第2話

 店を出ると肌に刺すような寒さに気づく。

 一度でも暖かな場所で過ごすとそれに適応してしまうのか、厳しい環境に出た時に、より一層辛く感じるのは、気温だけでなく殆どの事がそんな気がしてならない。

 人間関係なんて今のところ俺にはそれが顕著に現れていて笑ってしまうほどだ。

 ま、笑えるようになっただけマシなのかもしれないが…


「どうする?お前の誕生日なんだから好きなとこに行くよ。なんかここ映画館もあるから見たいなら付き合うし、洋服買いたいなら買い物も付き合うし、腹減ったならフードファイトにも付き合うし、どうする?」

 佐藤愛子は唇の下に指をあてしばし考えた後、こちらを見上げるように話し始める


「たっちゃんとフードファイトは少しだけ魅力的な提案ではあるけど、映画だとたっちゃんと会話ができないし、買い物は…私はこの子をプレゼントされて何だか今は気持ち的にお腹一杯で、これ以上素敵なものと出会える気がしないから特にいいかな。そうね…付き合ってもらえるのなら私たち二人がお付き合いするって提案はどうかしら?」

 フードファイトは魅力的なようだし、誕生日プレゼントのネックレスはいつのまにか擬人化している。勿論最後の提案は聞こえないふり…


 もう少し、もう少し待ってもらえれば。

 我儘だし、自分勝手だし、佐藤愛子にここまで言わせてるのにって思うけど、今はまだ俺にはそれが言えなかった。


「そんな顔をしないで。最後のは冗談よ。たっちゃんから言ってくれるまで待つって決めてるから。私の気持ちはたくさん伝えてるし、それが変わることも無いわ。ずっと私の片想いだったもの。避けられていたあの頃に比べたらこうして一緒にいてくれる今の方がたくさん幸せだしね」

 心痛な顔をしていたのかもしれない。彼女は自分が言った事で俺にそんな顔をさせてしまったと思ったのか、朗らかな微笑みを見せてそう話してくれる。

 逆にそこまで言ってもらえてるのにその関係性に未だ自信が持てず、この関係の方が望ましいって思ってる俺の臆病さに辟易してしまった。

 一番クラスメイトAのせいにしてるのは、多分俺なんだと思う。


「ならさ、俺ほとんど私服って持ってなくてさ。それあまり気に入らないって思われた時ように、ここでお前に何か買えばいいかって思って、俺の全財産に近い金持ってきてるからさ。お前のセンスで俺の洋服選んだりするってのはどう?勿論何かお前にも洋服プレゼントしたりも出来るけど…」

 言い終わらないうちに飛び跳ねるように俺の腕を引っ張るとそれがいいと満面の笑みで喜んでいる。


「私が買ってあげる!私が買ってあげた洋服着てほしい!」


「誕生日でもクリスマスでもバレンタインでも節分でもないのになんで貰わないといけないんだよ。選んでくれるだけでいいよ」


「たっちゃんのうちでは節分にもプレゼントを渡す習わしがあるの?覚えておかないと…」


「いやいや、それは冗談だろ。気づけよ…選んでくれるだけでいいよ」

 少しだけ赤い顔をして唇を尖らせる佐藤愛子はやはりどこか抜けているとこがあって、それも魅力的だと言っていた守屋恭子の言葉を思い出した。

 完璧なのにこう言うところもある所がスーパーアイドルなのかもしれないね…


「分かった。妥協してたっちゃんのその意見を採用したいと思います。わたしの洋服は…そうね、たっちゃんが選んでくれるのなら、それがどんなにダサい…私の趣味とは違っても喜べると思うわ」

 ダサいってはっきり言った後に言い直さなくても平気ですよ…俺の私服がダサいのは認めてますから。そういとこも直しつつ、立派な人間になって君の隣に立てるようになるからね…ごめんねホントダサくて…


 ねぇねの買い物になら付き合った事が何度かあるが、女子ってどうしてこんなにも買い物が長いのだろうか。

 今いるこの店で多分四軒目だと思う。

 アディダスとかナイキとかスポーツブランドしか知らない俺でも聞いた事があるようなブランドの店に入ると、あーでも無い、こーでも無いって色々と着せられていく。

 これならジャケットはこれで、でもジャケットがこれならシャツはこっちの方がいいかも。このタートルネックの黒いニットならこのジャケットも似合うわって君どっかのファッション評論家?

 いつの間にか店員さんも二人くらい俺たちのそばにいて、みんなで洋服を選んでは試着させられてるし、こんな素敵な彼氏さんがこれ着てるのならあなた程の美人さんもこういう格好をしたらどうかしら?とか言われて嬉しすぎたのか身を捩らせてヘニョヘニョしてて、私たちお似合いですかね?とか言って完全に店員さんの口車に乗せられてて、すでに何着か買っていた俺は全財産持ってきてても絶対足りないぞって青くなっていたと思う。


 昼食を取るような時間帯がとっくに過ぎた頃には、俺のHPは底につきかけていて、サッカーでフルタイム出場した時よりも疲労感満載だった。


 今来ているこの店でもみくちゃにされるようにみんなから弄られて、抜け出すためにトイレに行く事を告げその場を離れる。

 その時、佐藤愛子にこんなブランドの店で自分の服買えるほどの金ないからお前のだけ買えよって耳打ちしてから外に出たのだが、戻ってきた時には両手いっぱいの手提げ袋を持ってて、店員さんに外までお見送りされたとこで、苦笑してしまった。

 何も言わずに彼女の手から全ての紙袋を奪い持つと、一番最初の小さな白い袋だけ


「それは私が持ちたい…」

 って恥ずかしそうにはにかんでいる。


 佐藤愛子はあの店でいくら使ったのか…経済的にも彼女に見合うような人間にはまだまだなれないんですねって思いながら、時々目が合う佐藤愛子の微笑みと、目の前のコーヒーカップの中身が揺れるのを交互に眺めながらそんな風に思っていた。


