第1話

 俺が今立っている場所は、ショッピングモールというかアウトレットモールというか再開発で駅名まで変わってしまったらしい。

 駅から続く道の両脇にも店が見えていてなんとなくオシャレな気さえする。

 普段からこういうとこに出入りしない俺にとっていかにもな場所は、なんだか俺自身が異端のように感じてしまう。


 そもそもなんでここで待ち合わせなのかが分からない。

 毎日のように家まで迎えに来てくれて一緒に登校しているのに、なぜ今日は現地で待ち合わせなのか。

 愚痴を言ってると、家にいる女性二人から、女心が分かっていないと揶揄された。


 女心ってやつはわざわざこういう場所で待ち合わせする事を言うのだろうか。しかも二人に追い出されるように家を出たため、すでに一時間はこの場所にいる。

 俺に女心はまだまだなんだと嘆いてしまう。


 更にそれからしばらくして、駅から出てきた佐藤愛子は、俺を見つけるとびっくりしていたが、嬉しそうに小走りで駆け寄ってくるのが見えた。

 胸の辺りで小さく手を振っているのを俺のそばで同じように待ち合わせしているような男が皆彼女を惚けたように見ているのが分かる。

 こいつ大人気だな…っていう感想しか出てこない。

 優越感もなければ自慢にも思えず、なんだか気恥ずかしい。

 佐藤愛子の隣に立てるような男には、まだまだなれていないのだろう。


「ごめんね。早く来たつもりだけどたっちゃんの方が早いなんて思わなかった。待った?」

 待ち合わせ時間の二時間以上前には家を追い出されてますからね…

 追い出されたことに対する愚痴やあの二人への不満。それら全て含めた妄想物語りも飽きた頃に佐藤愛子が来たのだが、時計を見ると待ち合わせ時間より一時間近く早い。

 なるほど。

 佐藤愛子はきっと俺よりも女心がわかっているんだと思う。

 こう言う時は何て言うんだっけ?

 家での会話をを思い出して


「いや俺も今きたとこだから」

 これもきっと乙女心を理解する上で必要な台詞だったに違いない。

 

「嘘つき」

 俺と腕を組もうと思ったのか、俺の袖のあたりを掴んだ佐藤愛子は、そこがすごく冷たくなっている事に気づいたのかもしれない。

 非難するような言葉のはずなのに、腕を組みながら時々嬉しそうに俺を見上げてくる彼女の顔は優しい笑顔だった。


「今日のたっちゃんはなんかオシャレね」

 そういう佐藤愛子は、ニットの真っ白な膝上のワンピースにショートブーツ。ふくらはぎまであるチェックのコートを着ていて、お前の方がよほどオシャレだろと言いたかった。


「あ!そうだ。誕生日おめでとう。皆んなより先に言えて良かった」


「驚いた。たっちゃんがそんなドキドキするような事言える男子でびっくりなんですけど」

 本当に驚いたような顔をしていて、でも嬉しそうで、少しだけ顔を赤くして最後にありがとうって笑いながら言っていた。


「みんなの前だとなんか恥ずかしいからさ…」

 彼女に白い小さな手提げ袋に入った誕生日プレゼントを渡した。

 俺が持っていることが違和感でしかない白い小さな手提げ袋を彼女がそれ何?って聞かれる前に渡すことに。

 茅ヶ崎彩音と買い物してる時には結局買うことができず、閉店時間前に飛び込むようにその店で品物を包んでもらった。


「開けてもいい?」


「センスないかもしれないけどさ。気に入ってくれたら嬉しい…かな」

 彼女はコクコク頷きながら、広場になっている場所にあったベンチに座り、包みを大事そうに広げていく。

 一つ一つの動作のたびにチラチラと俺の顔を見てはエヘヘって笑いかけてくるのが恥ずかしくて、立って彼女を見ていたのだが、包みを全て取り終わった頃は、彼女の顔すら見ることが出来なかった。


 プレゼントしたのはピンクゴールドのネックレスでハートがトップに付いてる形的には定番のようなものらしい。

 勿論既製品だけど、これを買う時の恥ずかしさとか、店員さんに質問されていた時の恥ずかしさとか、渡した時にどんな反応するんだろうって想像する恥ずかしさとか、そんな俺の恥ずかしいピュアな気持ちが沢山積もっているので、全く同じものを身につけているひとが側にいたとしてもそれはぜんぜん違うものなんだって事を世の女性はよく考えて欲しい。


 ま、乙女心が全然分からない俺が言っても少しの説得力も無いかもですけどね…


 それにしても反応遅くない?

