003_君との出会い (旧題:いつかの未来に繋がる)
夜も更けてくると、その後の祭りは次第に熱を帯び始める。
そこかしこで叫び声が上がりだす、訳のわからない歌を歌い始めるなどはざらで、まさしく狂宴の様相を呈している。
そんな時分に差し掛かってくれば未だ幼いオーネスである。
次第に瞼が重くなりだし、目をこすり始める。
そんな時、すでに夢の世界に旅立ったレクティを抱いたシンシアが広場に戻ってきた。
寝ぼけ眼になっているオーネスを見つけ、すぐにこちらにやってくると、オーネスの傍にアーベルがいること見て取った。あら、と彼に気付いたような反応を示すも、アーベルの事は後回しにし、息子の前でかがんで問いかける。
「楽しかった?」
「うん」
「そう、よかったわね」
満足そうに微笑みかけながら眠そうに目をこすっているオーネスの頭を撫でるシンシア。
オーネスの手を握って立ち上がると、アーベルに目を向け、ありがとう、と短い感謝と伝えると、ふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、今日はあの人に招かれたらしいけど、宿屋なんかの泊まる場所はあるのかしら?」
「いや、昼間の事でバタバタしていてな……実はまだなんだ」
バツが悪そうに答えるアーベル。その様子に、シンシアは提案する。
「なら、今日は家に泊まりなさいな。あの人もいいと言っていたし。そういえば、ルルワも来ているのよね? 彼女も呼んでちょうだいな。あれから何をしていたのか、聞きたいしね」
宿がなくて困っていたのは事実ではあるが、こちらと話し合う前に全部決められるのは癪だと思い、念のために聞いてみる。
「……ちなみに、村に宿屋は?」
「今日はこの調子ね」
即答である。つまり、宿屋を探すのは勝手であるが、まともに寝床にありつけるか知らないということだ。一応、このまま、祭りに参加して夜を明かす、という選択肢もないこともない。
ないこともないが、次の依頼の予定の関係で明日は村を出発しておきたい、ということを考えると宴で夜を明かすのはなかなかに避けたい事態である。
アーベルがそんなことを思案しながら、ふと目の前に意識を向けると少しニヤニヤとしているシンシアがいる。その顔は、さ、どうする、と言わんばかりである。
あぁ、そうだ、こいつ、普段はさも悪い事考えていませんよ、とばかりのにすました態度をとるくせに、たまに人の困る顔を見て楽しむ奴だった、と思い出すアーベル。
しかも、今回の場合、シンシアの側の圧倒的な有利である。何とか一泡吹かせられないか、と考えるが、この小さな攻防に勝ち目がないことを悟る。
「世話になる」
「えぇ、楽しみにしているわ。じゃ、今から帰るからルルワを呼んできてちょうだいな」
観念したように提案を受け入れるのだった。その上で、自分の提案したルルワを呼ぶ、という行動も任せてくる始末である。
その一連のやりとりに不承不承という態度をにじませつつも、ルルワを呼びに向かうアーベル。しかし、久しぶりのやりとりにどこか楽しいものを感じて、口角が上がっているのは隠す事ができなかった。
少しすると、ルルワを伴ってアーベルが戻ってきた。
シンシアは本日の主役たる二人を連れ出してしまって、村人はがっかりしてしまうのではないか、と心配して、広場を見るが、そのような様子はあまり見受けられない。
むしろ、今年は今まで視線を独占する人がいただけに、異性に祭りの時間を過ごしたいと、誘いたくても誘えないというジレンマを抱えていたようだ。
欲求を押さえつけられていた分、例年に比べ、残りの時間で決める、とばかりに積極的に異性にアプローチをする者が多い気さえする。この調子だと、今年も近いうちにいい報告が聞けそうだ。
二人を連れ出しても特に問題もなさそうであったため、シンシアはアーベルとルルワに視線を戻す。積もる話もあるので近況などを聞きたいところではあるが、傍らには先ほどからうとうととしているオーネスがいることもあり、再会の挨拶もそこそこに家路につくのだった。
翌朝。
目を覚ましたオーネスが家の中を見回すと母が台所で食事の用意しており、隣のベッドでは父が寝ている。レクティは母と同じぐらいのタイミングで起きたのか、すでに部屋の真ん中で積み木を使って遊んでいるようだ。
