かいじゅう

天霧朱雀

第1話


 僕の隣に座っている少女は僕にとって不思議な存在です。彼女のどのあたりが不思議なのかというと、少し説明が難しいのでのちほど改めてお話します。

僕は心の中に怪獣を飼っています。時々、心の中の怪獣は大暴れをして、僕の体を乗っ取ります。そうなると僕は穏やかではなくなり、大好きな友達も、家族の両親も、愛するペットのミケまでも、叩いて蹴って引っ張ってちぎってしまいます。豹変してしまった僕はその光景を冷静になって見つめ返すと「怪獣」以外に言いようがありません。僕は自分自身が嫌いです。

 僕がどうしてもこの怪獣をなだめることができなくなる時、僕は深呼吸して僕自身を懐柔させます。殴る蹴るなどの物理的接触をせずとも解決できるという方法をもちかけて、自分の思う通りに従わせ手なずけようと努めます。何度も何度も語りかけるたびに、落ち着いた怪獣は静かに目を閉じるのです。

 僕を理解できない人はたくさんいます。その中で、特別僕を嫌がるのが教室で隣の席に座る少女です。彼女の名前はカイズミさんといい海に住むと書きます。彼女は僕の心に住んでいる怪獣の事を知っているようで、時々難しい言葉で僕の怪獣の事を説明してくるのです。けれど僕はあまり頭がよくないから、彼女の使う言葉が理解できないことがあります。彼女がしゃべりたいだけしゃべったら最後に「けれど私はあなたが嫌い」と括られて、僕は静かに机から出した辞書で彼女の難しい言葉を理解するために僕は辞書を引くのです。

 同族嫌悪、そんなところでしょうか。彼女の気持ちは僕にはわかりませんが、少なくても僕は彼女に対してそんな感情を抱いています。

彼女の使う言葉はまるで水の様で、聞けば聞くほど僕の心に海のような大きい水たまりをつくります。怪獣は水たまりの中で喘ぎ溺れ静かに深いところに沈んでいきます。そしてそのまま海の住人になってしまいそうで、僕は少し不愉快です。けれど彼女自身はそんな僕の様子を見ると愉快に顔を歪めて優しい言葉を投げつけてきます。彼女は僕に「好き」という言葉を織り交ぜて僕の怪獣に救いの手を差し伸べます。僕はその手に心地よさを覚えるのです。

これは最近になって気が付いたことですが、彼女も口に水のような言葉を吐く「カイジュウ」を飼っていると思います。きっと彼女の口には「晦渋」を飼っているのです。

 いつかきっと僕は彼女の言葉の海に住む海獣になってしまうのでしょう。そしたら僕と彼女の「カイジュウ」はどこかへ行ってしまう気がしてならないのです。でも居なくなったその先は僕の望んだ姿なのかもしれません。ふつうの人間に「カイジュウ」なんて住んでいませんからね。彼女もそれを知っていると思います。しかし彼女はやはり最後に僕に「嫌い」というから、今はまだ、そういう関係にはなれそうにありません。僕はまた心の中の怪獣を懐柔させ、また晦渋な彼女を解くため静かに辞書を引くのです。彼女と僕のために。                            


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