第3話

「お前もあの店で自分用には何か買ったの?」


「店員さんの口車に乗せられちゃいました…」

 その告白にひとしきり笑うと、そんなに笑わないでよって赤い顔をして手で顔を覆ってしまった。


「だって…二人はお似合いですねって…」


「あれだな。お前は訪問販売とかネズミ講とか絶対に騙される未来しか見えないな」


「失礼な!私はどんなに甘い言葉で褒められるようとも誰にも靡くことがなかった女よ。ただ…たっちゃんを褒められるとなんか嬉しくて、つい…」

 いやいや、普通に嬉しいけど、本当嬉しいけど、やめて。照れるからやめて。今の俺彼女以上に顔が赤い自身があるわ…


「せっかくだからお前に買ってもらった服着てデートでもしてみますか?あ!貰うって言うのも一応仮だからな。今回ネックレスを買って、プレゼントの意味のなんたるかを俺は知った!だからこれを返すとかお金を払うとかいうのもお前の気持ちを全く考えてない自分本位な我儘だと気づいた。だからクリスマスとか誕生日とかにプレゼントを絶対に受け取らない。その条件でこれを俺にください」


「それはそれ、これはこれでしょ!私だってクリスマスプレゼントをあなたにあげる為に選ぶ権利頂戴よ!あっ!なら今日のプレゼントは節分の分って事で手を打つわ。なんならひな祭りとかに渡すのも我慢する。これでどう?」


 くっそ…あれか?佐藤愛子お得意のサーカズムとか言う奴か。さっきの俺の冗談をこんな時に使ってきやがった…

 なんかこいつのドヤ顔って悪役令嬢からの転生者だと本気で疑っちゃうほど小憎らしい、


「とりあえず着てみるからさ、お前のおすすめ教えて。似合うかどうかは分からないからな。似合わなくてもガッカリすんなよ」

 そんな俺の言葉を無視して携帯をいじくっている。チラチラと人の顔を見ては携帯をひとしきり弄ると


「ねーねー。髪型はこんな感じに出来る?この選んだ服着たら、こんな写真みたいな感じにして欲しいなって思って、これも買ってみたの。どうかしら?」

 鞄をゴソゴソとやって出してきたのはヘアージェルであった。


 モデルだか俳優だか知らんけど、見せてきたのは外国人のイケメンの写真で、似ているのは髪質くらいなものか。

 佐藤さんよ。君は何か勘違いしているようだが、髪型を似せてもこの人になれるのではなく、髪型がこの人に似た冴木龍臣になるだけだからね…

 この髪型が似合ってるのはこの人だから似合ってるんだよ。


 呆れた顔をしている俺を見て、何を勘違いしたのか


「こう言う髪型嫌いだった?無理じゃなくていいのゴメンね」

 って盛大に勘違いしてくれているので、鞄に戻そうとしていたヘアージェルを奪うように受け取り、善処すると伝える。

 袋の中身を確認しては出し、出しては仕舞いを繰り返し、これでお願いします。って渡された。


「靴はこのままでいいんだよな?」

 今日履いているサィドゴアの黒いブーツを指して言うと


「それに合わせるように選んだから大丈夫よ」

 俺の靴を見ながらにっこりと微笑んでいる。


「私も着替えてくるから待ち合わせしましょう。そうね最初のベンチのとこなんてどうかしら?」


「ベンチ?あーお前がいきなり泣き始めたところか」

 そう言って苦笑してると拗ねたように叩く真似をしてきた。

 そうかと思えば、先程のイケメン写真を送ってきて、『これにしてきなさい!』って命令されてしまう。

 こいつを怒らせると本当怖いよな…

 そもそも、美容院に行って誰々のようにしてくださいってカリス美容師さんにお願いしたところで出来上がるのは誰々と同じような髪型にしかならないからね。


「とりあえずやれるだけやってみるわ」

 渡されたブランド名が書いてある手提げ袋とヘアージェルを持って、さてどこのトイレで着替えるかなと思案中。

 ベンチで待ち合わせるまで、楽しみにしている佐藤愛子と鉢合わせしない方が演出的にはいいような気がする。


 テクテクと歩いているとこの服を爆買いしたお店の前で、店員のお姉さんに声をかけられた。


「あらお客さま。先程は沢山のご購入ありがとうございました。お連れの方はどうされたんですか?」


「服を買ったのはあいつであって俺は一銭も出してないですからね。お姉さんたちの口車に乗せられて爆買いしたあいつを咎めたら喧嘩になって、別れたところですよ」

 え?って固まってしまった店員さんに冗談ですって笑うと、人が悪いよ君!ってちょっとご立腹。

 怒らせたからなのか、なんかタメ口になってるし、買ったのは佐藤愛子であって俺では無いってばれて、客でも無いやつに敬語は使えないって感じなのか?