 開けたはずだよな?

 包みをとったところまでは見ていて、それから一分は経っている。


 チラッと彼女を見ると、箱に入ったそれを見つめて固まっているのか、微動だにしていない。

 あれ?やっちまったか?

 あのちょっとケバい店員の口車に乗せられて買ったはいいけどダメだったじゃねえか…

 なんだよ恥ずかしいが詰まってるって。

 今が一番恥ずかしいじゃねえか…


「あ、気に入らなかったら申し訳ない…」

 途中までいいかけると首を激しく左右に振っていて、その度に涙がこぼれ落ちるのが見えた。

 嬉し涙であって欲しいと思いながらハンカチを渡すと、それで目元を抑えている。


「つけてやろうか?気に入ってくれたのならだけど…」


「つけて」

 小さな声でそれだけを言うとプレゼントの箱事俺に渡してきた。

 箱から中身を取り出し、下を向いたままの彼女の細い首にそれを着けた。


「トイレ行ってくる」

 感想も着けた事へのお礼もなく、手提げ袋に包装紙と箱を入れると、下を向いたままトイレに走って行ってしまった。

 嬉し涙?本当に?なんか違うような気がしてきたんだけど…

 今まで佐藤愛子が座っていたベンチに腰掛けると、どっちなのか分からないモヤモヤで力が抜けてしまった。


 どれくらい経ったのか分からないが、気がつくと俺の目の前に手が差し出されていて、見上げると、先程まで泣いていたのが分かるような少し赤い目で俺の顔を見ている佐藤愛子がいた。

 化粧をしていないからなのか、薄く塗られたピンク色のグロスだけが余計に目立つ。

 手を掴まれ引っ張り上げるような動作をしたので立ち上がると、多くの人がいるのにそのまま俺の首に抱きついてきた。


「ありがとう。すごく嬉しい」

 耳元で囁くように言う声は憂いに満ちていて、抱きつかれているのもあってうんとしか返せなかった。


 とりあえずって抱きついてきてるのをやめさせ、カフェのような店に入って佐藤愛子を落ち着かせることにした。

 何度も自分の事を写真に撮り、それを見るたびにニコニコと笑い、嬉しそうに俺の顔を見てくる。

 今まで彼女が写真を撮るところを見たことがあるのは花だったり、景色だったりで自分の顔写真など撮っているのは初めて見た。

 撮った写真を見せてもらうと、恥ずかしそうに渡された携帯の画像フォルダには、顎から下の写真ばかりで、ネックレスの宣材写真かよってものだけが何十枚も保存されている。

 嬉しいのは分かるけど、それを着けてるお前を見たくてプレゼントしたのに顎から下の写真しかないってどう言う事だよ。

 呆れて、彼女の携帯で彼女自身を撮る事を促すと、恥ずかしそうに赤い顔をしてレンズを見つめる佐藤愛子が写っていた。


「その写真。俺にもくれ…」


 彼女の目を見ずにそう伝えると、頷くのが見えたような気がする。通知を知らせる音が鳴り、俺の携帯を見ると先程の写真と共に、本当に大好き。ありがとうってメッセージが添えられていて、呼吸が止まるかと思った。


 不意打ちはダメだろ…


 声に出していたのか、照れるようにふふふと笑った佐藤愛子が目の前に座っている。


 今日会ってからまだ一時間くらいしか経っていないのに…

 こんなのがあと何時間も続くの?俺の心臓持つのかな…


 佐藤愛子は胸のペンダントトップを愛おしそうに撫でいて、いつまでも微笑みながらその写真を見つめている。

 彼女の前に置かれている温かだったはずの飲み物は、中々飲まれることがなく、いつまでも半分入ったままで減ることがなかった。

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