一応目を覚ましたとはいえ、オーネスも昨日は遅くまで起きていたので、まだ眠気が抜けきっていない。ぼーっとする頭のまま母に朝の挨拶をすると、おはよう、と返してくる。
朝食を食べようとしてもそもそとベッドから出ようとするが、ふ、と気になって母に、昨日、村を襲った者達がどうなったかと尋ねてみた。
シンシアの説明では、昨日の賊の一団はアーベルとルルワが治安保護を担う治安判事へ引き渡すために街に戻ったそうだ。そして、二人が街に向かうまで、寝ずの番をするなど父は一番大変な思いをしていたらしい。そのため、今日はゆっくりさせてあげてちょうだい、と言われる。
オーネスは治安がどうであるとかはよく分からなかったものの、母の口ぶりから危険はなくなったのだと感じ、妙な安心感を覚えた。また、父が村のために頑張ったのだと、村長や母に褒められている事に誇らしいものを感じながら、うん、と答える。
ただ、すでにアーベルがいなくなった事を残念に思うオーネス。その様子を察したシンシアはオーネスに聞いてみる。
「昨日は頑張ってくれたから、一日中、お母さんと一緒に遊ぼうか?」
普段から妹の世話に家事にと大変忙しそうにしている母からの提案にオーネスは二もなく飛びつく。
現金な息子の様子に仕方がないなあ、と嬉しさをにじませながらもため息をつくシンシア。とはいえ、息子と遊ぶのはシンシアとしても望むところご飯の準備をしちゃうから待っててね、と言って台所に向かう。
準備が終わったのか、いつもは家の中で過ごすことが多いレクティのところへ行くと、今日は外で遊ぼう、なんて説得すると、然程時間を置かずに戻ってくる
「さぁ、行こうか」
オーネスは差し出してされた手を握ると三人で外へと繰り出すのであった。
シンシアは、子と手を繋ぎながら外を何に憚られることもなく歩ける。そんな当たり前の事に、幸せだなぁ、と感じながら歩き出す。
そうやってシーリン村の日々は穏やかに過ぎていく。
ただ、穏やかな時の流れの中にあっても、オーネスの胸の中には自身を救ってくれたアーベルの姿と交わした約束がしっかりと刻まれているのだった。
―――――
時は流れ、2度の冬を越えた。
冬の間、地を覆っていた雪は、穏やかな空気にその厳しさを緩め、地肌が顔を見せるようになっていた。少し前まではろくに魚が泳いでいなかった川にも魚がちらほらと姿を現し始める。まるで厳しい季節を越えうららかな陽気を迎えつつある事に喜んでいるようである。
タッ――――
そんな森の中をオーネスは駆けていた。アーベルとの約束を交わして2年。
今も彼の中にある冒険者になりたいという想い、そしてアーベルと交わした約束は消えず心に刻まれている。
いや、むしろ8歳であった当時よりもその想いは深まっていた。
体が成長した事もあり、彼なりに冒険者になるための練習――森を早く駆ける、川の岩を足場に駆けるなど――を繰り返していた。自身が思い描く冒険者としての動きを体得するためである。
いや、むしろ8歳であった当時よりもその想いは深まり、彼に二つの行動の変化を与えていた。
一つが彼なりに冒険者になるための練習――森を早く駆ける、川の岩を足場に駆けるなど――を始めた事だ。
実際の冒険者はそんな動きばかりしている訳ではないだろうが、2年前に出会ったアーベルの雰囲気があまりに軽やかだったためにオーネスは冒険者とはこういう事をしているのだろう、と勝手なイメージを持っていた。そして、そんな自身が思い描く冒険者としての動きを体得する為に始めた事であった。
そしてもう一つが村の人らの困り事を聞いて回るようになった事である。アーベルから冒険者とは人を助けるものだ、と聞いている。だからだろう。自分も誰かの手助けをすれば冒険者になれると信じての行動だった。
この日は前者、冒険者になるための体の動かし方の練習と称してナイフを片手に携行食――と、オーネスが言い張っている弁当――を携えて枝木を払いながら、森を駆け回っていた。
そろそろ太陽が正中に差し掛かる。