「ねー後で着て見せて。絶対似合うと思う。たっちゃんそんなんだけど、背も高いし、スタイルもいいし、時々卑屈な顔になるけど…うんきっと似合うと思うわ」

 なんか余計な一言も混じっていたように思うけど大方あってるので何も言い返せない。


「さっき試着させられた時見てるじゃん。試着したこと自体今日初めてだわ」

 呆れた。って驚いた顔をしていたけど、試着ってなんか恥ずかしく無い?店員さんだって思ってなくてもお似合いですよとかいうんだよ。あれがきっと営業スマイルってやつなんだよね。マクドナルドの0円のやつと一緒。なんなら給料もらってるんだからその時点で0円では無いと思うけどさ。俺が試着した洋服を見てお似合いですよって無給で言ってくれたら、お姉さんの誠意に喜んで購入するよ。うん。次からはそう言ってみよう。ま、そんなコミュ力ないから無理だけどさ…


「また卑屈な顔になってるけどどんな妄想をしていたのかしら。たっちゃんが試着してないやつよ。最後の店で買った服。店員さんも彼氏さんに似合うと思いますよって、彼氏さんだって」

 え?ちょっと待って。この沢山の手提げ袋って俺の洋服なの?

 お前の服じゃなくて?


「なんで?何で俺の服をお前が買うの?」


「え?だって彼氏さんにお似合いですよって言われたし、私が着てみて欲しかったし…」


「返しに行こう。お前の行為はそれはそれで嬉しいけど、俺こんな事されたくない。そんな事されてたらいつまで経ってもお前の隣に並ぶ権利なんてないじゃん。お前と対等の立場になりたくても、そんなんじゃいつまで経ってもなれないじゃん…」

 俺が一言紡ぐたびに彼女の顔からは笑顔が消えていって、俺が言った事が、佐藤愛子がした事が、分かってくれたのか下を向いて震える声で、勝手なことしてゴメンなさい。と絞り出すように喋った後黙り込んでしまった。


 違う、お前のことをこんな気持ちにさせた俺が悪いんだ。頼むそんな顔をお前はしないでくれ。


「ごめん…お前の誕生日なのにそんな顔をさせて…俺が金ないって言ったからだよな。いくらだった?お金渡すよ。足りなかったらさ、ねぇねに借りるからちょっとだけ待っててくれ。本当ゴメンな」

 笑顔にはなれなかったかもしれないけど、微苦笑程度には笑えたと思う。一呼吸置いてコーヒーを煽ると


「違うんだ。お前が俺の為にって言ってくれるのは凄く嬉しいし、お前に買ってもらったものを身につけたいとだって思うよ。けどそうやってお前に甘えてたらいつまで経っても隣に立てないんだよ。俺の中でさ、お前は完璧なんだよ。それなのに経済力まで差を見せられちゃったらもう立つ背がないじゃん。だから…」

 もうね。佐藤愛子の機嫌を治すのにも必死ですよ。こうなったら長いですからねこの子。


「同じなのね。私だけがもがいてるのだと思ってたわ」

 顔をあげた佐藤愛子は嘆息を吐くとぽそりと呟く。え?っていう俺の顔を見て


「私って小学生の頃からモテたの。多分凄くモテた。でも…今まで誰ともお付き合いをした事がなくて…初めてだと思うの。男の人を好きになったの。だからどう接すればいいか分からなくて。たっちゃんに嫌われたくないし、わたしは彩音みたいに可愛く出来ないし…今日も暴走しちゃったかも。我儘言っちゃったかもって布団被って枕に顔を埋めて明日から顔を合わせられないって叫んだりして」

 苦笑している佐藤愛子を見て、俺と同じかよって笑っていると、唇をちょこっと尖らせて、笑わないでよって不貞腐れて見せた。


「経済力なんて言うけど私が稼いだお金ではないわ。お金持ちなのは私の親であって、私ではないもの。ただ昔からお小遣いやお年玉は貰ってたけど、自分で欲しいものがあったとしても買って貰えたからそれを使うことすらなかったの。今日もね、出かける時に何かあったら困るでしょ?ってクレジットカードを渡されたけど、せめて私のお小遣いで買いたくて初めてそれを使ったの。だから凄く嬉しくて。初めて使えたこともそうだけど、それを使ったのが私が大好きな人のためにだから凄く嬉しくて、たっちゃんが傷つくかもって事まで考えられなくて…本当にごめんなさい」

彼女の告白を聞き終えた俺は、自身の考えがそれはそれで間違いなんだと気づいた。俺も自身の思いを佐藤愛子に押し付けているだけなんだと


「やっぱそれ貰ってもいいか?そのかわり俺の誕生日の前借りというか、足りなかったらクリスマスとかも何もいらないからさ。お前がお小遣いで初めて買ったものを俺にください」

 そう言って戯けるようにして若干大げさに頭を下げた。

 それを見た佐藤愛子は嬉しそうに頷くと、私の気持ちを一方的に押し付けちゃってごめんねって笑ってくれた。


 一方的なんかじゃない。悩んでるのも俺だけじゃないんだって気づけた事が一番嬉しかった。

 彼女も俺も初めてで分からない事だらけで、だからこそこれからも間違いもするし、衝突もすると思う。

 でも彼女とならそれも乗り越えていけると思うし、乗り越えて一緒に歩んでいきたい。

 そんな考えすら見透かされてそうで、恥ずかしくて、入ってもいないコーヒーを飲んだふりをする事で誤魔化せていたであろうか。

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