「買ったのを着替えて見せあおうって話になって、どこで着替えるか考えてたとこなんですよ」

 苦笑していると、発想が可愛いって笑顔になってくれた後、ならうちの店で着替えなよってなんかとう友達感覚で言われる。

 お姉さんの提案に仕方がなく一者に店内に入ると


「あの美人の彼女のチョイスはどれにしたのかな?」

 俺の袋の中身を見るとふむふむって頷いている。

 タグ切っちゃうねって言いながら既にタグ切ってるし、ベルトはどうする?って俺が今してるのをチラッと見て、首を傾げていたが、ま、いいかって赦しを得たようだ。

 危うくベルトまで買わされるとこだった。


「先にこれ履いてこれ着て出てきてね」

 渡された服を受け取ると試着室にて着替える。タグを切られていたので価格は見ていないが、タグが付いていたとしても、今後は見ないようにしようと高そうな服に袖を通した。


 ジャケットを着させてもらい鏡を見る。

 孫にも衣装ってやつだな。服は素敵です。服はね…


「後は髪型か…」

 独り言が聞こえたのか、髪型がどうしたの?って聞かれた。馴れ馴れしくなった店員のお姉さんに写真を見せる


「あの子ちょっとぬけてるんで、この髪型にしてこいってジェル渡してきたんですよね…このイケメンだからこの髪型が似合うのであって、俺がしたとこで似合うわけがないって理解できない残念な子なんですよ…」


「携帯貸してもらっても良い?なるほどね。彼女は君の事を大好きなのね。君の事を凄くよく見てると思う。これ、似合うと思うわよ。私ね前職が美容師なのよ。ま、孵化しないでやめちゃったけどさ。お客さんならお世辞でお似合いですよって言うかもしれないけど今は違うから本音で似合うって言ってるからね」

 やっぱり服屋さんとしても俺は客として認識されていない事が分かりました。


「すぐ来るからさ、ちょっとその椅子に座って待っててね」

 試着室の中にある椅子に座らせられポケーっと待ってると櫛とかブラシ、ドライヤーまで持って現れた。


 改造しちゃいますかねって口角を上げて笑っていた。


「ほら。最後にこのコートね。君が着てたのは全部袋に入ってるから」

 試着室を出るとサムズアップ。

 鏡を見せてくれって頼んだけど、彼女の様子で判断しなさいと一切見せてくれない。

 そこまで言うのなら見ないで待ち合わせ場所まで行ってやる!って拗ねると、小声で耳打ちしてきて


「周りのお客さん見てごらん。彼氏と一緒にいる子ですらチラチラ君の事を見てるよ」

 背中を軽く叩かれウインクするお姉さん。


「あんな美人の彼女がいるの知らなかったら私だって確実に電話番号渡しているくらい格好いいよ。自信持ちな」


「自分の事くらい分かってるんで大丈ですよ…あーあイケメンに産まれたかったわ」

 苦笑している俺に、全然わかってないじゃないって大笑いしてる。

 店の外まで出てきてくれて、手を振る店員さんが、上手くいったら報告しにきなよって言ってくれたので、頷き手を振って店を後にした。


 しばらく歩いてベンチが見えてくると、佐藤愛子は先に到着しているようなのだが、二人組の男に話しかけられているのが見える。

 もの凄く不機嫌な顔をしているので、ま、粗方ナンパされているか変な勧誘を受けているかどちらかだろう。

 不機嫌な顔から無表情な顔になっていくのだが、美人はどんな表情でも美人だし、先程よりも少し大人っぽい服も似合ってるし、鏡を見てない俺は尚更不安になっていく。

 こんな奴と待ち合わせなら俺たちと遊びに行こうよ。って言われるかもしれない佐藤愛子を少し不便に思ったが、放っておいたらもっと大変な事になるのを知っているので声をかけることに。


