第3話
「それでは今年度第一回目の文化祭実行委員を始めたいと思います。双葉は生徒会と実行委員主導で毎年文化祭の企画立案を行っています。
一年生は体育祭時と違い、自分たち主導でおこなう初めての大きなイベントになると思いますが、頑張って一緒に作り上げていきましょう」
軽やかな拍手が司会ををしている彼の隣から聞こえると、それに倣いこれに参加している人たちも拍手をする。
「ありがとうございます。自己紹介遅れましたが、生徒会長をしています
みんなの拍手に深々とお辞儀をする田原祥。
「あの人が生徒会長なんだ。初めて見たわ」
驚いた顔でこちらを見る佐藤愛子はいつもの教室とは違い、今日は俺の右隣に座っている。
「たっちゃんが人に興味がないのは理解しているつもりだけど、一緒にクラス対抗リレー走った人すら覚えてないなんて…」
人が周りにいるからかちょっと他人行儀な言い方の佐藤愛子なのだが、夏休み明けからはいつの間にか人前でもたっちゃんと呼ぶ様になっていた。
陸上部と鉢合わせた一件もあってか、それに関してはさして驚かれたりはしなかった。もしかしたら茅ヶ崎彩音も何か言っているのかもしれない。
「あの時ってさ、走り終わった後、わーってみんなに囲まれて、なんか意識が遠くなって覚えてないんだよな。なんか背が高い人にバトンを渡した記憶はあるんだけど…その人?」
「今自分で背が高い人に渡したって言ってるから、その記憶はあるのね?その前に見て。あそこに座っている田原先輩、背が大きい小さいの前にあなたには女性に見えるの?あなたがバトンを渡した相手って女性のはずだったわよね?そこまで記憶が欠落しているとわざととしか思えないわね」
呆れた様な軽いため息。でもいつもの微笑みに戻ると
「大丈夫。私がそばにいるからもうあんな顔はさせない」
ギュッと俺の手を長テーブルの下で握る彼女の手は、力を入れてきていても、どこかふわふわしていた。
今日の会議はほぼほぼ自己紹介のみで終わり、明後日、水曜日の放課後からの実行委員から一気に忙しくなる感じの説明を受けた。解散となり、配られたプリント類を纏めていると、生徒会長の田原祥が話しかけてきた。
「龍臣って名前なんだね」
「「お疲れ様です」」
佐藤愛子と二人同時に挨拶をすると、田原祥と望月朱美と自己紹介をしていた生徒会副会長がにっこりと微笑んでいる。
「僕はてっきりケンシって名前なのかと思っていたよ。あの時は冴木くんいつのまにかいなくなってたし、三組連合の打ち上げとかも来なかったしね」
「体育祭の時凄く早かった子ね。見たことある子だなとは思っていたのよね。田原くんが二年生にケンシって凄いやつがいるって煩さかったから」
「中学までサッカーやってたからか陸上部に助っ人を頼まれる程度には足が速くてね。この学校にはサッカー部がないから同好会を作って適度に楽しんでいるんだけど冴木くんもよかったら今度一緒にやらない?そんだけの足の速さがあればちょっとドリブル出来れば活躍できるからさ」
佐藤愛子と顔を見合わせる。確か半田和成も同じような境遇で今は陸上部なんだよな。
陸上部に顔を出しているって事は俺がサッカーをやっているって知っててこれ誘ってるのか?
「田原先輩はたっちゃんがサッカーやってるのを知ってて誘ってるって事なんですか?」
「冴木くんサッカーやってるの?今も?
