第4話

 車窓からの流れる夕映の景色を無言で見ていた。

 俺の腕を触れる程度に優しく置いた彼女の指先には、薄くピンク色に爪が塗られていて艶々と光っている。

 それを見ていた事に気付いたのか


「お母さんがやってくれたの。似合ってるかな」

 自分の指先を見た後に、俺を見上げる佐藤愛子と目が合う。

 照れたように笑っているその笑顔は少し幼く見えて、色が塗られた爪だけが大人っぽく見える。


「凄く似合ってるし綺麗だと思うよ」

 言った言葉が照れ臭くて、視線を外すように窓の外を見ていた。


電車を降りると駅前では定番のクリスマスソングが流れている。寒風に身を縮こませるように二人で寄り添ったら歩いているのだが、

佐藤愛子は目が合う度に照れてそっぽを向いてしまう。


「そんな恥ずかしがるなら一緒に歩くことすら出来ないじゃん」

 実際のところ、その仕草は微笑ましい。


「な、慣れるようになるからそんな事言わないで…」

 少し泣きそうな顔に笑ってしまった。


「お前がそこまで言うのなら他の人が見てもビックリしてくれるかな。どこかの佐藤愛子さんのように俺明日からモテモテになったらどうしよう」

 戯けて言ったのが気に入らなかったのか、一気に不機嫌な顔になる。


「その服もその髪型も私以外の前で禁止にしてください。いろんな女の人と話すたっちゃんを想像しただけで苦しいから…」


「そんな悲痛な顔すんなよ。大丈夫だよ。髪の毛は上にあげるけど、この髪型はあの店員さんがしてくれたやつだからな…一人で出来る自信もないわ」

 目立たないように、目立たないように学校生活を送ってきたけど、佐藤愛子の隣に立っても恥ずかしく無いように努力してきた事がここに来て裏目に出た感がある。

 なんとヒロインみずから目立つなって言ってくるとは…

 中々世知辛い世の中だなって苦笑してしまった。

 唇を尖らせて拗ねたように歩く佐藤愛子が


「本当は今日のたっちゃんを、杏香ちゃんにも見せたく無いのに」


「あれだな。お前は俺の前で沢山の男に言い寄られてるとこを見せてきた癖に、俺には独占欲が中々強いな」

 驚いた顔をして俺を見上げ、だって…そう言って言葉を紡ぐのをやめてしまう。


「冗談だよ。こんな俺で良ければいくら独占してもいいよ。高校生になってからお前以外の女にときめいた事なんて……うん。多分ないよ」

 言い終わると、ガバッと俺の方を向き、大きくなった目を向けながら


「その言い方は絶対あるやつじゃない!誰?彩音?望月先輩?守谷さん?誰…?渡辺さん?まさか杏香ちゃんじゃないわよね?」

 えっと多分全員です…あれかな?俺って少し優しくされるとすぐにときめくのかな?

 心開かないようにしてなかったら、もしかしてガバガバでウェルカム状態?

 とんだ勘違い野郎だな…


 何も言わずに歩いていると、盛大にため息を吐き


「ま、いいわ。私しか見えなくなるように、もっと努力すればいいだけだから」

 口をへの字に曲げながら頷く佐藤愛子は、どうやら戦闘モードに突入したらしい。


「でも、その格好は私にしか見せないでね」

 凄く素敵な笑顔で言われたのだが、彼女が知らない事が一つある。今向かっている俺の家には、佐藤愛子が名前を呼んだ女子のなかから二名ほどがサプライズの為に待機中である。

 言うか言うまいか。

 言ってしまったらサプライズでは無くなるし、いわなければ更なるサプライズになるのか?うーん…サプライズが増えるのならいいか?


