第4話
「ケンシ、それ何を作ってるの?」
この呼び方をする女子は茅ヶ崎彩音。だけなはず。
もう髪型も変えたし、ケンシ要素なくなってると自負してるけど、認めてもらえないって事は未だに米津要素があるって事なんだと思う。
返事をする間もなく、隣に座ってきてちょー密着。ちょーいい匂いだから、ちょーやめて欲しい…
「なんか校門のとこに立てる入場ゲートの一部らしいよ。組み立て図を見たことないからよくわからん。下っ端の職人なんてやれって言われたこと黙々と文句言わずにやるしかないんですよ。
で、言うんだよ。これはな俺が作ったんだぞ!
すごーい!どの辺作ったの?
あの端っこの方の今隠れちゃって見えないとこかな……
そ、そうなんだ……
な、微妙な空気になるだろ?
そんなもん黙々と俺作ってるんだぜ。
面倒臭い。本当面倒臭い」
「うわーケンシ腐ってるね…前はそんなことあっても笑顔だったし絶対言わなかったのに、最近は喜怒哀楽が激しくてちょーウケる」
チラッと茅ヶ崎彩音を見ると、俺が今作ってるゲートの一部を恐る恐る触ってる。
おっかなびっくり触るほどそんな禍々しいものではないよ。多分隠れちゃって見えないとこだと思うけど…
「彩音先輩は冴木先輩と仲良いんですか?」
茅ヶ崎彩音の匂いと柔らかさに意識集中しすぎて気付かなかったけど、茅ヶ崎彩音の横にもう1人いる。
はて、誰だこの子は?
不思議そうな顔に気づいたのか
「おな中の一個下の恭子ちゃん。かわいいでしょ」
「同じ文化財実行委員だから知ってますよね」
って茅ヶ崎彩音に被せるようにそう言うと、ニッコリ微笑まれた。
ゴメン全く知らない…あそこの場で俺の記憶と名前が一致してるのは、田原先輩と望月先輩と佐藤愛子だけなんだよな…
「これ知らないって顔だよ。恭子ちゃん、この人に名前と顔を一発で覚えてもらえるって奇跡に近いからね」
嘆息を吐き態とらしく項垂れている。え?そんな残念な事なの?
各学年、各クラスから二人づつ、二十人近い人数いて一回で名前も顔も覚えるって方が無理だろ。
って俺なりの持論を脳内で展開していたのがバレたようで
「実行委員会、もう五回以上やってますよ」
「五回も一回も変わらなくない?」
露骨に嫌そうにはぁ?って言われたんですが…
コミニケーションって俺にはまだまだ高い山なんだな…
「守谷恭子です。同じ実行委員なんだから次は覚えてくださいね、先輩」
後ろに手を組んで軽く揺れながら、自己紹介してて、もう自分が可愛いの角度とか知っちゃってるなこれ。
飲み会とかでサラダ取り分けちゃうタイプか?飲み会なんて高校生だから行ったことないけど。
あどけなさを前面に押し出して私可愛いからねってアピールが凄いな…
もう多分ポカーンとしてたんだと思う。
「もう何か言ってくださいよ先輩」
わざわざ茅ヶ崎彩音とは逆側の俺の隣にしゃがみ込んで、わざとらしい上目遣いで、言葉の最後にハートマーク付けて喋ってる感じが怖いんですけど…
茅ヶ崎彩音を見ると、目を逸らして苦笑いしてるし。
このいかにもな後輩キャラに、はーって盛大にため息を吐いてみた。
「そう言えば愛子はどしたの?」
ここぞとばかりに話題を変えてきた茅ヶ崎彩音。
「クラスの出店のチェックに行ったよ」
「愛子って佐藤先輩ですか?冴木先輩と付き合ってるんですか?」
これがキャラなのか、作られたものなのかは知らんけど、さっき不意に出たはぁ?を聞いてるので日本全国の後輩キャラ大好きな奴らは騙せても俺は騙されないからね!