昼ご飯にしようか、と考えながら駆けていると、木々の間に人工物があるのが目についた。いつもは見かけない建物。木々の間から、ちらちらと姿を覗かせているが、建物の全容が見えない。森を巡っていたのは一度や二度ではないがあんなものがあったのか、と驚くオーネス。興味を惹かれたオーネスは直前に食事にしようか、と思っていた事も忘れて、その建物に足を向ける事にした。
近付いて分かったが、その人工物は神殿のようである。
石を高く積んで作られた円柱型の石柱が等間隔に神殿の周りをぐるりと囲んでおり、それらの石柱には屋根が作られている。屋根には様々な彫刻が彫られていて、特に目を引くのは屋根の矢切部分にあるドラゴンをも模した様な彫像である。
常ではお目にかかることのない建物に少々興奮しながら足を踏み入れる。柱廊に沿って神殿の周りを回っていると、森の中からでは確認できなかった場所に、あたかも先に進む事を拒んでいるかのような大扉を見つける。
オーネスはその大扉の荘厳な雰囲気に畏怖の念を感じ、一瞬だけ腰が引けそうになるが、心に沸き立つ好奇心を抑えることはできず、奥へと足を踏み入れることにした。
扉を開き神殿内部に足を踏み入れると前に伸びた部屋が広がっていた。
目の前を見ると、すぐ両側に燭台が配置されており、奥まで続いている。
まるで通路はここだと、主張しているようだ。とりあえず、燭台の間を通りながら、奥へ進みつつ首を上げると、天井が吹き抜けになっている事に気が付く。
なるほど、あの吹き抜けのおかげで薄暗くはあるものの明かりがない神殿内でも問題なく視認することができるようだ。
よく考えられているんだな、と思いながら、さらに奥に進むと祭場があった。
祭場は石が積み上げられており、頂上に続く階段の入口両脇には石像が置かれている。神殿の中に入る前に見た石像と同型の石像であるように見える。
ドラゴンは力を以て事をなすという特性から力の象徴として民間信仰の対象にはなるものの、神殿の様な神聖な場所には適さない、という認識が一般的である。外敵に対して威を示すということで外装にドラゴン石像を配置するのは、まだないこともないのかもしれないが神殿の中にドラゴンを模した石像があるのは稀であると言える。
オーネス自身も今までおとぎ話などで神殿とドラゴンが同一の場所にある事に違和感を感じていた。どういうことだろう、と不思議にに思いつつも階段を登る。
登ってみたはいいものの、そこには祭事を執り行うための小さな石造りの机が中央に配置され四方に燭台が配置されているだけであった。周りを見回すが他に何かある、という訳でもなさそうである。
少し残念に思いつつも階段を降り、祭壇を周りを見て回る事にする。すると、祭壇の裏、階段とは反対側にまたしてもドラゴンの石像があるのを見つけた。
誰が見るわけでもないであろう場所に配置された石像になにかあるのではないかと、少し萎えてしまった気持ちが燃え上がるのを感じながら、石像をペタペタと触り、調べ出すオーネス。
勝手な先入観ではあるが、こういうものは目や口に何かあるものであろう、と重点的に調べるが何も見つからない。
――まぁ、隠された場所という訳でもないし、人が入ったこともあるんだろうな。だけど、何か変わった様子もないし、実際に何か発見みたいなものは残ってないんだろうな
一度、萎えた気持ちが再燃した反動か急に力が抜けてしまい、石像を背にしてずり落ちるようにして座り込むと、再び天井を見上げる。
――天井、高いなぁ。まぁ、これだけ綺麗な建物だ。レクティへの土産話くらいにはなるか
そんな益体のない事を改めて考えながら視線をさまよわせていると、目がチカっとした。
よくよく見てみると天井に小さな穴が空いており光が差している。光の差している先には何があるか、とぼんやり考えてみると、石像があることに思い当たる。
ハッとしたオーネスはすぐさま立ち上がり、光が差している場所を確認する。しかし、見てみると石像の台座の足元に光は当たっており、光は石像に当たっている訳ではなかった。
場所からみて、時間や時期によって光が石像に差すことはなさそうだ。少なくとも石像がなにか関係している訳ではなさそうだ、と判断したオーネスは、なんだ、期待したんだけどな、と肩を落とした。
これ以上はなにかある訳ないだろうと思い、とりあえず神殿を出ようと思って持ち物を確認し始める。
しかし、2年前から大切にしている蒼石がない。