「お待たせ。ごめん。待ったか?」

 俺を見上げる佐藤愛子と振り向く二人組の男。


「全然待ってない。この人たちがたっちゃん来るまで話し相手になろうとしてくれてたみたいなのだけど、私はたっちゃん以外の知り合いでも無い男の人と口も聞きたくないから完全に無視してるのにしつこくて」

 お前はなんでそう火に脂を注ぐような口を聞くんですかね…

 チラリと彼等を見ると罰が悪そうにしているので


「ゴメンなさい。俺の彼女が生意気な口聞いて。もう連れていってもいいですかね?」

 ニッコリと微笑み彼等を見ると、あ、こっちこそすいませんって言っていなくなってくれた。


「お前さ。あんな言い方良く無いぞ。すぐ帰ってくれたからいたようなものの、それで何かあったらどうするんだよ」

 俺の問いを無視するかのように、惚けた顔をしていて


「彼女って言ってくれた。たっちゃん凄く格好いい。たっちゃんの顔見れない。どうしよう。俺の彼女ってもう一度言って。死んじゃうかもしれないけど」


「せっかく着替えたのに死なないでくれよ。変じゃ無い?話せば長くなるけど色々あって鏡も見てないんだわ。だからちゃんと立って俺のこと見てみてよ」

 苦笑しながら彼女に立つように促すために手を差し出す。先程とは全く逆の構図だ。

 手だけをチラッと見て真っ赤な顔して一向に立ち上がってくれない佐藤愛子の手を無理矢理握ると、抱き寄せるように立たせた。


「どう?お前が選んでくれた服だけど似合ってる?」

 戯けたように笑うとようやく見てくれて、ヤバイ。ちょーヤバい。ちょー格好いい。ちょーヤバイ…ってボキャブラリー一気に無くなって茅ヶ崎彩音状態に。俺の中ではこの現象をチガサキルって呼んでいるのは内緒。

 そんなこと思ってたら、佐藤愛子は目に涙を浮かべてる。

 なんで泣いてる?

 チガサキルのせい?

 目尻に涙が溜まっている事を指摘すると


「たっちゃん彼氏じゃ無いし、こんな格好いい人絶対他の人に取られちゃうじゃんって思ったら…」

 そこまで言うと溜まっていた涙がポロポロとこぼれ落ちてきた。

 俺の腕をギュっと掴む佐藤愛子の頭を優しく撫でながら、今の話を無視するかのように、この服買ったお店に行こうって話す。


 道すがらことの経緯を全て説明。朝方に渡したハンカチで涙を拭いながら、だから遅かったのねって笑顔になって聞いてくれた。


 佐藤愛子に腕を組まれた状態で店の前まで行くと、丁度お客さんをお見送りしている店員さんと目が合った。

 お客さんがいなくなると小走りで来てくれて


「ほらー上手くいったでしょ!二人とも凄く素敵。店の前に立って。写真撮ってあげる」

 佐藤愛子の携帯を受け取ると何枚か写真を撮ってくれて、それを彼女に確認するように見せながら二言三言話しているようだ。

 真っ赤な顔して笑っている佐藤愛子に


「またのお越しをお待ちしております」

 と、俺とは確実に違う対応で営業スマイル。

 てけてけと俺に近づくと、耳元で彼女の事大事にしなさいねって笑っていた。


「そろそろ帰ろうか。ねぇねと先生がご馳走作って待ってるってさ」

 今しがた小春から来たLINEを佐藤愛子に伝えると、楽しみって微笑んでいる。


 冬は日が暮れるのが早いのだが空気が綺麗で澄んでいる事が多く、遠くの景色まで見えるのが好きだ。

 このショッピングモールの中でも比較てき小高い丘になっている場所を通るときに、夕映に映る富士山が少しだけ見えた。

 雪化粧をして真っ白な頭だけが見えるその山に、少しずつ色づいていくのを隣にいる佐藤愛子と見れたのが凄く嬉しくて


「綺麗だね」

 って呟いた俺にそうねって微笑んでいる。 

 本当は君に言ったんだよって言える日が来て欲しいような、そんなセリフを吐けるようになる日が来て欲しく無いような複雑な気持ちでその場所を後にした。

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