 二人で歩いてマンションのエントランスまで来ると、それを見ていたかのように、長富杏香から飲み物だ!飲み物がが足りないから買ってこいとLINEが入る。

 それに苦笑していたのを佐藤愛子が不思議そうに見つめてきたので、そのままLINEを見せる。


「杏香ちゃんも小春さんもお酒を飲むのよね?私たちだけならそんなに要らなくない?」

 不思議そうな顔をしたまま小首を傾げる。君鋭いね。本当に二人なら足りるのかもね…って鼻で笑ったのには気づいてない様子。


「お前何か飲みたいものあるか?俺行ってくるから先に家に入ってろよ」

 一緒に行きたいっていう佐藤愛子の少しの我儘を、まあまあと宥め彼女を部屋に向かわせた。

 服は私持っていくと言ってくれたので、その提案に素直に従う事にした。


 家からすぐのコンビニで適当に飲み物を買っていると


「その服今すぐ脱いで頭もボサボサにしてから家に入ってきなさい!」

 ってサプライズが多分成功した事を告げるLINEが佐藤愛子から入った。


「ただいま」

 玄関を入る音に気づいたのか、帰宅の挨拶をすると同時に佐藤愛子が飛ぶように玄関にやってきてため息を吐く。


 ぽそりと服脱いでいないじゃ無い…ってどこまでが冗談で、どこから本気なのか分からない事を言うのだが、佐藤愛子のことだ。多分全部本気なのだと思う。

 苦笑しながら靴を脱ぎリビングに入るとパーティが今まさに始まったところらしく、テーブルの上には皆の分のグラスが置かれている。

一つだけ部屋の暖房のせいで汗をかいたようなグラスがある事から、それが俺の飲み物だと言う事が分かった。


 少し前に帰ってきた主役の登場に沸き立っているはずの冴木家のはずなのに、俺がリビングに入ると、姉の小春以外はみんな黙り込んで俺を見ていた。


「な、なに?どしたの?」

 長富杏香までもがボケーっとして俺を見てるから、主役の登場が遅くて大酔っ払いなのかたら心配になる。


「もう!だから、その服脱いで髪の毛ぐしゃぐしゃにしてこいって言ったじゃない」

 怒ってると言うよりも呆れてる感じで、でも何故か薄く笑ってて、きっと皆んながビックリしているのが面白かったのかもしれない。

 でも、何故か悪役令嬢っぽいドヤ顔が混ざっているような気がするのは、眼の錯覚なのだろうか…


「佐藤先輩。確か冴木先輩とはまだお付き合いしてないんですよね?だったら私…」


「守屋さん。多分、私それを全部言われたら全力で怒るわ。守谷さんとはいいお友達でいたいの。分かってくれるわよね?」

 途中から目が笑っていない笑顔で、本日のゲストの一人守谷恭子を威圧する。

 声にならない声を出して、モジモジしながら守谷恭子の脇に立つ佐藤愛子を上目遣いで見ながら、小さい声ではいって返事をしていた。


「ケンシ!ううん。龍臣君!私と龍臣君の今後について夜通し話し合う必要が、ちょーあると思うんだけど今日泊まっていい?」


「彩音!あなた自分が何言ってるか分かってるの?」


「だって愛子ばっかりケンシ独り占めにしてて狡いじゃん!私にもちょこっと貸してよ。もう既成事実作るまででいいからさ」

 彩音!って彼女の名前を呼びながら、佐藤愛子は怒ってるんだけど、茅ヶ崎彩音は楽しそうに佐藤愛子に抱きついていて、いいな、ちょーいいな、少しだけだからいいでしょ。佐藤愛子にお願いしている。

本人への意思確認はしないのかな?

抱きついてお願いをしてくるのに根負けしたのか、佐藤愛子も笑ってて、そんな騒動の中


「私なら経済力はあるから龍臣は何もしなくても良いんだぞ」

 悪い笑顔で俺に耳打ちした長富杏香の真意はどこまでが本気なのか全然分からない。


 少しお酒くさくて、それでもいつも美人で思わずはいって言いそうになったのを全然笑顔じゃ無い顔で長富杏香を睨みつけている佐藤愛子と目があう。


「長富先生が何を言ったかは分かりませんが、たっちゃんのそのだらしない顔を見る限り、何かを言ってたぶらかそうとしたに違いないと思ってます。先生は私の敵なんですか?味方なんですか?どっちですか?」

 最後にはテーブルをバンって両手で叩き、長富杏香をじっと見つめると味方ですって言う言質を取るまで笑うことは一切なかった。


 なんかハッピーバースデーのはずなのにどうなのよこれ。そんな皆んなカリカリしないで楽しく行こうよ。今ので長富杏香は泣きそうになっている。

なんか原因は俺っぽいけどね…


 これは誰が作った。これは私が作った。あれは…って色々と教えてもらったけど、料理はどれを食べても美味しくて、主役の佐藤愛子も終始誰かと話しては、嬉しそうに笑っている。

 大分時間は経っているのに、俺と目が合うと未だに照れたように笑ってて、それを見た守谷恭子が佐藤先輩めちゃめちゃ可愛い!って抱きついてる。さっきまで俺の事で揉めてたくせに、今は佐藤愛子の取り合いを茅ヶ崎彩音としていて、にわか人気の俺とは違って、男女関係なく佐藤愛子は人気があるね。


「たっちゃんを貸すのは今日だけだからね!明日は貸さないからね!」

 宴もたけなわではごぞいますが…って事でパーティーも終わりゲスト二人を駅まで送ると言う事になった。

 茅ヶ崎彩音と守谷恭子とそれぞれハグを交わして貸す貸さないの話をしているのだけど、俺の承諾とかはどうなってんだろうとは勿論言えない雰囲気。

 こんな素敵な誕生日初めてで感情が抑えきれないって佐藤さん泣いてるんだもん。

 言えないよね…


「あんな美人なお姉さんがいるんだもんね。ケンシが格好いいのも納得だよ」

 なんで今まで私に黙って髪の毛で顔を隠してたんだよって責められた。

 それを聞いて守谷恭子はケラケラと笑っている。


「私はあれですね。佐藤先輩に惚れ直しましたよ。見ました?今日の格好?冴木先輩のは…なんか着せられてる感じするけど、佐藤先輩はあんな高そうな服を着こなしちゃってて、もう、ほぇーって感じですよ」

 あれに憧れない女子っているんですかね?って戯けるように後ろに手を組んで笑っている。


「冴木先輩もビックリするくらい格好いいですけどね」

 意味不明な無駄なウインクしてくれてありがとうって言ったら態とらしく拗ねて見せていて、女子力すげーなって呟く俺に茅ヶ崎彩音が笑っている。


「じゃ、また学校でね」

 駅の改札口まで見送ると、手を降りながらエスカレーターを降りていく二人が見えなくなるまで俺はそこに立っていた。


 駅前のモニュメントはクリスマスっぽい飾り付けがしてあり、どこもかしこもクリスマス気分。

 けど、俺にとっての今日はやっぱり佐藤愛子の誕生日であって、例えどんなクリスマスソングが流れようとも、みんなで歌った彼女のバースデーソングの方が似合っていると思えて、涙を拭いながら嬉しいって呟いた佐藤愛子の顔が、いつまでも、何度でも、浮かんでくるのが嬉しかった。

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