになるのも気にせず駆けるオーネス。何とか、薬屋に着くと、丁度、店主が店仕舞いを始めたところだった。


 ーー何とか間に合った


 ぎりぎりのところで薬屋に着いたオーネスは店主の名を叫びながら近づく。常ならぬ、その事態に驚く店主ではあったが、鬼気迫るオーネスの様子に何があったのか尋ねる。


 先程の母の様子を説明するオーネス。そして、店主に流行り病に効く薬を置いていないか、または治療の手段がないかということを聞いたが、店主もすぐに対応するのは難しいようだ。


 オーネスも知るところであるが、フェイスが流行り病に効く薬を持ってきてもらえるよう、手配をしているところである。


 しかし、フェイス自身が戻ってくるのは早くても5日後、行商人に至っては2週間後である。


 噂に聞く流行り病の症状を考えると、仮に父が5日後の時点で薬を持ってきてくれたとしても、母の発熱が3回目になる可能性がある。


 そうなってからでは薬があったとしても、もう遅い。なんとしても5日以内に薬を入手しなければならない。そう思ったオーネスは今、薬がなくても、薬を用立てする方法がないのか、店主に詰めながら問いかける。


 「村の近くの河原に生えている薬草くらいの葉があれば僕でも調剤はできるとは思う。ただ、僕自身、その薬草の見分け方が夜に明かり灯している、ってことしか分かっていないんだ。それに夜になると魔物も活発化する。魔物に対処するために村を警備している人たちと一緒に行く必要があるけど、すぐに手配するのは難しい。


 「残念だけど、今日なんとかするのは難しいんだ。そろそろ、夜間警備が始まる。今、話をしてもあまり話は進まないだろう。明日、村長に話はしてみるから少し待ってくれない?」


 すまなさそうに言ってくる店主。


 何をのんきな事を言っているのだと怒りを覚えるオーネス。母は今、苦しんでいて、命の危険があるのだ。


 しかし、同時にそれも仕方がないことは分かっている。


 ただでさえ、長時間の警戒が強いられるために疲労が溜まる夜間警備だ。しかし、そんな過酷な仕事を個人に集中する訳にはいかない。そのため、疲労を分散させるためにも、かなり綿密に計画を立てて警備に当たっているいるはずだ。


 にも関わらず、いきなり今から薬草を探しに行け、と言われても対応できるはずもない。


 対応するためには追加の人員が必要になるのだ。しかし、それを勤務直前に行うことは難しい。それは理解できる。


 だがしかし、だがしかし。


 「店仕舞いの直前に話を聞かせてもらってありがとうございました。薬草については分かりました。お願いします」


 理解はする。しかし、納得できないものを感じるオーネス。


 俯き、歯嚙みしながらもなんとか了解の意思と感謝を告げる。


 その様子を気の毒そうに見ながら店主は、辛いだろうけど、頑張ってね、と声をかける。


 その後、一礼してその場をさるオーネス。家路をと戻りながら考える。


 すぐに薬を手に入れるのは難しい、けれど、薬を作るための薬草自体は村の近くに生えているらしい。それを取って薬屋に渡せばなんとかなるかもしれない。


 しかし、魔物が出るというのであれば一人で行くのは難しい。


 どうする、どうする? そんなことをぐるぐると考えていると家に着いた。



「ただいま」


「「おかえり」」


 二人から帰った事を歓迎してくれる声が聞こえる。ただ、今のオーネスは二人に申し訳ないと思いつつ声が一人足りない事に寂しさを感じる。


 改めてベッドを見てみるが、やはり、母の様子はあまり変わっていない。もう自分にできることはないか、と思い、簡単に食事の用意をし、フリートとレクティを呼び二人で食べる。一人いないだけなのにずいぶんとさみしいな、なんて言い合いながらそそくさと食事を済ませる。


 いつもであれば、母が今日のことを聞いてくれていた。その日、何をしただとかをフリートと一緒に我先に母に話すのだ。


 母はそんな話をいつだって優しく笑顔で聞いてくれた。


 いつもであれば、そんな二人の話を食い入るように聞いているレクティも今は沈んでいる。この家の中心は母だったのだ。その母は今、ベッドの中で苦しんでいる。


 いつもの楽しい食事を思い返していると、ベッドの方から、うぅっ、といううめき声が聞こえた。慌てて母のところに行き、手を握り締めるオーネス。


 すると、手を握られたことに気が付いたのか目を開けるシンシア。


 「あ……オーネス。ごめんね、心配させちゃったね。大丈夫。お母さん、すぐよくなるから、ちょっとだけ待っててね……」


 熱で辛いだろうに笑いかけながらオーネスを心配して話かけてくれるシンシア。


 よく見てみると意識も朦朧としているのだろう、オーネスの事は認識こそしているようだが、視線は定まっていないように見える。


 ーーお母さんを絶対に死なせちゃ駄目だ


 シンシアの様子に覚悟を決めるオーネス。


 「お母さん。約束するよ。絶対、助けるから……」


 そう、自分に言い聞かせるように告げ、手をぎゅっと握りなおすオーネス。


 しかし、やはり辛かったのであろう、何とか一時的に起きたものの、その言葉を聞く前に再び意識を手放してしまうシンシア。その額から布を取り、水につけて再び乗せる。


 ふ、と傍らのフリートに目を移す。じっと見つめる。


 フリートを連れて行こうか。連れていけばレクティが一人になってしまう。


 どうする、と少しだけ考える。しかし、すぐに決断する決断する。


 フリートは鼻が効いたはずだ。それにいつも細かいことを指摘してくれるくらいだ。目もよい。連れて行こう。


「フリート、お母さんのために薬草を探しに行くぞ」


 告げる。その言葉に二もなくうなずくフリート。


 覚悟は決めた。後は成し遂げるのみ。



 荷物をまとめ、練習に行くときに使うナイフを腰のベルトに差し、鞄を肩にかけ、フリートを脇に抱え、ランタンを片手に持ち、出発する前にレクティを呼ぶ。


 「レクティ、今から兄ちゃんはお母さんを助けるために薬草を取りに行ってくる」


 「え? やだよ。寂しいよ」


 「ごめんな。だけど、お母さんがいなくなっちゃうのはもっと嫌だろ?」


 「……うん」


 「大丈夫、兄ちゃんはちゃんと帰ってくる。疲れたら寝ててもいいけど、お母さんの頭に乗せた布が乾いたら、桶の水を布に浸してお母さんの頭に乗せておいてくれないか?」


 「うん」


 不安だろうに自分が駄々をこねてはいけない事をちゃんと分かって、頷いてくれる妹をぎゅっと抱きしめる。


 「戸締りをしっかりとして、兄ちゃんかお父さんの声じゃなければ絶対に扉を開けてはいけないよ」


 「うん」


 最後にいってくるね、と告げる。


 不安なのであろう、小さな声でいってらっしゃいと答える妹の頭を一度撫でるとオーネスとフリートは家を後にするのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る