懐やポケットの中を確認するがどこにもない。どこかで落としてしまったのかと辺りを見回してみれば、先程の天井から光の差した場所にあった。
先程、立ち上がった時に落としてしまったようだ。辺りが薄暗いから日の光が差している場所に落ちて助かった、と思いながら拾おうとして、光が石に反射されていることに気が付く。
しかも、石に反射された光は蒼く光っているようだ。石に反射した光の色が変わるなど聞いたこともない。普通とは異なる現象に、もしや、と、思い、彼は反射光が石像に当たるように調整する。そして、光を腕、口、翼そして、最後に目に光を当てると、ズズン、という音がしたかと思うと、ガラガラという音を立てながら石像が横にずれていく。
石像の後ろには人が一人、通れそうな入口があった。
オーネスは蒼石を手にしたまま、はやる心を抑えつつ入口をくぐり、暗い通路を越えていく。すると少し開けた部屋に出た。
祭壇の下に位置するであろうその部屋は不思議な事に不思議な事に青白い光で満ちている。
ところどころ壁が破損しており木漏れ日を差していたものの、このような光り方をするのだろうか、と思いわないでもなかったが、その疑問はすぐに神秘的な部屋の様子、そして隠し部屋らしきものを見つけたという興奮によって、すぐさま思考の彼方に飛んでいく。部屋の中をなおも見やる。中央には小さな台座があり、そこにはなぜか卵が祀られていた。
何故、卵がこんな場所にあるのか、鳥が産んでいったのだろうか、などと始めは予想した。しかし、卵は家の枕の横幅と同じくらい――50リンメトレ程度であろうか――の大きさである。
相当に大きな卵だ。いかに壁が壊れているとはいえ、そのような大きさの卵を産む大きな鳥が通れるとは思えない。ましてや、先程の通路を鳥が見つけることなど不可能であろう。
そこまで、考えるとオーネスは、これの卵らしき物体は彫刻の類だろうと結論付ける。
――それにしてもまるで本物みたいな彫刻だな
彫刻だったのは少し残念な気がしないでもないが、本物と見紛う程の出来には興味が湧き、ちょっと悪い気がしつつも指で突いてみた。
すると、すっ、と力が抜けるような感覚がして、ガクリ、と地面に膝をついてしまう。いきなりの体の変調に何が起こったのか少し混乱していたが、この事態を引き起こしたのは先程の卵であるとみて間違いない。すぐさま件の卵に目をやる。
見ると卵には罅が入っているように見える。いきなりの体の変調にいったいなんだ、と少し苛ついた気持ちを持っていたが、日々が入っているのを見れば壊してしまったのでは、と少し不安になる。
――いやいや、軽く突いただけで壊れるなんてないでしょう
不安を払うように自分に言い訳しながら、もう一度卵に触れる。
しかし、先ほどとは異なり、力が抜けるような事はなかった。
さっきのは何だったのか、と呆然と卵を見つめた、次の瞬間、卵が急に左右に大きく揺れ揺れ出した。目まぐるしく移り変わる状況を食い入るように見ていると、卵の殻を破り、何かが卵の中から顔を出し始める。卵から出てきた何かは殻を粉々にしながら姿を現した。
卵から卵から産まれた何かは淡い青色をした餅のような身体に大きな口とつぶらな目、頭には帯のような耳? 触覚? を持ち、そして申し訳程度の犬? のような足を持った奇妙な生物? であった。卵から産まれた奇妙な生物らしき何かはそのつぶらな目でこちらを見ている。
見たことがない生物にじっ、と見つめられることに緊張するオーネス。
それは青白い光に包まれた神殿の中のとある一室。あちこちが壊れた壁の隙間から木漏れ日が差している。昼間であるはずなのに彼の辺りに音はなく、静寂だけが周りを支配していた。そのはずであるのに、自分の心臓はバクバクと早鐘を打っており頭の中をかき鳴らす。
「君は?」
なんとか発した彼の声が静寂を切り裂く。
自分のものであるはずのそれは、まるで自分ではない誰かが発したものであるかのようで、静寂に満ちていた部屋に妙に響いた。彼は見たこともない生物を前に手していた石の熱さだけを不自然なほどにはっきりと感じていたのだった。
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