「いやいや、付き合ってないから」
「えーじゃあ今フリーって事ですか?私も今フリーなんですよ」
だからなんだよ。知らないよ。助けてくれよ茅ヶ崎さん。お前ろくな後輩持ってないな…
「ほら、恭子ちゃん。ケンシ困ってるからさ。その辺で…」
守谷恭子のあざといボディータッチを咎めていただけてちょー感謝。もっと言ってやれ!ちょー言ってやれ!守谷恭子の目を見てガツンと言ってやれ!ってどこ見てるの?
「守谷さん、あなたに割り振られた実行委員の仕事はここでお喋りをする事でしたっけ?私が間違えているのかしら?あなたの意見があるのなら是非聞かせてもらえない?」
ダースベイダーのバックミュージックがどこから聞こえてくるんだ?って場所を思わず探しちゃうほどの登場で現れたのは、勿論、佐藤愛子。
茅ヶ崎彩音なんてあからさまに後退りしたし、守谷恭子は固まっているし。
茅ヶ崎さん、あなたもそのままちょー逃げてちょーヤバイからこの状況。
「彩音は半田くんが探していたわよ。陸上部での出し物もあるんでしょ?トイレに行くってクラスを離れたらしいけど、随分遠い所までトイレに来ていたのね」
「あ、違うんです。違うんです。
彩音先輩トイレで久々に会って、実行委員の事話していたらうちのクラスは冴木先輩と佐藤先輩だよって話しから、お二人ともちょーいけてるよねって盛り上がっちゃって、ここに引っ張ってきちゃったんです」
言うだけ言うと
「じゃあ私は自分の仕事に戻りますね」
確実に俺に向けて胸のとこで小さく手を振って笑顔で離脱していった。ま、逃げたわけだ。残された俺たちは…
「彩音ならまだしも、あなたは私以外の女子にベタベタされると嬉しそうなのは何でなの?私がATフィールドをあなたの周りにいちいち展開させないといけないのかしら?」
目が笑ってないから。なんならその口角が上がってる表情も笑ってるように見えないから。茅ヶ崎さんなんてヒィって心の声漏れちゃってるから。
「ま、いいわ。作業も順調そうだし、今日のとこは許してあげる」
二人が恐怖のどん底に落とされたような表情を見て怒りを収めたのか、今はちゃんと微笑んでいるので許してくれたんだと信じることにした。
「もう!愛子ちょー怖かった!怒るならケンシだけにして」
「そうね。彩音は別に怒られるような事してないもんね。クラスの制作サボったり、部活……の方の制作も顔出していないみたいだけど、怒られるような事ではないものね」
「うぅ…ゴメンなさい…」
言われている最中から段々と項垂れて、最後は佐藤愛子の腕に絡みついて謝っている茅ヶ崎彩音はもう半べそだったのでほどほどにしてあげて…
当然の如く茅ヶ崎彩音は連行されていき、それから佐藤愛子の姿もその日一日見ることはなかった。
一通りの作業を終え、下校しようと荷物を取りに教室までまで戻って来た時ですでに18時半を回っていた。
誰もいない教室の窓からは、遠くにうっすらと昼間の名残の赤い境界線が見える。
去年の俺は何をしていただろうか。
表面的には高校生をしながらも、学校の全ての行事を拒否して俺に関わらないで欲しいと願っていた。
友人など作った所で、そんなものを構築した所で、気を使い、時間を使い、挙句何も残らない。
そんなのが皆んな欲しいのか?
それを求めて高校生になったのか?
今思えば、穿った見方しか出来ないくせに、それを見せないようにしている俺が一番腐っていたんだと思う。
それが今じゃどうだ?
一生懸命にそれに関わろうと行事に参加して、遅くまで作業して、誰もいない教室で一人黄昏てる。
何度目かの嘆息を吐きながら下駄箱まで降りてきた時
「でも、悪くないよな」
そう独ごちた。
変わるのは恥ずかしい事じゃない。
そんな考えが出来る様になった自分がなんだか可笑しくて、誰もいない下駄箱の前でそれがちょっと恥ずかしくて、急足で外に出る。
誰に見られているわけでもないのに、何だか照れ臭くて、空を見上げた。
教室から見えていたような明るさはすでに無く、下弦の月が校舎を照らしている。
同じような月を見た時、何かのきっかけで今のこの景色を思い出す日が来ることを願いながら、暫くの間それを眺めていた。
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