なら好都合だよ!水曜の夜試合やるんだけど控えの人数が少なくてね…まだまだ暑いから交代要員何人か欲しくてさ。ま、フットサルだし気軽にやらない?あ、望月も来るから、佐藤さんもよかったら参加してよ。佐藤さんも運動神経抜群だからすぐ出来るようになると思うよ」
「田原くん。水曜はあくまで文化祭実行委員がメインですからね。その後に冴木くんと佐藤さんがいいよって言ってくれたらその時もう一度誘うってことにしない?この子達に馴れ馴れしく先輩面するのは好ましくないと思う」
ニッコリ笑いながら田原祥を咎めてる望月朱美がちょっと怖い…
なんでこの学校の女子ってみんな強そうなんだろうか。
水曜の実行委員会議では出店の割り振り、飲食を提供する際の注意点。メインステージの時間配分などが主に話し合われ、部活動、クラス、それぞれの出店を来週月曜までにまとめて提出する事で話が終わった。
そもそも金曜、土曜、日曜と高校の文化祭如きで三日もやる必要性があるとも思えないのだが、かなりの来客数が毎年あるらしい。
その辺の桜祭りですら土曜、日曜の二日くらいしかやらないのにね。
「どう?二人ともこの後用事なければ来て欲しいんだけどな」
会議中も俺と目が合うと何度もニッコリと笑いかけてきた田原祥。
この人そっちのけがあるのか?って何度思ったことか。
俺昔から子供と動物とゲイの方達にはモテるんですよねって言う誰得にもならない謎自慢妄想を展開していたら、佐藤愛子にチラ見される。
きっと可哀想な子を見る目で見ていたと思う。
「たっちゃんどうする?私は全然いけるけど。むしろやってみたいと思ってる」
この子サッカーの事色々調べて、知識だけは俺よりもあるからな…佐藤愛子に現実の厳しさを教えてやるかなって想像したらちょっといやらしいニヤけ顔になっていたようで
「だいたい今何考えてるか分かるわ」
と、ドン引きされた。
「場所はどこですか?道具ってなんも持ってきてないんで、時間によっては取りに戻りたいんですが…」
携帯で時間を確認。
「20時スタートで新富フットサルコートってとこなんだけど知ってる?」
「あ!知ってます。うちのそばなんで道具取り帰ります。お前はどうする?」
「私一通り持ってるから大丈夫よ。長富先生と一緒に買いにいったもの」
「あ!そー言えば長富先生も来るよ!あの人意外と上手いんだよな」
やっぱあの人が一枚噛んでいやがったか…
家に一度帰りフットサルコートに着くと、ニヤニヤ笑っている長富杏香と若干緊張気味の佐藤愛子が既に到着していた。
「お!偶然じゃないか冴木。どした?お前もフットサルやりに来たのか?」
「うわー今日ここ初めてくるのに、このやり取り既視感が半端ない」
「そんな事言うなよ。お前とボール蹴ってみたいと思ってたんだよ」
「なに一昔前の青春主人公キャラみたいな事言ってるんですか…」
そのやり取りに気を良くしたのか私の超化身を見てもその口調のままでいられるかなとか訳分からんこと言い出したので無視することにした。痛い。痛すぎだよ長富先生…
長富杏香は先発。俺と佐藤愛子は控えに回って最初はぼーっと見ていた。
田原祥もそれなりに上手いし、望月朱美も経験者の動きである。
それより、なにより、長富杏香が上手い。なんかチョイチョイ小技出してきてそれが意外とはまってるし、普通にシュート打ってるし。なんかちょっと燃えてきたかも。
俺の合体化身でもお見舞いしてやろうかな。
そのとき、まだ化身を出せないと思われる佐藤愛子は緊張していた。
二試合目。
佐藤愛子と共にコートに入る。
「俺がボール持ったらゴール前まで走れ。お前の右足に向けてボール蹴るから、ボールきたと思ったら右足を振り抜けよ」
うんうん頷いてはいるのだが、多分聞こえてない感じ。
最初は様子見で軽く流してたんだけど、身体も徐々に温まってきたところで、出来うる限りのテクニックを盛り込んでみた。
シャペウ、シザース、マルセイユルーレット、エラシコにファルカンフェイント。
相手選手も呆気に取られるくらいバシバシ決まって俺上手くない?って調子に乗るレベル。ゴール前に走り込んでいた佐藤愛子にドンピシャのパスを出してシュート。
周りからも喝采を受け顔を真っ赤にして興奮していたのを見れて幸せを感じる。
俺が好きなことを俺が好きな人が楽しいと思ってくれることってこんなに気持ちいいんだってこの日初めて知った。
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